第10話:孤高の城
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第10話:孤高の城**
丹波の山奥、険しい断崖の上にそびえる古城、白鷺山城。
かつては修験者の修行場でもあったこの要塞は、深い霧に包まれ、下界から切り離されていた。毛利も、九州の諸将も、朝廷の権力者たちも、すべてを失った黒幕・御影道玄が、黒脛巾の残党と、心酔する信者数千を集めて立てこもった、「最後の孤城」である。
城の周囲を隙間なく埋めるのは、織部信綱率いる五万の天下統一軍。今井宗兵衛が買い揃えた無数の大砲が麓にずらりと並び、柴崎左近の鉄砲騎馬隊が退路をふさいでいる。空を突くように翻る織部の旗印が、道玄の命運の尽きたことを、雄弁に物語っていた。
信綱は陣幕の前で腕を組み、冷ややかな瞳で、霧にかすむ古城を見上げていた。
「殿、包囲は完了いたしました」
甲冑姿の左近が進み出て、力強く告げる。
「山上にいるのは、狂信者と忍びの残党のみ。兵糧も水も、一月ともちますまい。このまま兵糧攻めにいたしますか」
信綱は、ゆっくりと首を振った。長きにわたる因縁に終止符を打つ者の、絶対の決意が、その顔に宿っている。
「兵糧攻めなどという生ぬるい真似はせん。道玄は鼠のように陰に潜み、人の心を弄んできた男だ。生かしておけば、また何を撒き散らすか分からん。……総攻撃だ。あの城ごと、道玄の野望を灰にしろ」
冷酷な宣言に、左近とお葉が力強く頷いた。
「全軍、砲撃開始!」
左近の太刀が振り下ろされた瞬間、麓から凄まじい轟音が響いた。
ドドドドォォォン――!
雑賀から取り寄せた巨砲が一斉に火を噴き、弾丸が古城の石垣と櫓を打ち砕く。激しい爆炎と黒煙が丹波の山々を包み、悲鳴と怒号が、霧の彼方へ消えていった。
「突撃ぃぃぃっ!」
左近率いる精鋭が、崩れ落ちた大手門から、城内へ雪崩れ込む。道玄の信者たちが命を捨てて襲いかかるが、鍛え抜かれた鉄砲隊と騎馬隊の敵ではない。圧倒的な武力と火力の前に、敵は次々と薙ぎ払われていった。
*
その混乱の最中、お葉は影のように、城の深部へ潜入していた。
妹のおつるを脅かし、信綱との絆を裂こうとした道玄の手下、黒脛巾の残兵が立ちふさがる。だがお葉の刃は、一瞬の迷いもなく、彼らの喉を裂いていった。
「道玄……あなたが作った『影』は、もうあなたの思い通りには動かない」
血刀を静かに拭い、お葉は炎上する本丸、天守へと突き進んだ。
一方、崩れた大手門をくぐり、みずから刀を抜いて天守を目指す男がいた。織部信綱その人である。
血煙と炎の渦巻く階段を、信綱が上り詰めたとき、頭上から高笑いが降ってきた。
「ハハハハハ! 姿を見せたな、信綱ぁ!」
炎の揺らめく天守の回廊。袈裟の裾に火を受けながら、一人の老人が、狂気の目で信綱を見下ろしていた。御影道玄である。
髪は乱れ、かつての威厳も冷静さも、微塵もない。だがその瞳には、なお異様な執念が燃えていた。
「信綱! お前は、自分が勝ったと思っているのか! 勘違いするな! お前という存在も、お前が築いた軍略も、お前が掴もうとしている天下も、そのすべては、この私が二十年かけてお前を追い詰め、育て上げた『最高傑作』なのだ!」
道玄は両腕を広げ、狂ったように叫んだ。
「お前は私が作った作品だ! 創世主である私を殺せば、お前の生きてきた意味も、野望も、すべて消えてなくなるぞ!」
叫びは、天守を包む炎の爆ぜる音に混じって、不気味に響き渡る。
かつて信綱の父を死に追いやり、足軽の倅だった信綱の人生を狂わせ、歴史の裏ですべてを操ってきたと信じて疑わない男の、哀れな自負であった。
信綱は足音を響かせ、一歩、また一歩と、道玄に近づいた。その顔に激怒も動揺もなく、ただ底知れぬ無関心と冷徹さだけが漂っている。
「……作品、だと?」
信綱はゆっくりと、腰の愛刀を抜き放った。刀身が炎を映し、妖しく輝く。
「道玄。お前は最後まで、己を神だと錯覚していたようだな。俺の野望は、お前ごとき陰湿な老いぼれが描いた小さな盤上を、遥かに超えている」
「何……!?」
「お前が作ったのは、己の復讐に囚われた『悲劇の男』に過ぎん。だが俺は、その運命すら喰らい尽くし、この日本全土をひとつに束ねる『真の覇者』となった。お前など、俺が歩んだ血の道の、ただの小石に過ぎんのだ」
「おのれぇぇぇっ! 信綱ぁぁぁっ!」
矜持を砕かれた道玄は、狂乱して懐から短刀を抜き、信綱へ飛びかかった。
「全軍、天守から退け!」
信綱は追いすがる将兵を制し、ただ一人、道玄の待つ天守の奥へ踏み込んだ。
二十年に及ぶ因縁の黒幕と、天下人となった男。二人の最後の対決が、炎上する天守の中で、幕を開ける。
(第10話 完)




