エピソード2-2
「お茶かジュースかコーヒーか、酒……って、まだ飲めねぇか」
その言葉に、私と凛は顔を見合わせる。
凛も私や瑞貴と同じで、お酒は強い。
でも、私はこれから面接だし、凛も、大好きな先輩の前では「お酒はまだ飲めません」の可愛い女の子でいたいはず。
「冷たいお茶をください」
そう言うと、先輩はにこりと笑って頷いた。
「凛は?」
「私もお茶をください」
目の前に、ウーロン茶が置かれる。
「今、春休みか?」
「はい」
「高校、受かったのか?」
「お陰様で……ギリギリ合格ですけど……」
「ギリギリでも合格は合格だろ。よかったじゃねぇか。おめでとう」
「ありがとうございます」
カウンターの中に立ち、凛の正面で頬杖をつく先輩。
至近距離で見つめられ、凛は頬を赤く染めて俯いた。
……可愛い。いつもの凛じゃない。こんな凛、見たことがない。
でも、こんな凛も、嫌いじゃない。
微笑ましいやり取りを眺めていると、先輩の視線が店の入口に向けられた。
「来たぞ」
そう呟き、背筋を伸ばす。
静かにエレベーターのドアが開く。
現れたのは、和服姿の上品な女性だった。
「雪乃ママ、お疲れ様です」
先輩が軽く頭を下げる。
「お疲れ様」
雪乃ママは、妖艶な笑みを浮かべた。
女の私でも、目が眩むほど綺麗で色っぽい。
「面接に来たのは、どっちかしら?」
「あっ、私です」
「そう。少し二人で話したいんだけど……」
「雪乃ママ、奥のボックスを使ってください」
案内されたのは、店のいちばん奥のボックス席。
テーブルを挟んで、雪乃ママと向かい合って座る。
先輩がお茶を置いて離れると、雪乃ママが口を開いた。
「お名前は?」
「綾です」
「綾さんね。本当に、今度高校入学なの?」
「はい、そうです」
「とても大人っぽいわね」
「そうですか?」
……それって、老けてるって意味よね?
ダメ。ここで感情的になっちゃダメ。冷静にならないと。
「どうして、お金が必要なの?」
不意の質問に、言葉が詰まった。
「言いたくない?」
雪乃ママが、柔らかく微笑む。
その表情を見た途端、口が自然に動いた。
私は、全部話した。
両親のこと。ひとり暮らしをすること。そのためにお金が必要なこと。
雪乃ママは、なにも言わず、絶妙な間で頷きながら聞いてくれる。
話しやすい空気を作るのが、驚くほど上手だった。
「毎月、どれくらい必要なの?」
「三十万円くらいです」
「そう。もし、あなたが私のお店に来てくれるなら、月、五十万円出すわよ」
「ご……五十万円ですか!?」
「えぇ」
驚く私に、雪乃ママはにこりと笑った。
「あ……あの、私、来週から高校に通うので、毎日は出勤できないんですけど……」
「大丈夫よ。あなたに働いてほしいのは、ここじゃなくてクラブなの」
「クラブ?」
踊るほうのクラブ、じゃないよね。
「そう。ここも私が経営しているけど、私が毎日いるのは会員制のクラブのほうなの」
「……会員制……」
「そっちのほうが、お客様の身元も分かってるし、知り合いに会うこともないでしょ? 完全予約制だから、誰が来るのかも事前に分かるの」
……確かに。お酒を出す店で私が働くのは、違法になる。
知り合いに会えば、年齢もすぐにバレる。
そう考えると、キャバクラよりクラブのほうが安全だ。
「綾さんが出勤するのは、金曜と土曜と、祝日の前日だけでいいわ」
「それだけでいいんですか?」
「充分よ。うちで働いてる子のほとんどは、昼間は会社に勤めていたり、大学や専門学校に通っているの」
「そうなんですか?」
「えぇ。どうしても人が足りない時はお願いすることもあるけど、無理な時は無理って言ってくれていいから」
「はい」
「返事を急がせるのは良くないんだけど……できれば、今週末から出てほしいの。どうかしら?」
条件と給料の金額。
断る理由は、見当たらなかった。
「よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「こちらこそ」
雪乃ママの笑顔は、やっぱり女の私でも目が眩むほど妖艶だった。
「綾さん。ひとりで住む家は、もう決まっているの?」
「いいえ。これから探します」
「知り合いに不動産会社の社長がいるから、紹介しましょうか。そっちのほうが融通は利くわよ」
「ありがとうございます」
「それから、これが私の連絡先」
差し出された名刺には、携帯番号と、クラブの住所と電話番号が記されていた。
「それと、これは……」
雪乃ママがバッグから茶封筒を取り出し、私の前に置いた。
中を覗くと、万札の束が入っていた。
「新しい生活の足しにしてちょうだい」
「う……受け取れません」
慌てて茶封筒を雪乃ママの前に戻す。
「綾さん」
「はい?」
「この世界に入ろうと思うなら、人の好意に甘えることも覚えなさい」
「……え?」
「失礼なことを聞いてもいいかしら?」
「なんでしょうか?」
「彼氏はいる?」
「……いいえ」
「男の人と寝たことは?」
「……あります」
「その人は、あなたにとって大切な人? それとも見ず知らずの人?」
瑞貴は、私にとって大切な友達だ。
「大切な人です」
そう答えると、雪乃ママの表情が少し和らいだ。
「そう。お金は好き?」
……お金が嫌いな人なんて、いるんだろうか。
「……多分、好きです」
「多分? あなた、面白いわね」
雪乃ママが楽しそうに笑った。
「私はお金が大好きよ」
「……そうですか」
「あなたは、昔の私に似ているわ」
「雪乃ママに、ですか?」
「えぇ。その瞳も、負けず嫌いなところも、不器用なところも」
「……」
初対面なのに、どうしてこんなに私のことが分かるんだろう。




