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大いなる野望 敵の城を買いました。~30石の武士が商人と軍師を味方につけ、謀略で大名になるまで~  作者: 松本 俊介


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第8話:激突・合戦の裏の顔

『大いなる野望Ⅱ 天下布武』第八話をお届けします。


第8話:激突・合戦の裏の顔


 四万の軍勢に囲まれた鷹ヶ峰城(たかがみねじょう)。


 西からの巨大大名・武田軍、南からの豪族・神保軍、そして正面で牙をむく佐久間景勝(さくま かげかつ)の本隊。絶体絶命に見えた包囲網であったが、その内側では織部信綱(おりべ のぶつな)の手によって植え付けられた「疑心暗鬼」の毒が密かに回っていた。


 城の南側。挙兵したはずの神保軍一万の陣前に、柴崎左近(しばさき さこん)率いる鉄砲隊が姿を現した。


 左近は信綱の命に従い、敵陣に向かって容赦なく「空砲」の轟音を響かせた。


 豪商・今井宗兵衛(いまい そうべえ)経由で莫大な賄賂を受け取っていた神保軍の重臣たちは、待ってましたとばかりに自軍の兵を止めた。


「凄まじい鉄砲の威力だ! これ以上進めば我が軍は壊滅する! この場にとどまり、佐久間殿の本隊の動きを待つ!」


 大義名分を得た神保軍は、一歩も前進しようとしなかった。


 一方、西から押し寄せていた武田軍の陣中にも激震が走っていた。


 女忍び・お葉(おは)の手の者によって仕込まれた偽の密書――「信綱を倒した後、佐久間は勢いそのままに武田の領地へ侵攻する」という報せが武田の軍配者に届いたのだ。


「佐久間め、我が家をダシにして利用する気か……。織部を潰させた後、我が方の背を突くつもりだな」


 武田軍は警戒感を強め、進軍の歩みをピタリと止めた。


 信綱が張り巡らせた「欲望と疑惑」の網によって、四万の包囲網は戦わずして完全に麻痺したのである。


「報告! 武田軍、進軍を停止! 神保軍、南の街道にて陣を固定したまま動きませぬ!」


 本陣に舞い込んだ報せに、信綱は冷たい笑みを浮かべた。


「よし。包囲網の『手足』は止まった。あとは……『首』を刈るだけだ」


 信綱は全軍に向けて出撃の大号令を下した。


 標的はただ一つ、正面に孤立した佐久間景勝の本隊一万五千!


 鷹ヶ峰城の平野部で、両軍の本隊が真正面から激突した。


 後続の援軍が来ないと悟り焦る景勝は、持てる全兵力を投入して前線を押しまくった。


「進め! 押し潰せ! 成り上がりの織部など、我が佐久間家の誇りにかけて粉砕して見せよ!」


 凄まじい肉弾戦。血煙が舞い、悲鳴と怒号が天を突く。


 数で勝る佐久間軍の重圧に、信綱の直衛部隊がじわじわと押され始めた。


「殿! 敵の圧力が強すぎまする! このままでは我が本陣が持ちませぬ!」


 家臣が叫ぶ。


 だが、信綱は泰然自若として合図の太鼓を鳴らさせた。


 ド、ド、ド、ド――!


 その太鼓の音と同時に、佐久間軍の右翼を守っていた重臣・河合備前守(かわい びぜんのかみ)の部隊三千が、突如として反転。あろうことか、味方である佐久間景勝の本陣に向けて牙を剥き、背後から一斉に襲いかかったのだ!


「な……なに!? 河合が寝返っただと!?」


 景勝が血走った目で叫ぶ。


 河合備前守は、事前に信綱が朝廷の官位と「佐久間家崩壊後の旧領保障」を提示して極秘裏に寝返らせていた内応者であった。


 信頼していた身内の裏切りにより、佐久間軍の陣形は内側から完全に崩壊した。


「今だ! 左近、全軍突撃!」


 南から旋回してきた柴崎左近の鉄砲隊と騎馬隊が、混乱する佐久間軍の側面に突き刺さる。


「景勝ッ! 武士の誉れを知らぬお前に、天下を語る資格はない!」


 左近の槍が敵兵をなぎ倒し、佐久間本陣の旗印が次々と倒されていった。


「おのれ……おのれ織部信綱ぁぁぁっ!」


 血反吐を吐くような叫びを上げながら、景勝は側近たちに抱えられるようにして撤退を開始した。圧倒的な兵力を誇り、四万の包囲網を敷いたはずの佐久間軍は、謀略と寝返りによって跡形もなく瓦解したのである。


 夕闇が迫る戦場。


 見渡す限りの敵の亡骸と捨てられた武具の中で、信綱は血に濡れた刀を鞘に収めた。


 傍らに立った軍師・黒崎玄蕃(くろさき げんば)が、静かに扇子を閉じた。


「お見事でございました、殿。合戦の前に勝敗を決め、合戦の最中に敵の絆を断ち切る。まさしく『戦わずして勝つ』の極みにございますな」


「……まだ終わらんよ、玄蕃」


 信綱の視線は、逃げていく佐久間軍の背中ではなく、遥か遠く、闇に包まれた京都の方角に向けられていた。


「包囲網を破り、佐久間を挫いた。これで我が名は天下に轟く。……京の公家どもや、陰で糸を引く黒幕どもも、もはや俺を無視することはできん」


 戦場に冷たい夜風が吹き抜ける。


 圧倒的勝利を収めた信綱の前に、いよいよ歴史の裏に潜む「本当の怪物」が姿を現そうとしていた。


(第9話へ続く)


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