第5話:不敗の猛将
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第5話:不敗の猛将**
「押せ! 押せい! 織部の首を取る者は、我が吉川家第一の功臣ぞ!」
播磨の平原に、地鳴りのような咆哮が響き渡っていた。
水軍の全滅で兵糧を断たれ、窮地に陥った毛利軍が放った、乾坤一擲の切り札。それが、生涯七十余戦無敗を誇る毛利家第一の猛将・吉川元春と、その率いる二万の先鋒であった。
重厚な甲冑に身を固めた吉川の精鋭は、まさに鬼神の群れである。兵糧が尽きかけた焦燥を凄まじい狂気に変え、行く手を粉砕しながら、一直線に信綱の本陣を目指して突き進んでくる。
「敵先鋒、前線陣地を突破! 本陣まであと三里! 勢い、止まりませぬ!」
伝令の叫びが飛び交う陣中で、信綱は床几にどっかと腰を据え、腕を組んでいた。側近たちが青ざめるなかで、その面差しには恐れの色ひとつない。
「来たか、不敗の猛将。……左近は着陣したか」
「ハッ! 北陸の抑えより急行した柴崎様、たった今、三千の鉄砲騎馬隊を率いて、敵の側面へ回り込みました!」
信綱は口元を吊り上げた。
「よし。左近に伝えよ。『誉れはいらん。勝機を掴み、毛利の牙をへし折ってこい』とな」
*
播磨の野の北端、小高い丘の陰。
柴崎左近は馬上で、長槍を静かに握りしめていた。背後に控えるのは、信綱から託された織部家最強の切り札、三千の鉄砲騎馬隊。馬上で扱いやすい短い筒を携え、機動力と火力を兼ね備えた精鋭である。
「殿の御命令だ」
左近は低い声で、居並ぶ将兵を見渡した。
「敵は毛利が誇る不敗の猛将、吉川元春。武士として、これ以上の相手はおらん。我らが一歩でも退き、ここで吉川を止められねば、殿の天下は潰えるぞ。……全軍、槍を立てよ! 火縄に火を点せ!」
「おぉぉぉっ!」
三千の騎馬が一斉に火縄を灯し、硝煙の匂いが丘を包んだ。
やがて吉川軍は、信綱の本陣を目前に勝利を確信し、突撃の速度を上げた。その瞬間――。
「今だ! 突撃ぃぃぃっ!」
左近の雷鳴のような号令とともに、丘の上から三千騎が一気に駆け下りた。疾風のごとき蹄の音が、大地を揺らす。
「なにっ!? 側面から敵だと!?」
うろたえる吉川軍の脇腹へ迫り、左近が叫ぶ。
「放てぇぇぇっ!」
ドドドドォォォン――!
三千の銃弾が、吉川軍の側面をえぐり取った。馬上からの一斉射撃で乱れた敵陣へ、騎馬隊は長槍を掲げたまま雪崩れ込む。
「ぬうわぁぁぁっ!」
「怯むな! 立て直せ!」
吉川軍の陣形が、一瞬で崩れ落ちた。だがさすがは無敗の猛将の精鋭、すぐに槍を揃え、左近の騎馬隊を押し返し始める。
「突っ込め! 織部の成り上がりどもを叩き潰せ!」
最前線で、巨大な大薙刀を振り回し、左近の部下を薙ぎ払う男がいた。吉川元春その人である。全身から放たれる圧倒的な威圧と武勇。その咆哮ひとつで、毛利兵は息を吹き返し、凄まじい反撃に転じた。
「敵将、吉川……! 見事な武勇!」
左近は馬を進め、大薙刀を振るう吉川の前に立ちはだかった。
「柴崎左近! 織部信綱が臣、その御首、頂戴いたす!」
「尾張の小童どもが! わしの前に立つか!」
両雄の視線が交錯し、一騎打ちの火花が散る。
吉川の大薙刀が空を裂き、左近の長槍がそれを弾く。キン! ガン! と甲高い金属音が轟き、互いの鎧が削られ、血が飛び散る。まさに武士の誉れを賭けた死闘であった。
「はぁぁぁっ!」
吉川の入魂の一撃が、左近の兜の立物を吹き飛ばした。額から鮮血が流れ、視界が赤く染まる。
「終わりだ、左近!」
とどめを刺そうと、吉川が大薙刀を振りかぶる。その一瞬――。
左近の瞳に、信綱から授かった「勝利への執念」が燃え上がった。左近は、武士の矜持である正々堂々の打ち合いを捨て、腰の短筒を引き抜いた。
「なにっ……!?」
「殿が教えてくださった……勝つことこそが、真の誉れよ!」
至近距離。短筒が火を噴いた。
バァァァン!
「ぐはぁっ……!」
弾は吉川の胸甲を撃ち抜き、猛将の巨体は、馬上から崩れ落ちた。
「吉川様が討たれたぞぉぉぉっ!」
大将の落馬を目の当たりにした吉川軍二万に、決定的な動揺が走る。そこへ左近の騎馬隊が畳みかけて突入し、毛利の先鋒は完全に瓦解。悲鳴を上げながら、西へと敗走していった。
額の血を拭った左近は、倒れた吉川を見下ろし、静かに槍を下ろした。
「……見事な手応えであった、吉川殿」
血煙の立つ戦場に、織部勢の勝鬨が轟き渡った。
*
播磨の本陣で、吉川軍撃破の報を受けた信綱は、大きく頷いた。
「よくやった、左近。毛利の『武』の象徴を打ち砕いたな」
「はっ! 左近、命を賭して任を果たしました!」
深く頭を下げる左近。小早川の『智』を黒崎玄蕃が封じ、吉川の『武』を柴崎左近が砕いた。十万を誇った毛利軍の戦意は、いまや完全に潰えようとしていた。
だが、信綱の表情は崩れない。
「勝利の杯を挙げるのは、まだ早い。……玄蕃、京の動きはどうだ」
影の中から、玄蕃が足早に進み出た。その顔には、かつてない懸念が浮かんでいる。
「殿……毛利の敗色が濃くなったことで、追い詰められた御影道玄が、最後の暴走を始めました。京の公家どもを脅し、殿を正式に『朝敵』とする宣旨を出させたのです」
「何だと……!?」
「さらに、道玄本人が、この私に直接接触を図ってきております」
黒幕・御影道玄が、ついに表舞台へ姿を現したのだった。
(第5話 完)
**次回予告(第6話:黒幕の盤上戯)**
京で信綱が正式に「朝敵」とされ、城下が騒然とするなか、軍師・黒崎玄蕃の前に姿を現した黒幕・御影道玄。「信綱を殺し、私とともに新しい国を作れ」――甘い誘惑に、玄蕃の忠誠が試される!
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