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大いなる野望 敵の城を買いました。~30石の武士が商人と軍師を味方につけ、謀略で大名になるまで~  作者: 松本 俊介


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第2話:都からの使者

『大いなる野望Ⅱ 天下布武』第二話をお届けします。


第2話:都からの使者


 鷹ヶ峰城(たかがみねじょう)の夜は深い。


 先手を打って家臣団の分裂を防ぎ、隣国の大名・佐久間景勝(さくま かげかつ)へ偽情報を流した織部信綱(おりべ のぶつな)であったが、休息の刻(とき)は一瞬たりとも訪れなかった。


 深夜、城の奥深くに置かれた極秘の対面所。


 信綱の前に座していたのは、戦国の泥臭い甲冑(かっちゅう)姿とはかけ離れた、直衣(のうし)を身に纏う一人の男であった。京の朝廷を裏で取り仕切る大納言・九条兼雅(くじょう かねまさ)の側近、朝倉有済(あさくら ありずみ)である。


「――織部殿。京の風は、まことに冷涼でございますよ」


 有済は優雅に扇を開き、口元を隠しながら囁いた。


「佐久間景勝の勢威、もはや留まるところを知りませぬ。若き当主となりてより、さらに熾烈。将軍家も朝廷も、奴が兵を率いて上洛(じょうらく)し、都を我が物にせんとする動きに夜も眠れぬ思いでおられます」


「それが、某(それがし)に何の用にございますか」


 信綱は表情ひとつ変えず、冷徹な目を向けた。


「お戯れを。佐久間の背を突くことができるのは、今や新進気鋭の城主・織部殿、あなた様しかおられぬ。もし佐久間の足止めをし、その上洛を阻んでくださるならば……朝廷より、あなた様に破格の御恩賞を賜りましょう」


 有済は懐から絹の文(ふみ)を取り出し、畳の上を滑らせた。


「『従五位下・駿河守(じゅごいのげ・するがのかみ)』。武士が喉から手が出るほど欲しがる正規の官位にございます。これがあれば、あなた様は単なる『成り上がりの野武士』ではなく、朝廷が認めた公認の大名となる」


 信綱の横に控えていた天才軍師・黒崎玄蕃(くろさき げんば)が、扇子を静かに叩いた。


「ほう……官位でございますか。確かに魅力的な餌にございますな」


 有済はふっと笑った。


「餌とは人聞きが悪い。朝廷と織部殿の、互いに利のある取引にございますよ」


 有済が去った後、対面所には信綱と玄蕃の二人だけが残された。


「殿、どうされますか」


 玄蕃が眉をひそめる。


「朝廷の狙いは明白。我が織部家を『肉の壁』にして佐久間軍の力を削ぎ、共倒れにさせる気でございます。官位など、骨折り損のくたびれ儲けになりかねませぬ」


「分かっている」


 信綱は絹の文を拾い上げ、じっと見つめた。


「朝廷は俺を『駒』として使おうとしている。……だがな、玄蕃。駒に使われるか、駒を進める盤をひっくり返すかは、指し手次第だ」


「と、おっしゃいますと?」


「朝廷が俺に官位をくれるという事実、それ自体が最強の武器になる。佐久間に怯え、右往左往している周辺の小領主どもを見ろ。奴らが一番欲しがっているのは『勝ち馬』の証だ」


 信綱の目奥に、ギラリとした野心の色が灯った。


「佐久間に脅され、泣く泣く従おうとしている近隣の小大名たちに密書を送れ。『織部信綱は朝廷より正式な官位と勅命を賜った。佐久間に従う者は朝敵となるが、我が織部と同盟を結ぶ者には、朝廷への執り成しを約束する』とな」


 玄蕃は一瞬目を見開き、次いでくっくっと低く笑った。


「なるほど……朝廷が自分を騙そうとした罠を、そのまま周辺の小領主を巻き込む『偽りの錦の御旗』に仕立て直すわけですな。流石は殿、相変わらずおそろしいお考えだ」


「戦わずに傘下を増やす。佐久間景勝が『織部は降伏する』と信じ込んで油断している間に、奴の足元の領主たちを、俺の『小大名同盟』に引きずり込んでやる」


 その頃、城下の茶屋。


 暗闇の中で、女忍び・お葉(おは)は、佐久間家からの新たな連絡員と接触していた。


「お葉、織部信綱の様子はどうだ」


 覆面の男が低く問う。


「……信綱は、我が方の圧力に恐れをなし、降伏の準備を進めています。家臣団の抑え込みにも苦慮している様子」


 お葉は淡々と嘘を吐いた。


「そうか。景勝様はお喜びだ。だが、念のためだ……これを持っていけ」


 男がお葉の手のひらに握らせたのは、無色透明の劇薬が入った小さな小瓶であった。


「信綱が少しでも不審な動きを見せたら、酒に混ぜて殺せ。お前の忍びとしての命、忘れるなよ」


 男が闇に消えた後、お葉は冷たい小瓶を握りしめたまま、震える手でじっと佇んでいた。


 信綱を愛してしまった自分と、逃れられない忍びの宿命。


 愛する男に、都の公家や隣国の大名、そして自分自身の過去という、巨大な網が絡みついていくのを、お葉は恐怖とともに感じていた。


 翌朝。


 鷹ヶ峰城の本丸からは、信綱が発した数十通の密使が、周辺の諸国へ向けて一斉に飛び立っていった。


 都の公家が仕掛けた謀略の罠を、信綱は自らの野望の糧として呑み込もうとしていた。


(第3話へ続く)


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