第11話:神を喰らう男
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第11話:神を喰らう男**
ゴォォォォ――!
炎の龍が暴れ狂うように、白鷺山城の天守は、真っ赤な火柱に包まれていた。梁が崩れ落ち、爆ぜた木片が舞い散る猛火の中で、二人の男が対峙している。
天下をその手に収めた男・織部信綱。そして、二十年にわたり陰から歴史を操り続けてきた黒幕・御影道玄。
道玄は胸を荒く上下させ、ぎらぎらと狂気に光る目で、信綱を睨みつけていた。握りしめた短刀の切っ先が、炎の揺らめきに合わせて、小刻みに震えている。
「くくく……はははは! 信綱よ、強がるな!」
道玄は血走った目を剥き、甲高い声で笑った。
「お前がどれほど大名を従わせ、都を制しようとも、お前の根底にあるのは『哀れな足軽の倅』という傷だ! 忘れたとは言わせんぞ。二十年前のあの雨の夜、お前の父親がどんな無惨な姿で死んでいったかをな!」
信綱は無言のまま、抜き放った愛刀を低く構えていた。その瞳は澄み渡り、炎の照り返しを静かに映している。
道玄は信綱の心を揺さぶろうと、畳みかけた。
「お前の父、織部甚兵衛はな、私の謀略の駒として使い捨てられ、泥の中で命乞いをしながら殺されたのだ! 『息子だけは助けてくれ』とな! くくく……無様だったぞ! お前が積み上げてきた血の歴史も、すべては私の掌の上で踊らされた、親の仇討ちの茶番に過ぎんのだ!」
声が、天守に響き渡る。
父の死の真相。信綱の人生を狂わせ、すべての悲劇の引き金となった二十年前の闇。道玄はそれを突きつけることで、信綱の心を挫き、絶望の底へ突き落とそうとしていた。
だが――。
「……それがどうした」
静かな、あまりにも静かな信綱の声が、炎の轟音を切り裂いた。
道玄の笑みが、凍りつく。
「な……何だと……?」
信綱は、ゆっくりと一歩、前へ踏み出した。その足取りに、迷いも揺らぎもなかった。
「二十年前、俺は確かに親を奪われ、運命を呪い、お前への憎しみだけで生きてきた。……だが俺は、数多の死線を越え、玄蕃の死を越え、この国のすべてを背負う者となった」
その全身から放たれるのは、かつて道玄が作り出した「悲劇の駒」の気配ではない。この国の歴史そのものを呑み込もうとする、絶対の覇者の威厳であった。
「父の死も、お前の企みも、俺にとっては、ここまで俺を押し上げた糧に過ぎん。お前が俺を作ったのではない。俺がお前という狂気を喰らい、真の天下人となったのだ」
「ば、馬鹿な……! 戯言を! 私は神だ! この国の歴史を創ってきた神なのだぁぁぁっ!」
絶望と矜持の崩壊に、道玄は狂乱した。刃を振りかざし、信綱へ襲いかかる。死を賭した老人の一撃。されど、その軌道は、信綱の目には止まっているかのように遅かった。
フッ――。
信綱の体が滑らかに沈み、一閃の銀光が、炎の中を切り裂いた。
キンッ!
道玄の短刀が空へ弾き飛ばされ、次の瞬間、冷たい鉄の感触が、道玄の胸の中央を貫いた。
「ぐはっ……!?」
道玄の動きが止まる。信綱の愛刀は、胸を深々と穿ち、背中へ抜けていた。
道玄は信綱の肩にすがりつくように倒れ込み、血を吐きながら、その顔を見上げた。瞳には、初めて見せる死への恐怖と、自らが生み出した怪物への、絶対的な畏れが浮かんでいた。
「し……信綱……お前……は……」
信綱は耳元へ顔を寄せ、氷のように冷たい声で囁いた。
「お前が作った狂気で、お前自身が滅びよ」
刀が引き抜かれる。道玄の体は崩れ落ち、天守の床に倒れ伏した。
かつて日本全土を陰から操り、数多の人の運命を狂わせた黒幕、御影道玄。その男は、二度と動かなかった。
二十年に及ぶ壮絶な因縁と、歴史の裏に潜んでいた黒幕の支配に、ここに終止符が打たれたのである。
*
「殿っ!」
炎を押し分けて天守へ飛び込んできたのは、柴崎左近とお葉であった。
「道玄を、討ち取られましたか……!」
倒れた道玄の骸と、血のついた刀を納める信綱の姿を見て、二人はその場に深くひれ伏した。
「崩落が始まります! 殿、お早く脱出を!」
信綱は一度だけ、道玄の骸を見下ろすと、振り返ることなく歩き出した。
「行くぞ。……長かった夜が、明ける」
ドォォォン――!
その直後、白鷺山城の天守は、凄まじい音とともに崩れ落ちた。道玄の野望と罪業のすべてを呑み込み、炎の海の中へ、露と消えていったのである。
(第11話 完)




