第7話「謝罪は“サバサバ風ドヤ顔”」
トラブル発生
木曜の午前十時。オフィスに緊張が走った。
「納期、間違ってクライアントに伝わってるぞ」
部長の低い声がフロアを震わせる。
経緯はこうだ。昨日の会議で、納期について「来月末」と「来週末」が飛び交った。その混乱を整理するはずの安藤が、確認もせずメールを送ったのだ。しかも宛先はクライアントの役員。
結果、今日の午前中に先方から怒りの電話が入った。
「どうなってるんですか? こちらは来週末納品と理解してますが?」
部長は机を叩き、安藤を呼んだ。
「安藤、すぐ謝罪に行ってこい。田中も同行しろ」
私の胃がキリキリと縮む。嫌な予感しかしない。
【被害者ノート新ページ】本日のテーマ=謝罪、そしてドヤ顔。
謝罪準備
会議室。部長、私、安藤が集まる。
部長は厳しい顔で言った。
「とにかく誠意を見せろ。言い訳はするな。まず非を認めろ」
普通なら当たり前の指示。
しかし安藤は腕を組んで笑った。
「わかりました! サバサバ系なんで、謝罪も忖度なしでいきます!」
部長の眉がぴくりと動いた。
「……いや、忖度なしじゃなくて、誠意を」
「大丈夫です! 私、思ったこと言っちゃうタイプなんで!」
——またその台詞。私は心の中で正の字を一本足す。【“言っちゃうタイプ”:本日一回目】
クライアント先へ
タクシーで移動。
車内でも安藤は止まらない。
「謝罪ってさ、しおらしくするのダサくない? むしろ堂々としたほうがサバサバで誠意あると思うんだよね」
「……いや、下手に強気だと逆効果ですよ」
「でも私、土下座とか似合わないタイプだし! 顔上げて謝ったほうが“潔い”でしょ!」
私は深くため息をつく。
——潔いと開き直りの境界線は紙一重だ。
謝罪開始
クライアントの会議室。役員二人が厳しい顔で座っていた。
「本当に困りますよ。こちらのスケジュールも組み直しです」
部長が頭を下げる。
「このたびは弊社の確認不足でご迷惑をおかけしました」
次に安藤が立ち上がり、勢いよく頭を下げ——ると思いきや、背筋をピンと伸ばし、ドヤ顔で言い放った。
「忖度なしで言います! 私の確認ミスです! でも愛を持って訂正させていただきます!」
会議室の空気が凍りついた。
謝罪の言葉なのに、なぜか誇らしげ。
「……“愛を持って”?」役員が眉をひそめる。
「はい! 愛のあるサバサバ謝罪です! 引きずらないのが私の長所なんで!」
部長が横で青ざめ、私に「フォローしろ」という目を向ける。
火消し役
私は慌てて補足する。
「改めまして、大変申し訳ございません。スケジュールはこちらで責任を持って調整し、必ず来週末までに納品いたします」
役員の一人が溜息をついた。
「……まあ、しっかり対応してくれるなら」
どうにか収束しかけたところに、安藤が追撃。
「ありがとうございます! サバサバしてるんで、もう気にしてません!」
——いや、クライアントはまだ気にしてるから!
私は頭を下げたまま心の中で叫んだ。
謝罪後の自己評価
会社に戻るタクシーの中。
安藤は満足げに窓の外を眺めていた。
「どう? 私のサバサバ謝罪、キマってたでしょ?」
「……ドヤ顔でしたよ」
「だって私、弱々しく謝るキャラじゃないから! クライアントも“潔いな”って思ったでしょ」
「……いや、多分思ってないです」
私はノートに書き込む。
【謝罪=ドヤ顔。誠意ゼロ。本人は満点自己評価】
真サバ先輩の見解
午後、オフィスに戻ると木下真理先輩に呼び止められた。
「どうだった? クライアント謝罪」
「……なんとか炎上は免れました」
「安藤さん、やっぱりドヤ顔だった?」
「はい」
木下先輩は苦笑した。
「“サバサバ”って、謝罪の場面では“短く・低く・誠実に”なんだよ。余計な自己主張はいらない」
淡々とした一言が、まるで教科書の一節のように胸に残った。
SNSでの暴走
夕方、社内SNSが鳴った。
《#謝罪もサバサバ》安藤:「今日、クライアントにガチ謝罪! ドヤ顔で決めてきた! サバサバ女の強み発揮! いいねで応援よろしくw」
コメント欄は沈黙。スタンプはゼロ。
彼女だけが拍手を求めている。
私は画面を閉じ、ノートに最後の一文を足した。
【本日の被害:謝罪すら舞台。ドヤ顔=誠意の代用品。】
翌朝
出社した安藤はけろりとした顔で言った。
「クライアント、昨日より優しくなってたでしょ? やっぱサバサバ謝罪って効果あるんだよ!」
——それは部長と私がフォローした結果です。
私は天井を仰ぎ、今日もまたノートに見出しを付ける。
【サバサバ謝罪=ドヤ顔パフォーマンス。被害総計:社員一同】
次回予告
第8話「女子トイレは監視カメラじゃない」
女子トイレでの会話まで“情弱会議”と呼んで乱入する安藤。だがそこで彼女が聞いたのは、自分に向けられた本音だった——。




