第2話:西国の巨砲
**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**
**第2話:西国の巨砲**
紀伊国・雑賀。海風が湿った硝煙の匂いを運ぶこの地は、どの大名にも従わず、独自の信仰と無数の鉄砲・大砲によって自立する、異端の要塞都市であった。
「信綱は仏敵なり! 仏法を脅かす尾張の悪鬼を打ち払え!」
寺院の境内には、狂信的な怒号が響き渡っていた。
御影道玄の手回しにより、朝廷からの「偽密勅」に加えて、「信綱が紀州の寺社を焼き払い、民の信心を奪おうとしている」という虚偽の噂が流されていたのだ。
僧兵と鉄砲傭兵たちは、道玄が流した潤沢な資金で最新式の大砲と硝石を買い集め、山々に砲台と鉄砲陣地を築き上げている。その数、鉄砲五千丁、巨砲数十門。毛利軍が西から迫るなか、背後の紀州にこれほどの敵を抱えることは、信綱にとって致命的であった。
*
京、二条城。信綱の前に、一人の男が座していた。豪商・今井宗兵衛である。
「宗兵衛、雑賀の様子は見たか」
「はっ。道玄の回し金と『仏敵』の一言に踊らされ、雑賀・根来の者どもは完全に戦意を滾らせております。正面からぶつかれば、我が軍にも数千の損害は免れませぬ」
宗兵衛は算盤に手を置いたまま、冷静に語った。
「ならば、どうする」
問われた宗兵衛は、口の端を吊り上げた。
「信仰とは、飢えと貧しさが生む幻に過ぎませぬ。そして鉄砲傭兵どもの『信仰』の正体は、金にございます」
「ほう」
「道玄の金など、所詮は一時の撒き餌。奴らが本当に恐れているのは、明日の飯が食えなくなること。殿、資金と交易権の差配を私にお任せくだされ。戦わずして、あの巨大陣地を崩してご覧に入れます」
信綱は深く頷いた。
「任せる。だが、奴らが話に乗らぬ場合の備えも要る。左近!」
物陰から姿を現したのは、柴崎左近。かつて北陸の戦線で信綱の危機を救い、いまや織部家最強の将と謳われる男である。
「ハッ、左近ここに」
「佐久間から奪った鉄砲隊三千を率い、雑賀の正面に陣を張れ。決して撃ち合うな。射程の外から圧をかけ続け、宗兵衛の仕掛けを援護せよ」
「承知仕りました!」
こうして、血を流さぬ「裏の戦」が幕を開けた。
*
数日後、雑賀の街に異変が起きた。
宗兵衛の豪商網が、紀州へ入る米と硝石の流通を完全に断ったのである。さらに宗兵衛は、雑賀の主だった頭領たちのもとへ密かに使者を送り、驚くべき条件を突きつけた。
『信綱様に従うならば、現在の倍の給金を永久に保証する。さらに、明国との鉄砲・薬種貿易の独占権も与えよう。だが、なおも道玄に与して信綱様と戦うならば、紀州全土を海上から封じ、一粒の米、一斤の塩も通さぬ。飢えと渇きのなかで全滅するか、富を得て生き残るか。選べ』
雑賀の要塞内に、激しい動揺が走った。
「倍の給金だと……!?」
「しかも明との交易権まで……! 道玄の爺がくれたのは、一時の手切れ金だぞ」
「いくら『仏敵』と言われても、飢えて死んでは元も子もない」
頭領たちの心が「信仰」から「利害」へ傾き始めた、まさにその瞬間。柴崎左近率いる三千の鉄砲隊が、重厚な陣を敷き、威嚇の空砲を轟かせた。
ドォン――!
地響きのような音が、雑賀の山々にこだまする。
正面には圧倒的な軍勢。背後には兵糧の遮断。そして手元には、信綱が示した莫大な金と利権。
「信仰」という脆い建前は、信綱の突きつけた「圧倒的な現実」の前に崩れ去った。
三日後、雑賀・根来の頭領たちはついに白旗を掲げ、信綱への恭順を誓った。道玄が数か月をかけて築いた対信綱の鉄砲要塞は、一滴の血も流れぬまま、そっくり織部家の強大な兵力へと組み替えられたのである。
*
紀州から戻った宗兵衛と左近を、信綱は二条城で出迎えた。
「見事だ、宗兵衛、左近。これで西国進出の足がかりと、毛利を打ち砕く『巨砲』が手に入った」
「はっ。雑賀の連中、いまや『信綱様こそ我らが敬うべき神、金主だ』と、掌を返しております」
宗兵衛の言葉に、信綱は冷たく笑った。
「神など、この世にはおらん。あるのは己の欲望と力だけだ。……だが、道玄がこれで大人しく引き下がるとは思えぬ」
その頃、京の路地裏。黒い頭巾を目深にかぶった男――御影道玄が、闇のなかで冷ややかに笑っていた。
「くくく……雑賀を金で買ったか、信綱。だが、お前の足元はすでに崩れ始めているぞ。お前が最も信頼する『影』と『脳』から、壊してやろう……」
その手には、忍びのお葉に関する密書が握られていた。
(第2話 完)
**次回予告(第3話:影の決断)**
雑賀を攻略した信綱。だが、道玄の魔手はお葉へと迫る。「妹の命が惜しければ、信綱を殺せ」――非道な脅迫を前に、お葉が下した命がけの決断とは!?
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