第11話:京都上洛戦
『大いなる野望Ⅱ 天下布武』第十一話をお届けします。
第11話:京都上洛戦
鴨川の河原を、冷たい秋風が吹き抜けていく。
京都へ続く上洛街道の要衝、その河川敷には、今や天下の命運を賭けたふたつの大軍勢が、完璧な陣形で対峙していた。
一方の陣営には、朝廷の九条兼雅から正式に下賜された「錦の御旗」を掲げる織部信綱の軍勢二万。
もう一方には、決裂した対談を経て、佐久間家の生き残りと誇りをかけて京都防衛の陣を敷く佐久間景勝の精鋭二万五千。
信綱の手元には、亡き父親の因縁、忍び・お葉の影の奉仕、豪商・今井宗兵衛の物資支援、軍師・黒崎玄蕃の知恵、そして猛将・柴崎左近の武勇――これまで手に入れてきたすべての「駒」が揃っていた。
「全軍……前へ!」
信綱の振るう采配とともに、戦端が開かれた。
地響きのような怒号とともに両軍が激突する。
佐久間景勝の陣営は、死に物狂いの凄まじい反撃を見せた。自ら長槍を手にした景勝が先頭に立ち、信綱の中央軍を押し返そうと猛攻を仕掛ける。
「押せ! 押し潰せ! 成り上がり者に都の土を踏ませてなるものか!」
景勝の執念に、信綱の前線が押され始めた。だが、信綱の顔に焦りはない。
「左近! 今だ!」
「おおおっ!」
合図とともに、柴崎左近率いる鉄砲隊が、川の浅瀬を強行突破して佐久間軍の左翼へなだれ込んだ。
今井宗兵衛が堺から調達した最新式の種子島が、息をもつかせぬ「三段撃ち」の連続音を響かせる。
ズドン! ズドン! ズドン!
「武士の誉れとは、勝利の後にのみ残るもの! 佐久間景勝、我が鉄砲隊の錆となれ!」
左近の叫びとともに撃ち出された鉄砲の雨が、佐久間軍の左翼を完膚なきまでに打ち砕いた。
さらに、混乱する佐久間軍の本陣の背後に、黒い影が躍り出た。
お葉率いる情報工作部隊が、あらかじめ佐久間軍の陣中に忍び込ませていた二重間者たちに合図を送り、偽の退却太鼓を打ち鳴らせたのだ。
「本陣が落ちたぞ! 景勝様がお討ち死にされた!」
お葉の手によって流された偽の悲報は、瞬く間に佐久間軍全体へと伝播した。
左翼を壊滅させられ、背後から「将の死」を囁かれた佐久間軍の将兵たちは、もはや統制を失い、雪崩を打って潰走を始めた。
「謀られた……! またしても信綱の謀略に……!」
血煙の中で独り取り残された佐久間景勝は、崩れ去る自軍を前に絶望の叫びを上げた。
そこへ、馬を走らせてきた信綱が姿を現した。
「景勝。勝負はついた」
信綱は馬上から、静かに見下ろした。
「お前は名門の血筋と武勇に頼り、力だけで世を治めようとした。だから人の心の脆さ、欲望の深さに足をすくわれたのだ」
「黙れ……! 謀略と嘘だけで成り上がった貴様などに……天下を治める資格などあるものか!」
景勝は太刀を抜き、最後の力を振り絞って信綱へ躍りかかった。
だが、信綱の横から躍り出た柴崎左近の一槍が、景勝の胸元を深く貫いた。
「ぐはっ……! 織部……信綱……世を……狂わせるな……」
佐久間景勝は血を吐き、静かに倒れ伏した。
かつて隣国を統べ、信綱にとって最大の壁であった巨大な大名家・佐久間家は、ここに完全に滅亡したのである。
夕闇が京都の街並みを赤く染めていく。
勝ち鬨を上げる家臣たちの声を背景に、信綱は静かに刀を鞘に収めた。
その傍らに、黒崎玄蕃が歩み寄ってきた。
「お見事でございました、殿。佐久間景勝を討ち倒し、京への道は完全に開かれました。……父君の無念も、これで晴れましたな」
信綱は玄蕃の顔をじっと見つめた。
父の不当な死、そして自分を操ろうとしていた黒幕・御影道玄の影。そのすべてを呑み込み、信綱の瞳には迷いの色など一切なかった。
「父の仇など、とっくにどうでもいい」
信綱はきっぱりと言い放った。
「俺は誰かの復讐のために戦っているのではない。誰かの仕組んだ盤面の上で踊っているのでもない。俺自身の野望のために、この天下を奪うのだ」
玄蕃は一瞬息を呑み、そして深々と頭を下げた。
「……はっ。織部信綱様こそ、真の覇者でございます」
都の門が開かれた。
月明かりに照らされた京都の街並みを前に、信綱は馬を進めた。
第一部で足軽の倅から城主となり、第二部で大名たちを打ち破り京へと上洛した男。
だが、この京の入城こそが、さらなる巨大な「天下争奪編」への幕開けに過ぎないことを、信綱は知っていた。
(第12話へ続く)




