第12話:天下布武
『大いなる野望Ⅱ 天下布武』最終話(第十二話)をお届けします。
第12話:天下布武
朱塗りの柱と絢爛たる装飾に彩られた京都・九条邸。
庭園の池に映る満月を眺めながら、織部信綱は朝廷の大納言・九条兼雅と向き合っていた。
「――実に見事な手際であったな、織部駿河守殿」
九条兼雅は高貴な笑みを浮かべ、信綱に一杯の酒を注いだ。
「横暴を極めた佐久間景勝を討ち果たし、京の治安を取り戻したその功績、帝も大変お喜びでおじゃる。近々、従四位下・近衛中将の官位と、将軍家に代わる『天下所司代(所領の統括者)』の職を授ける手筈となっておる」
足軽の倅から城主へ、そして今や朝廷から「天下の権力者」として認められる存在へ。
並の武将であれば感涙を流すほどの破格の重用であった。
しかし、信綱は杯に一口だけ口をつけると、冷ややかな目を兼雅に向けた。
「公家様。言葉の端々に『朝廷の駒』として俺を繋ぎ止めようとする意図が見え透いておりますぞ」
「なに……?」
「俺が欲しいのは、朝廷から与えられるあつらえ物の権威ではない。この俺自身の力で掴み取る『絶対の支配』だ」
信綱の放つ恐ろしいほどの威圧感に、公家の兼雅は息を呑み、酒の手を止めた。
九条邸をあとにした信綱は、京の街を一望できる二条の陣所へと戻った。
そこには、信綱の「野望」を支えてきた者たちが集結していた。
「殿! 堺の豪商どもが、殿へのお目見えを求めて山のような金銀を運んでまいりましたぞ!」
豪商・今井宗兵衛が、興奮を抑えきれずに揉み手をしながら報告する。
「良し。宗兵衛、京および堺の商業権はお前に一任する。ただし、次の戦に必要な鉄砲三千挺と大砲、兵糧の備蓄を怠るな」
「ははっ! 天下の大商人として、何としても揃えてみせまする!」
続いて、柴崎左近が威風堂々と歩み出た。
「殿! 元・佐久間家の旧臣ども、我が鉄砲隊と将兵の威容に恐れをなし、ことごとく軍門に下りました! 織部家の兵力、いまや五万を超えております!」
「左近、よくやった。お前には越前の国一国を与え、北陸の抑えとする。武士の誉れを示す時が来たぞ」
「ははっ! この左近、命に代えても北の護りとなりましょう!」
左近が退出した後、暗がりから忍びのお葉がそっと歩み寄ってきた。
信綱はお葉の肩を抱き寄せ、その耳元で囁いた。
「お葉。妹の様子はどうだ」
「はい……玄蕃様の手配により、堺の安全な屋敷で静かに暮らしております。信綱様……本当に、ありがとうございました」
お葉の目には、もう葛藤の涙はなかった。信綱のために命を捨てる覚悟を決めた、澄んだ瞳であった。
「お葉。休む暇はないぞ。これよりは日本全土の情報を集めよ。西国の毛利、北陸の柴田、九州の島津……次の敵の動きをすべて網羅するのだ」
「御意にございます。信綱様の『目』となりて働きましょう」
お葉が影のように姿を消すと、最後に軍師・黒崎玄蕃が静かに前へ進み出た。
玄蕃の手には、一枚の巨大な和紙――日本全土の地図が握られていた。
「殿。いよいよ『天下』の全貌が見えてまいりましたな」
玄蕃は畳の上に地図を広げた。
「佐久間を滅ぼし、京を抑えたとはいえ、我が織部家が支配したのは本州の中央の一部に過ぎませぬ。西国には西の大国・毛利、北には北陸の覇者、南には四国・九州の猛者たちが虎視眈々と京を狙っております」
「そして……あいつか」
信綱の視線が、地図の枠外――暗闇の奥に向けられた。
かつて忽然と姿を現し、己の出自の真実を突きつけていった謎の黒幕・御影道玄。
「玄蕃。道玄の動きはどうなっている」
「……あのお方は、京を落ち延びた後、西国の巨大大名や新興の宗教勢力と接触している模様。殿を『天下の敵』に仕立て上げ、再び巨大な包囲網を創り上げようとしております」
「ククク……ハハハハハ!」
信綱の低い笑い声が室内に響き渡った。
「面白い! 道玄め、俺という怪物を育てておきながら、今度は俺を壊そうというわけか!」
信綱は立ち上がり、広げられた日本地図の真ん中に足を置いた。
「玄蕃。道玄がどれほどの盤面を用意しようと、すべて踏み潰す。毛利も、島津も、朝廷も、幕府も、そして裏で糸を引く黒幕も……すべて俺の野望の糧にしてやる」
信綱は腰の太刀を抜くと、月明かりにかざした。
「全軍に伝えよ! これより我らが目指すのは、単なる城の奪い合いではない! 日本全土を我が兵力と謀略で統一する――『天下布武』であると!」
天守から見下ろす京都の街並み。その向こうには、果てしなく広がる乱世の日本全土が横たわっていた。
足軽の倅から身を起こし、謀略と裏切り、そして不屈の野望で京の頂点に立った男・織部信綱。
だが、彼が踏み出した一歩は、全土を巻き込む真の大乱――第三部『天下統一編』へのほんの序章に過ぎなかった。
信綱の掲げた太刀が、満月の光を浴びてギラリと冷たく輝いた。
(『大いなる野望Ⅱ 天下布武』完 )




