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今回行く、レイアート王国は我が国と線路が繋がれるほど良好な関係を築いている国だ。そのおかげで、レイアート王国の果物も新鮮な状態で王都に運ばれている。
なによりすごいのは、山をくり抜いて線路を開通させたことだ、魔道具を使ったと言っても、そこまで大規模に穴を開けた国は周辺諸国ではこの国だけ。
しかも今回は外交として王族と一緒に行くとなると列車の内装は一級品。こんな状況ではあるが、奇しくも豪華な寝台列車の旅ができる事になってしまった。
「この車両はサロン用だ、市民へ顔見せをするための場所でもあるため、窓は大きめにしてある分、景色を見るのに最適だ」
「あの、殿下。その……距離が近くないでしょうか? もう市民もいませんし」
窓の外は田園風景に変わっている。市民へのアピールはもう必要ないはずなのに殿下はヴァレンティナの側から離れなかった。
「君とこの時間を共有したいんだ。向こうに着いたら公務で分単位で管理される」
「ぇ」
思わず驚きの声を出してしまった。渡された資料には今回の公務についての概要程度しか書かれていなかったのだ、きっと安全保障のために詳細を伝えてもらえないのだろうと思っていたが今さら不安になってきた。
「詳細をあまり把握していないのですが、今回はレイアート王国が新たに作った農耕具の視察とお祭りの参加ですよね?」
「あぁ、メインはね、他にも細々とした面会がある。大使からの報告と食事会、現地で活動している商会との会合、それから工房の見学とか色々とね」
「盛りだくさんですね」
「そう、だからゆっくりできるのは今しかないってことさ」
思わず仕事として考えた場合の所要時間や移動時間を予想してヴァレンティナは顔が引き攣ってしまった。一週間の予定として書かれているが、レイアート王国の首都まで列車で二日間かかる。その途中に大きな都市が一ヶ所あるので、そこで会合があるらしい。
だが、ふと周りにいる人たちを見れば、書類を抱えている人もいる。
「殿下、車内での作業もあるんじゃないでしょうか?」
そう聞くと後ろで頷く人が数人。
「ないよ」
にっこりと微笑みながら殿下は返答するも、ヴァレンティナは大きなため息をついて首を横に振った。
「いけません。片付けられる仕事があるんでしたらそちらを優先してください。私は、事務官の方と今後の予定についてお話を伺いますので」
「連れないな〜」
「お仕事としてきましたので」
「ふふふ、そうだね」
ヴァレンティナの言葉に不機嫌になることなく、殿下は嬉しそうに席を立った。
「食事は一緒に過ごそう」
「承知いたしました」
綺麗にカーテンシーをすれば。殿下は「あぁ、そうだ」といってヴァレンティナに近づくとそっと耳打ちをした。
「この旅の間は、美しい君を独占できるのを嬉しく思うよ」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまう中、殿下は、唇の端ギリギリに軽いキスをしてご機嫌に去ってしまった。
呆然と立ち尽くすヴァレンティナに対して、残った人たちには今後の予定について説明するのでこちらへと、平然と案内をしてくるので、今のは幻聴かと疑ってしまうが、頬には確かに感触が残っていた。
事務官に言われるがままに、用意された部屋に戻ると、今後の予定について淡々と説明がされた。殿下が言ったように列車から降りれば分単位で、要人に会って会食をし、報告をきいてと予定が組まれており、予定表を見ただけで疲れてしまうような内容だった。
「ヴァレンティナ様は婚約者候補として常に殿下のそばに居て頂きます。会話については、通訳がつきますのでご安心ください」
その言葉にほっとしつつも、本来ならお飾りの婚約者候補だったはずなのにどうしてこんな重役が任されているのだろうかと不安も募った。
「あの、本当に私で大丈夫でしょうか」
「ご安心ください。普段の王宮内での仕事の評価も考慮しておりますので」
「はぁ、ありがとうございます?」
思わず疑問系になってしまった。普段の仕事は対身内に対しての仕事だ、外向きの仕事なんて一切していない状態。しかも婚約者候補として殿下の側に立ち続けないといけないと考えると、胃がキリキリし始めた。
いくつかあいさつの言葉を覚え、マナーについてレクチャーを受けているとあっという間に食事の時間だ。
殿下は終始ご機嫌で色々話してくれるが、ヴァレンティナは緊張のあまり右から左へと言葉が流れていく。
「ヴァレンティナ……もしかして凄く緊張している?」
「そうですね。大役すぎて」
「大丈夫さ、私が側にいるから、ね?」
「は、はい」
なんとか笑って誤魔化すも、なんだか甘い雰囲気がしたような気がし、ヴァレンティナは思わず目線を逸らしてしまった。
次の日は大きな都市に到着し、会合に参加だった。ヴァレンティナは、現地の言葉でさっぱり聞き取れないため、自国の人たちが話す内容のみを記録取る係として仕事が割り振れられた、といっても何故か書記官たちの席ではなく、殿下の横。
手持ち無沙汰にならずにすんだが、ニコニコ笑顔を維持し続けたために、会合が終わった時には頬が痛くなっていた。
唯一一人になれるのが、化粧室という状況だ。お手洗いを済ませて鏡の前に立てば、まるで貴族の令嬢だ。いや、もともと貴族なので本来ならこれが当たり前の姿のはずだった。
「はぁ……お父様が生きていたら、貴族として暮らして、こんなの普通にやり過ごせたのかしら? はあ、シノノメ領の跡を継ぐなら、これくらい耐えなきゃダメよね。よし、頑張ろう! そうだ、ここから手紙を送ってみようかな……? 叔父が捕まったのが本当なら、お父様に支えていた人たちには届くよね? 執事に手紙が届くといいんだけど、住んでるところ知らないしな……」
一人悶々と悩んでいると、側仕えとして用意されていた女性が中に入ってきた。
「大丈夫ですか? ヴァレンティナ様。ご気分でも悪くなりましたか?」
「あぁ、大丈夫。少し疲れてぼーっとしていたの」
「作用でしたか、このあと軽い軽食をかねた食事会があります。それが終わりましたらまた列車に乗って移動になりますので、あと少しで終わりますよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
食事会にも参加しないといけないのかー! と心の中で叫びながらもヴァレンティナはまた笑顔を装着した。
通訳がいるから殿下は現地の言葉を話せないと思っていたが、会食では殿下も現地の言葉を軽く喋っておりヴァレンティは心の中で驚いていた。幼少期の彼は勉強が嫌いで語学の授業が嫌いだと騒いでいたのに、それが今や堪能に使いこなしているのだ。
喋れないのはヴァレンティナだけ、そうなると会食の間に飛び交う会話は全部現地の言葉だ。ヴァレンティナは諦めて、黙々と食事をし、時々話しかけられた時だけ、通訳の人が説明してくれた内容に対して答えるという、ただただ、早く時間が過ぎてくれることを祈っているような状況だった。
話している内容的に農業についてだったのだが、ヴァレンティナは自分の領地が今何を植えているかなんて知る由もなかったため、「若輩者である私ではまだそれを知る権利がなく、存じ上げなくて申し訳ありません」と返して難を乗り切るしかなかった。
シノノメ領の鉄加工技術についても質問されたが、ヴァレンティナ自身も教科書で習った程度の知識しか持ち合わせていないため、必死に言い訳を考えていると殿下が助け舟を出してくれた。
「我が国の大切な情報なのでそんな簡単には教えられません。と返せばいい」
そう言ったあと、現地の言葉で相手に何か言うと向こうは楽しげに笑うと去っていった。
「あの、なんて言ったんです?」
「ん? 別にたいしたことじゃないよ。それより、そろそろお暇してもいい時間だろう。私も疲れたし。マリオッツォ、退出するよ」
「かしこまりました」
マリオッツォと呼ばれた従者が主催者に声をかけ、やっとその場から離れることができた。
「はぁ、あ、すいません。ため息なんてついてしまって」
「いいよ。思ってた以上に人が来ていたからね。お疲れ様、ヴァレンティナ」
「殿下の方こそ、お疲れ様です。現地の言葉を喋れるなんて知らず、驚きました」
「周辺諸国の言語は、叩き込まれたんだよ。といっても日常会話程度だけでね。会議で使う専門用語になるとまだまだ勉強不足な部分が多くて通訳がいないと理解しきれないんだ」
「そうなんですね」
「明日はもう少し楽なはずだよ。見学がメインだから、安心して」
「本当ですか?!」
思わず見上げると、殿下と目が合ってしまった。
「うん、気にいいると思うよ」
楽しげに微笑む殿下を間近に見てしまい、ヴァレンティナは頬が一気に暑くなってしまった。
そんなふうに今まで自分をみていたのだろうかとか、勘違いしてはいけないと必死に何故か心の中で言い訳を並べてしまう。
「夕食は列車の中だからゆっくり食べれるよ」
エスコートのために握られた手はいつの間にか指が絡んでいた。




