第8話:決戦・播磨の赤壁
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第8話:決戦・播磨の赤壁**
播磨、加古川沿いの広大な平野。十万の毛利軍と四万の織部軍が、向かい合っていた。
朝もやの向こうに広がる毛利の陣は、数で圧倒しながらも、異様な重苦しさに包まれていた。
兵糧補給路の断絶。吉川元春の敗死。そして何より、軍師・黒崎玄蕃が命と引き換えに奪い、信綱の手へ渡った「道玄の密謀の連絡網」の壊滅。これらが、毛利陣営の内側をじわじわと蝕んでいたのである。
道玄の指図で毛利の陣中に潜んでいた黒脛巾の工作員は、お葉率いる忍びの一団によって、一夜のうちに全滅した。連絡を絶たれた毛利の諸将は、朝廷の宣旨さえ道玄の偽りではないかと疑い、内紛の芽が静かにふくらんでいた。
*
織部軍の本陣。黒の陣羽織をまとった信綱が、高台から敵陣を見下ろしていた。その両眼は凍てつくように冷たく、人としての感情をすべて削ぎ落とした「鬼」の光を宿している。
「殿、総攻撃の支度、整いました」
お葉が低く告げる。信綱は無言で頷き、右手をすっと挙げた。
「玄蕃……見ているか。お前が遺した盤に、いま幕を引くぞ」
信綱の合図とともに、織部の総力が一斉に動いた。
最初に動いたのは、今井宗兵衛であった。毛利の陣中に潜ませた商人たちを使い、「毛利本家は織部と裏で和睦を進めており、外様の大名を捨て駒にするつもりだ」という流言を、一気に広めたのである。兵糧に苦しむ傘下の大名たちは、この噂で猜疑心を爆発させた。
続いて、瀬戸内の海から、地鳴りのような轟音が響いた。買収された水軍衆と、雑賀・根来の大筒を積んだ船団が、加古川の河口から毛利軍の背後へ、猛烈な砲撃を浴びせ始めたのだ。
「背後に敵の船団!? 海からも攻めてくるぞ!」
混乱する毛利陣の正面へ、柴崎左近率いる三千の鉄砲騎馬隊が、雷鳴のごとく突撃した。
ドドォォォン! ドドォォォン!
一斉射撃の硝煙が、加古川の河川敷を覆い尽くす。吉川を失った毛利の先鋒は瞬く間に瓦解し、将兵は恐慌に陥った。
そのうえ、宗兵衛の流言で不信を募らせていた諸将が、「我らを討ち死にさせる気か!」と勝手に陣を払い、撤退を始めた。十万を誇った大軍は、内紛と恐慌によって、内側から崩れていった。
「崩れたぞ! 全軍、突撃ぃぃぃっ!」
左近の号令とともに、四万の織部軍が怒濤の勢いで押し寄せる。加古川の水面は、討たれた毛利兵の血で赤く染まり、かの赤壁を思わせる惨状となった。
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毛利本陣。崩れていく自軍を見つめていた小早川隆景は、静かに刀を鞘に納め、天を仰いだ。
「……負けた。戦に負けたのではない。信綱という男の執念と、亡き軍師・黒崎玄蕃の遺志に、負けたのだ」
隆景は残存部隊を率いて敗走を余儀なくされた。西国の絶対王者・毛利家はここに完敗し、西国全土が、信綱の軍門に下ることとなった。
夕闇が迫る播磨の戦場。赤く染まった加古川のほとりに立つ信綱のもとへ、お葉が駆け寄った。
「殿! 西国、完全に平定いたしました。毛利は降伏の使者を差し向けております!」
「……そうか」
信綱の視線は、遠く東の空、京の都へ向けられていた。
「西国は手に入った。次は、朝廷と、追い詰められた鼠、道玄だ」
鬼となった信綱の前に、日本全土を平定する道が、鮮血とともに大きく開かれた。
(第8話 完)




