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大いなる野望 敵の城を買いました。~30石の武士が商人と軍師を味方につけ、謀略で大名になるまで~  作者: 松本 俊介


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『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』 第1話:新覇者の影

**『大いなる野望Ⅲ 天下統一編』**

**第1話:新覇者の影**


京の都を覆う秋の風には、どこか冷たい鉄の匂いが混じっていた。


かつて数多の公家や武将が権謀術数を繰り広げ、血で血を洗った古都・京都。いまその中心に君臨するのは、尾張の足軽の倅から身を起こし、宿敵・佐久間家を滅ぼして上洛を果たした男――織部信綱であった。


信綱は朝廷より「天下所司代」の任を受け、事実上の天下人として政務を執り始めている。


二条城の奥座敷。朱塗りの欄干に肘をかけ、京の街並みを見下ろすその面差しは、かつての猛々しい若武者のものではない。数多の死線と裏切りをくぐり抜けた者にしか宿らない、底知れぬ静けさと冷徹さが、瞳の奥に湛えられていた。


「殿、各国の情勢、まとまりました」


畳を滑るように現れたのは、信綱の影となって幾度も危機を救ってきた忍びの女・お葉である。漆黒の装束に身を包み、信綱の斜め後ろに膝をつくと、低く落ち着いた声で報告を始めた。


「関白・九条兼雅公をはじめ、京の公家衆は殿の力を恐れて平伏しております。されど腹の底では、成り上がりの織部家を『下種』と見下し、隙あらば首をすげ替えようと画策している様子」


「ふん、公家どもの腹など読めている」


信綱は振り向きもせず、冷ややかに鼻で笑った。


「口では天下太平を称えながら、袖の下と権益を守ることしか頭にない腐れ蠅どもだ。生かさず殺さず、骨抜きにしておけばよい。問題は、遠国の大名どもだ」


お葉は小さく頷き、絹布に記された情報を読み上げる。


「西国の絶対王者・毛利一族、北陸の英傑・柴田、九州の猛者・島津。いずれも殿の『天下布武』の宣言を黙殺し、所司代就任を祝う使者すら寄越しておりませぬ。それどころか毛利の当主は、『織部のごとき成り上がりの逆賊に頭を下げるくらいなら、全軍をもって京へ攻め上る』と周囲に漏らしているとか」


信綱の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。喜びでも怒りでもない。巨大な獲物を前にした捕食者の笑みである。


「成り上がり、か。結構なことではないか。親の威光だけで肥え太った名門どもに、無一物から泥を舐めて這い上がった男の恐ろしさを教えてやるには、ちょうどよい標的だ」


そのとき、廊下の奥から足早な足音が近づいてきた。現れたのは、信綱の右腕にして「冷血の軍師」と恐れられる黒崎玄蕃。手には、封をした竹筒を握っている。


「殿、急報にございます」


玄蕃は深々と頭を下げ、竹筒から一通の文を取り出した。その表情は珍しく険しい。


「毛利の動きではございませぬ。……『あの男』が動き出しました」


その一言で、部屋の空気が凍りついた。お葉の肩が、緊張にかすかに震える。


『あの男』――御影道玄。


かつて信綱の父を陥れ、第一部・第二部を通じて幾度となく信綱の命を狙い、裏社会から歴史を操ろうとしてきた影の黒幕。佐久間家の滅亡とともに姿を消していた男である。


「道玄か……生きていたか」


信綱の目に、危うい光が宿る。玄蕃は静かに文を広げた。


「道玄は西国へ渡り、毛利家の深部に入り込んでおります。さらに京の公家の一部を抱き込み、恐るべき企てを成功させました」


「企て?」


「朝廷の奥深く、病床にある帝の威光を偽り、極秘裏に『織部信綱討伐の密勅』を発給させたのです」


「……なにっ!?」


背後で、お葉が息をのんだ。


密勅とは、朝廷が下す公認の「朝敵指名書」である。たとえ偽造であろうと、錦の御旗が掲げられた瞬間、信綱は「逆賊」となる。そして全国の大名は、「正義」の名のもとに信綱へ襲いかかる大義名分を得てしまうのだ。


「道玄はその偽密勅の写しを、毛利、柴田、島津、さらには雑賀・根来の宗教勢力にまでばら撒いております。『朝敵・織部信綱を討ち、幕府を再興せよ』と。これにより、静観していた全国の大名が一斉に『信綱包囲網』へと動き出しました」


玄蕃は文を収め、信綱を見上げた。


「いまや、日本全土が我らの敵にございます」


沈黙が、奥座敷を支配した。


障子の外では、秋風が木々を揺らし、不気味なざわめきを響かせている。信綱が積み上げてきた勝利も、勝ち取った京の栄華も、すべてが一瞬にして崩れ去り、全土を巻き込む未曾有の大乱へと塗り替えられようとしていた。


お葉が拳を握り、問いかける。


「殿……京を捨て、一度尾張へ退きますか? 今ならまだ、毛利の大軍が播磨を越える前に態勢を立て直せます」


「退く、だと?」


信綱はゆっくりと欄干から身を起こした。その背中は、どんな巨岩よりも大きく、揺るぎない。京の街並みの向こう、西の空を見据えたまま、静かに口を開く。


「お葉、玄蕃。俺がなぜここまで這い上がってきたか、知っているな」


二人は無言で、その背中を見つめた。


「俺は親を殺され、泥を食い、運命という怪物に弄ばれてきた。そして気づいたのだ。この世を裏から操り、人を駒として弄ぶ道玄のような者がいる限り、本当の天下など訪れぬとな」


信綱が振り返る。その瞳には、絶対の意志が宿っていた。


「奴は密勅を撒き、全国の大名を使って俺を潰す気だ。ならば望むところ。毛利も、柴田も、島津も、神を騙る宗教勢力も、俺を操ろうとした道玄の糸ごと、残らず喰らい尽くしてやる」


玄蕃の唇が、かすかに吊り上がった。冷徹な軍師の胸に、熱い火が灯る。


「……流石は我が主君。全土が敵ならば、全土を斬り従えるまで。して、まずはどこから手をつけられます」


信綱は不敵に微笑んだ。


「毛利の十万の大軍が動くには、膨大な兵糧と鉄砲が要る。道玄が次に狙うのは、西国の兵器庫であり、無敵の鉄砲集団を抱える雑賀・根来だ。奴に先手を打たれる前に、こちらがその喉元を締め上げる」


信綱は刀の柄に手をかけた。


「玄蕃、今井宗兵衛を呼べ。金の力で信仰を買い叩く。お葉、黒脛巾の動きを探れ。道玄の首は、他の誰にも渡さん」


「ハッ!」


二人が平伏する。


織部信綱、最後の戦い。日本全土を揺るがす「天下統一編」の幕が、いま静かに、そして苛烈に切って落とされた。


(第1話 完)


**次回予告(第2話:西国の巨砲)**

信綱包囲網を破る突破口を求め、信綱は一大鉄砲生産地・雑賀根来へ、資金と謀略という名の刺客を放つ。だが道玄の手回しにより、信綱は「仏敵」とされていた。立ちふさがるのは、難攻不落の巨大鉄砲陣地。信仰と欲望、冷徹な経済戦の行方は――!?


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