第12話:大いなる野望(最終話)
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第12話:大いなる野望(最終話)**
白鷺山城の炎上から、月日は流れた。
黒幕・御影道玄の死とともに、全国を覆っていた不穏な密謀の糸は、完全に断ち切られた。朝廷の権威を盾に戦乱を煽っていた腐敗の公家どもは去り、西国の毛利、九州の島津、北陸の柴田をはじめ、すべての巨大大名が、織部信綱の軍門に降った。
足軽の倅から身を起こした男、織部信綱の手によって、百数十年続いた戦国の大乱は終わりを告げ、ついに「日本全土の完全統一」が成し遂げられたのである。
新たに築かれた壮大な安土の巨城。その城下は、全国から集まった商人や職人、太平の世を喜ぶ民の活気で、あふれかえっていた。かつて戦火に怯えた人々の顔には、確かな笑顔が戻っている。
*
安土城の政庁では、信綱の側近たちが、それぞれの持ち場で新しい国づくりに励んでいた。
「殿、明国および南蛮との新たな交易の取り決め、すべて整いました」
豪商・今井宗兵衛は、算盤を弾きながら、誇らしげに報告した。雑賀・根来の懐柔から織部家の財政を支え続けた宗兵衛は、いまや日本一の貿易商として、海の向こうへ影響力を広げつつあった。
「よし。国内の富を巡って血を流す時代は終わった。これからは海を渡り、外から富を呼び込め」
「はっ! お任せくだされ!」
一方、織部家筆頭の武将となった柴崎左近は、全国から集まった諸将の配置と、解散した兵たちの開墾の指揮に追われていた。
「左近、刀を握っていた手で、鋤や鍬を持つのには慣れたか」
信綱の問いに、左近は兜を脱ぎ、爽やかに笑った。
「ハハッ! 殿、戦場で武士の誉れを競うのも誇らしいものでしたが、民が腹いっぱい米を食える国を守るのも、悪くはございませぬ。この左近、殿がお創りになった太平の世を、生涯かけて守り抜いてみせます」
力強い言葉に、信綱は静かに頷いた。
数多の謀略と血戦をともにくぐり抜け、命を落とした軍師・黒崎玄蕃。彼が命を賭して遺した知恵と未来が、いま確かに、この太平の国に実を結んでいた。
武力による支配から、知恵と経済による治世へ。信綱の掲げた「天下布武」の真の意味が、いまここに証明されたのである。
*
夕暮れ時。
安土城の最上層。幾重にも欄干を巡らせた天守の最上階で、信綱は朱塗りの欄干に身を預け、一人、沈みゆく夕日を見つめていた。風が、陣羽織をやさしく揺らす。その背中には、数多の修羅場を越えた者にしかまとえない、圧倒的な孤高と威厳が漂っていた。
気配もなく影から現れたのは、お葉であった。忍び装束ではなく、静かな小袖をまとった彼女は、信綱の斜め後ろに、そっと寄り添った。
「殿……城下も、各国の諸将も、みな穏やかにございます。妹のおつるも、静かな村で幸せに暮らしております」
お葉の声は、かつてないほど柔らかく、温かかった。
「そうか。……お前も、もう忍びとして命を懸ける必要はないのだぞ」
振り返らずに信綱が言うと、お葉はかすかに微笑み、首を振った。
「いいえ。私は殿の『影』でございます。光が続く限り、影として、どこまでもお供いたします」
二人の間に、心地よい静けさが流れた。
茜色に染まる広大な平野の向こうでは、平穏を取り戻した琵琶湖の水面が、美しく輝いている。その景色を見つめながら、お葉は静かに問いかけた。
「殿……足軽の倅から成り上がり、道玄との因縁を断ち、全土の大名を従えて、ついに天下をひとつに束ねられました。これでもう、戦は終わりですね」
「戦い、か……」
信綱はゆっくりと手を伸ばし、落ちていく夕日を掴むように、拳を固めた。その瞳が見ているのは、眼下に広がる日本の国々ではない。湖のさらに向こう、遥かな海の彼方に広がる、蒼い大海原であった。
「お葉。この日本は、世界から見れば小さな島国に過ぎん。明国、南蛮、そしてまだ見ぬ広大な大陸。海の外には、我らの知らぬ巨大な世界が広がっている」
「海の世界……」
信綱の口元に、数々の危機を打ち破ってきたときと同じ、不敵で力強い笑みが浮かんだ。
「俺の血は、まだ治世に満足して静まるつもりはないらしい。この日本を盤石にし、次は、誰も見たことのない海の向こうへ挑む」
お葉は一瞬目を見張り、やがて愛おしそうに目を細めた。
「ふふ……左様でございますね。殿が、小さな籠に収まるはずがございません」
信綱は深く息を吸い込み、夕日に照らされる遠い水平線を思い描いた。
「いや……俺の『大いなる野望』は、まだ始まったばかりだ」
沈みゆく太陽が、信綱とお葉の姿を、鮮やかな黄金色に染め上げていく。
覇者・織部信綱の歩む道の先には、新たな時代の光が、永遠に輝き続けていた。
(『大いなる野望』三部作 堂々完結)
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