第6話:黒幕の盤上戯
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第6話:黒幕の盤上戯**
播磨での大勝を告げる報が駆け巡るはずの京の都は、歓喜ではなく、底知れぬ恐怖と混乱に包まれていた。
「織部信綱は朝廷の秩序を乱す大逆人なり! ここに信綱およびその一党を『朝敵』と定め、全土の武士に討伐を命ず!」
太鼓の音とともに、京の市中へ高札が掲げられた。関白・九条兼雅ら朝廷の重臣が名を連ねた、正式な宣旨である。
毛利軍の敗勢に危機感を抱いた黒幕・御影道玄が、裏から公家たちを死の恐怖で脅し、強引に発給させたものであった。「天下所司代」として京を治めてきた信綱の正当性は、一夜にして覆された。織部家は名実ともに、「朝敵」の烙印を押されたのである。
「信綱様が朝敵だと……?」
「都もまた、戦火に包まれるのか……!」
民も侍も怯え、城下が騒然とするなか、信綱の留守を預かる二条城の奥書院に、ただ一人、静かに盤面を見つめる男がいた。播磨から急ぎ京へ戻った軍師、黒崎玄蕃である。
玄蕃は将棋盤の上で駒を滑らせ、ぽつりと呟いた。
「盤上でいくら手を尽くそうと、盤そのものを覆されては意味がない……。相変わらず、容赦のないお方だ」
そのとき、書院の燭台の炎が、かすかに揺れた。
障子は閉じたまま。部屋の隅の闇がぐにゃりと歪み、一人の老人が姿を現す。
黒い袈裟をまとい、蛇のような薄ら笑いを浮かべた男――御影道玄。
「久しいな、玄蕃」
声は、地の底から響くように低く、冷たかった。玄蕃は驚く様子もなく、静かに扇子をたたみ、視線を向ける。
「……御影道玄様。供も連れず、自ら二条城に乗り込んでこられるとは。私に首を刎ねられるとは、お考えにならなかったのですか」
「くくく、首を刎ねる? お前がか?」
道玄はあざ笑いながら歩み寄り、玄蕃の向かいに腰を下ろした。
「忘れたか、玄蕃。お前の親を殺し、孤児となったお前に兵法と謀略を叩き込んで、信綱の懐へ忍び込ませたのは、この私だ。お前の頭脳も、生き方も、すべて私が作り上げた『作品』なのだよ」
鋭い瞳が、玄蕃を射抜く。
「信綱はすでに朝敵。朝廷を敵に回した男に、未来はない。毛利が倒れようと、次は柴田、島津が動く。信綱など、我が理想郷のための、ただの捨て駒に過ぎんのだ」
玄蕃は無言のまま、その言葉を聞いていた。道玄は懐から白紙の連判状を取り出し、玄蕃の前に置いた。
「玄蕃よ、我が元へ戻れ。毒でも刃でもよい、信綱の首を差し出せば、新しき幕府の『管領』の座をお前に与えよう。私とお前で、愚かな武士どもを裏から操り、真の平和をもたらす新しい国を作るのだ」
重苦しい沈黙が、部屋に落ちた。
道玄は、自らが作り上げた最高傑作の玄蕃が、この誘いに乗ることを、露ほども疑っていなかった。玄蕃は冷徹で、利に聡い男である。朝敵となった信綱に殉じる理由など、どこにもないはずだった。
玄蕃は静かに目を閉じ、半生を振り返った。
道玄の駒として育てられ、人を欺き、人を死に追いやる道具として生きてきた自分。だが、織部信綱という男に出会ってから、すべてが変わった。信綱は、玄蕃の過去も冷酷さもすべて知ったうえで、自らの「右腕」として信頼し、全霊を預けてくれたのだ。
『俺は、親を殺され、泥を食い、運命という名の怪物に弄ばれてきた。……俺を操ろうとした道玄の糸ごと、残らず喰らい尽くしてやる』
二条城で信綱が語った、あの力強い言葉が、脳裏に蘇る。
玄蕃はゆっくりと目を開けた。その瞳には、道玄と同じ冷徹さの奥に、深く揺るぎない忠誠の火が灯っていた。
「……道玄様。仰るとおり、私はあなたの手で作られた人形でした」
「ならば――」
「ですが」
玄蕃は言葉を遮り、冷ややかに笑った。
「織部信綱という男が描く『野望』の大きさは、あなたのような陰湿な黒幕の器を、遥かに超えている。私という駒を最も上手く使ってみせたのは、あなたではなく、信綱様だ」
道玄の顔から、笑みが消えた。
「……断る、というのだな。この私を裏切り、信綱と共倒れになる道を選ぶと?」
「共倒れなどいたしません。滅びるのは……あなただ」
玄蕃の手が、静かに袖の中へ伸びる。それを察した道玄の目に、激しい殺気が宿った。
「愚か者が! 私の作品でありながら、駄作に成り下がったか!」
道玄が手を打つと、天井裏から、黒脛巾の刺客が数人、一斉に舞い降りた。忍びの刃が、玄蕃に迫る。
だが玄蕃は怯まず、道玄の目をまっすぐ見据えて言い放った。
「道玄様……あなたが全土に張り巡らせた密謀の網、私がすべて解き明かしてみせましょう」
夜の二条城。軍師・玄蕃の最後の戦いが、始まった。
(第6話 完)




