第7話:軍師の真実
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第7話:軍師の真実**
二条城の奥書院を、刺客たちの殺気が満たしていた。
「愚か者が……。私に牙を剥いたこと、死をもって後悔するがよい」
道玄が吐き捨てるように命じると、黒脛巾の刺客たちが一斉に刃を突き出した。だが玄蕃は怯むどころか、冷ややかに笑い、懐から一巻の巻物を取り出した。
「お待ちを、道玄様。……私が本心から信綱に忠誠を誓っているとでも、お思いですか」
鋭い刃が、玄蕃の首筋の寸前でぴたりと止まる。道玄は不審げに目を細めた。
「何……?」
「先ほどの言葉は、あなたの器を試すための芝居に過ぎません。ご覧くだされ。これは信綱の全軍の配置と、今後の西国・北陸における兵糧集積の計画を、すべて記した極秘文書にございます」
玄蕃は膝をつき、恭しく巻物を捧げ持った。道玄の瞳に、疑念と欲が一瞬交錯する。やがて道玄はゆっくりと手を伸ばし、それを受け取った。
「くくく……やはりな。お前が信綱ごとき犬に、本気で仕えるはずがないと思っていたぞ」
「はっ。私とて、朝敵となった男と沈むつもりはございません。お引き立ていただけるなら、全土に張り巡らされた道玄様の連絡網、その末端の指図まで、私が軍師として一手に引き受け、信綱包囲網を完成させてご覧に入れます」
「良い心がけだ、玄蕃。ならば、この連絡網の暗号と潜伏先を記した控帳を見せてやろう。明日よりお前が指揮を執れ」
道玄は懐から、全土の黒脛巾と、通じる大名・公家との暗号連絡網を細かく記した密書、いわば「虎の巻」を取り出し、玄蕃の前にかざした。
自尊心と勝利への確信が生んだ、わずかな隙。それこそが、玄蕃が自らの命を撒き餌にして狙い続けた「一瞬の勝機」であった。
玄蕃の瞳から、笑みが消えた。
次の瞬間、袖口に忍ばせていた毒針が、道玄の手首に突き立てられた。
「ぬぐぁぁぁっ!?」
驚愕する道玄の手から落ちた密書を、玄蕃は目にも止まらぬ速さで奪い取り、懐へねじ込む。
「き、貴様……最初からこれが狙いか!!」
道玄は激昂し、毒の回りを抑えようと腕を縛りながら、刺客たちへ叫んだ。
「殺せ! 玄蕃を八つ裂きにしろ!」
「ハハハ! 遅いのですよ、道玄様!」
玄蕃は刺客たちの刃を身に浴びながらも、懐から火薬玉を取り出し、床へ叩きつけた。
轟音とともに、爆炎と煙が書院を呑み込む。背や胸を刀に深く貫かれながら、玄蕃は血の泡を吐きつつ立ち上がり、煙の中へ飛び出した。
「追え! 密書を取り戻せ!」
道玄の悲鳴のような叫びが、遠ざかっていく。
*
深夜の京の路地裏。
激しい雨が降りつけるなか、血まみれの玄蕃は、壁を伝いながら必死に走り続けていた。体中からあふれる血が雨に洗われ、赤い筋となって路上に広がる。命の灯が消えかけていることは、玄蕃自身が誰よりも分かっていた。
やがて、あらかじめ手配しておいた密偵の隠れ家にたどり着くと、玄蕃は震える手で筆を握った。道玄から奪った密書を添え、信綱への最後の文をしたためる。
『殿。道玄が全土に張り巡らせた密謀の連絡網、その全貌を奪い取りました。これで道玄の手足は、完全に封じられたはずです。
私は道玄の駒として生まれましたが、殿の軍師として死にます。私の知恵のすべてを、あなた様に捧げます。どうか、真の天下を』
書き終えると同時に、追手の黒脛巾たちが、扉を破って雪崩れ込んできた。
玄蕃は静かに筆を置き、血に染まった刀を抜き払って、不敵に微笑んだ。
「織部信綱が軍師、黒崎玄蕃の最期、とくと見よ!」
襲い来る刺客の頭と刺し違え、玄蕃はその場に倒れ伏した。冷たい雨が、軍師の顔をやさしく洗っていた。
*
二日後。播磨の本陣。
信綱のもとへ、お葉が涙をこらえながら、玄蕃の遺品と血染めの密書を届けた。
「……玄蕃様が、お倒れになりました。道玄の刺客と相討ちとなり……これを、殿へ」
信綱は無言のまま、密書を受け取った。
文に記された玄蕃の最後の言葉。命と引き換えに奪い取られた、道玄の全連絡網。それらを握る信綱の手が、激しく震えていた。
一筋の涙が、頬を伝う。
どんな苦難にも顔色ひとつ変えなかった信綱が、初めて見せた激しい感情であった。
「……玄蕃」
信綱はゆっくりと立ち上がり、天を仰いだ。その面差しから、人間らしい迷いと温もりが消え、底知れぬ静けさと冷酷さをたたえた「鬼」の貌へと変わっていく。
「お前が命を懸けて遺したこの道、無駄にはせん」
信綱は将兵たちを振り返り、雷鳴のような声で命じた。
「全軍に伝えよ! これより毛利十万との最終決戦に臨む! 玄蕃の知恵をもって、毛利も道玄も、この世のすべてを血の海に沈めてやる!」
「おぉぉぉっ!」
信綱の咆哮が、播磨の空に轟き渡った。
軍師・玄蕃の死を胸に刻み、信綱は真の「鬼」となって、最終決戦へと出陣する。
(第7話 完)




