第4話:謀略の双頭
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第4話:謀略の双頭**
播磨国――西国と畿内を分かつ要衝。
秋の野山を埋め尽くすのは、西国の絶対王者・毛利家が誇る「一文字三星」の陣旗であった。その数、実に十万。毛利家当主を戴く大軍勢は、信綱を討ち果たさんと、怒濤の勢いで東進を続けていた。
対する織部軍は、雑賀・根来の鉄砲隊を組み込んでなお、わずか四万。圧倒的な兵力差を前に、播磨の諸城は動揺に包まれていた。
それでも、信綱の陣営に悲壮感はなかった。本陣で巨大な絵図を睨んでいる男、織部家の頭脳にして「冷血の軍師」と恐れられる黒崎玄蕃がいたからである。
「報告! 毛利の先鋒、姫路城下へ進出! 指揮を執るのは……軍師・小早川隆景殿!」
報せを聞いた玄蕃の口元が、わずかに吊り上がった。
小早川隆景。「毛利の両川」と称され、無敗を誇る稀代の智将。毛利の謀略・外交・軍略のすべてを一身に担う男である。
「稀代の智将、小早川か……。戦うに不足はない相手だ」
玄蕃は静かに扇子を閉じ、信綱に頭を下げた。
「殿。毛利の十万は一見、盤石に見えます。されど大軍ゆえの、最大の弱点がございます。兵糧です」
「海路か」
信綱の短く鋭い問いに、玄蕃は深く頷いた。
「はい。山陽道を進む十万の胃袋を満たしているのは、陸路ではございません。瀬戸内を行き交う数百隻の補給船団です。小早川は陸路を固めつつ、海から大量の兵糧を姫路へ運び込み、長期戦で我らを干上がらせる腹づもりでしょう」
「ならば、その海路を断つ」
「御意。毛利水軍は無敵と謳われますが、瀬戸内には毛利に従わぬ水軍衆や海賊どもが蠢いております。奴らが動くのは忠義ではなく、金です」
玄蕃は、お葉が木猿の遺体から回収した「毛利軍の配置図」と「小早川の作戦書」を指で叩き、冷たく笑った。
「小早川の補給路と通過の刻限は、すべてこの手の内にあります。今井宗兵衛殿の莫大な資金で水軍衆を買い取り、毛利の補給船団を海上で壊滅させます。そのうえで、逆に毛利を兵糧攻めにいたしましょう」
「よし、動け。小早川の喉元を、お前の知恵で断ち切れ」
「はっ」
*
その頃、毛利本陣。
高台から織部軍を観察していた小早川隆景は、かすかな胸騒ぎを覚えていた。眼下の織部軍は、兵の少なさを補うように、見事な鶴翼の陣を敷いている。
「……出来過ぎている」
隆景は眉をひそめた。
「我が軍の進軍の速さ、陣形、兵糧の輸送計画……まるで、こちらの動きを最初から見抜いているかのような隙のなさだ。織部の軍師・黒崎玄蕃、只者ではないな」
隆景は即座に側近へ命じた。
「補給船団の経路を変えよ。小豆島沖を通る本来の航路はやめ、夜のうちに備讃瀬戸の暗礁地帯を抜ける『裏の航路』を使わせるのだ。黒崎が海路を狙っているなら、その裏をかく」
迅速で、的確な判断であった。だが隆景は知らなかった。その「裏」こそが、玄蕃の真の狙いであることを。
*
数日後の深夜。月明かりもない瀬戸内海、備讃瀬戸の暗礁地帯。
毛利の兵糧船五十隻が、静かに波を切って進んでいた。
「この暗礁を抜ければ、姫路は近い。小早川様のご采配のおかげで、織部の目を盗めたぞ」
船奉行が安堵の息をついた、その瞬間であった。
闇の海上に、突如として無数の松明が灯った。
「なっ……何事だ!?」
闇の中から現れたのは、安宅船や関船を連ねた水軍衆の船団。船上には、雑賀から回された最新式の大砲と鉄砲が、ずらりと並んでいた。
水軍の将が、玄蕃から受け取った金の袋を腰で叩き、高らかに叫ぶ。
「毛利の兵糧船だ! 織部様の金は山分けだ、一隻も逃すな! 撃てぇぇぇ!」
ドドォォォン――!
闇夜の海に、爆風と火柱が上がった。大砲の弾が兵糧船の腹を砕き、無数の鉄砲が船乗りたちを撃ち抜く。暗礁地帯では小回りが利かず、毛利の船団は次々と炎上し、海の藻屑と消えていった。
「馬鹿な……! なぜ裏の航路が読まれていたのだ!?」
船奉行の叫びは、爆炎の中にかき消えた。
すべては玄蕃の読みどおりであった。玄蕃は本来の航路に、わざと見え透いた伏兵を置いたのである。慎重な隆景なら、罠を疑って必ず裏の航路を選ぶ。そう見越して、暗礁地帯にあらかじめ水軍を潜ませていたのだ。智将・小早川の深謀遠慮そのものを逆手に取った、冷酷極まる心理戦であった。
*
翌朝。毛利本陣に、兵糧船団全滅の報が届いた。
静寂が本陣を包む。報告を聞いた隆景は、扇子を固く握りしめ、ぽつりと呟いた。
「……私の思考の先を読んでいた、というのか。黒崎玄蕃……恐ろしい男だ」
隆景の顔から余裕が消え、冷や汗が頬を伝う。補給が絶たれれば、十万の軍はわずか数日で食糧難に陥る。
「小早川様! 兵糧が途絶えれば、全軍の士気に関わります! いかがいたしますか!」
うろたえる将たちを制し、隆景は目を細めた。
「案ずるな。兵糧がないのなら、短期決戦で織部を粉砕するまで。吉川の兄上、元春殿に繋ぎを取れ。毛利随一の猛将をもって、信綱の本陣を直接叩き潰す!」
智将・小早川は、持久戦を捨て、力で押し切る決断を下したのであった。
*
織部の陣では、玄蕃が、瀬戸内の方角に立ちのぼる煙を静かに見つめていた。
「小早川隆景……見事な相手であった。だが、盤上の手数は、私が一歩勝っていたようだ」
そこへ信綱が歩み寄る。
「玄蕃、見事だ。毛利の足元が揺らいだぞ」
「はっ。されど殿、追い詰められた毛利は、次は武力で押し潰しにかかってまいります。毛利随一の猛将・吉川元春が、怒濤の勢いで本陣へ突撃してくるでしょう」
信綱の口の端に、力強い笑みが浮かんだ。
「望むところだ。智略の次は、力と力の勝負か。……左近を呼べ! 毛利の誇る猛者どもを、我が鉄砲騎馬隊で迎え撃つ!」
(第4話 完)
**次回予告(第5話:不敗の猛将)**
兵糧を絶たれた毛利軍は、圧倒的な武勇を誇る猛将・吉川元春率いる先鋒を、信綱の本陣へ突撃させる! 迎え撃つのは、信綱の命を受けた柴崎左近。武士の誉れと鉄砲騎馬隊が激突する、血湧き肉躍る死闘の行方は――!?
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