エピソード1-2
だから、私たちがいちばん気をつけなきゃいけない相手はヤクザ。
危ないならやらなきゃいい、って言われたらそれまで。
でもガキの私たちにだって、お金は必要なんだ。
与えてくれる人がいないなら、自分でどうにかするしかない。
お金がなきゃ生きていけないのは、大人もガキも同じ。
合法で稼げないなら、違法で稼ぐしかない。
凛は、驚くほど顔が広い。同い年はもちろん、上は三十代から四十代くらいまで。
なぜそんな人脈があるのかは分からないけど、その繋がりを使って、お金に困っている子にバイトを回している。
凛が紹介してくる仕事は、コンビニの店員から売春まで、本当に幅が広い。
私は、そんな凛に仕事探しを相談することにした。
「月、どのくらい必要なの?」
凛が神妙な顔で距離を詰めてくる。
「えっと……最低で三十かな」
「〝ウリ〟なしで、三十ねえ……」
やっぱり、身体を売らずに月三十万円は厳しいらしい。
三十万円あれば生活費と高校の学費を払っても、まだ余裕がある。
でも、だからって身体を売る気にはなれなかった。
「……あっ!」
凛が急に声を上げ、スマホを取り出した。迷いのない動きで操作して、耳に当てる。
「お疲れ様です!」
いつもより少し高い声。
「あの、人ってまだ探していますか?」
間を置いて、
「よかった。働きたい子がいるんですけど」
さらに続ける。
「はい。私とタメなんですけど、身長もありますし、顔も綺麗なんで、年齢はバレないと思います」
短いやり取りのあと、
「分かりました。明日ですね。連絡して伝えておきます」
凛はそう言って通話を切った。
「綾、明日の夕方面接だって」
「は? 明日?」
「うん。私も一緒に行くから」
「……それって、なんのバイト?」
「キャバ」
……キャバ? それって、キャバクラのこと?
「……無理!!」
「なんで?」
「私にお水の仕事なんて、できると思ってるの?」
人見知りで短気な私に、接客業の頂点クラスのキャバクラ勤務が務まるわけがない。
「大丈夫だよ。別に指名を取れって話じゃないし。ヘルプでいいんだから」
……ヘルプ。それってお手伝い……みたいな?
「先輩にちょうど頼まれてたんだよね。『ヘルプで使える若くて見た目のいい女の子を紹介してくれ』って。綾ならAランクだと思うよ」
「Aランク?」
「そう、お店の女の子にランクをつけてるの。AからDまであって、Aがいちばん上」
「なに、それ……」
女を品定めしているみたいで、気分が悪い。なんかステーキ用の肉みたいだし。
「ちょっと失礼な話だけど……仕方ないんだって。この業界も厳しいし、そのくらいしないと客が集まらないらしいよ」
しみじみと飲み屋の事情を語る凛が、どうしても同い年には見えなかった。
「それに綾は、お金欲しいんでしょ?」
……その通りです。
「もしAランクなら、指名がなくても出勤するだけで、保証金が一晩で五万だよ」
「ご……五万!?」
「うん。魅力的でしょ?」
一晩で五万。月に六日、出勤したら三十万円の収入になる。
「……ねえ、凛」
「うん?」
「それ、本当に怪しい店とかじゃないでしょうね?」
私は凛の肩を掴んだ。
「当たり前じゃん。さすがに綾を騙そうとは思わないよ」
「本当でしょうね?」
「本当だってば。私は、綾に殴られたくないし」
凛は両手を顔の前に出し、首を振りながら後ずさった。
その時だった。
「綾」
背後から男の声が飛んできた。
「あっ! 綾、瑞貴が呼んでるよ」
私は小さく息を吐き、凛の耳元に口を寄せる。
「明日、面接の二時間前に連絡ちょうだい」
「うん。分かった」
凛は笑って頷いた。
声のした方を見ると、男の子たちの輪の中心で、瑞貴がこちらを見て手招きしている。
「凛、明日ね」
私はその場を離れ、瑞貴のもとへ向かった。気だるさを隠す気はなく、瑞貴の目の前に立つ。
「……なに?」
用事があるなら、そっちから来ればいいのに。
そんな想いを込めて瑞貴を見つめる。いや、ちょっと睨んでいたかもしれない。
「なんで、そんな不機嫌な顔してんだよ?」
歩道と車道を分けるガードレールに腰を掛けた瑞貴が、下から私を見上げてくる。
「不機嫌じゃなくて、ダルいの」
「それって、ババァみてぇだな」
瑞貴は楽しそうに笑った。
「私、アンタとタメなんだけど」
「知ってる」
いつまでも笑い続ける瑞貴を前に、溜息が出た。
「私になんか用事があったんじゃないの?」
その言葉で、瑞貴は笑うのをぴたりと止めた。
「凛となにを話してたんだ?」
瑞貴は、ハイライトの入った茶色い髪を、鬱陶しそうにかき上げる。
「髪、切れば?」
凛との話をしたくなくて、私は話題を逸らした。
「なんで?」
「邪魔じゃない?」
「別に邪魔じゃない。てか、お前のほうが髪は長いじゃん」
瑞貴が、私の胸の下まである髪を指さす。
「私はいいの。似合ってるから」
「じゃあ、俺も似合ってるからいいじゃん」
自信満々に言い切られる。
「……自分で言うなよ……」
小さく呟いた声は届かなかったらしく、瑞貴は笑ったままだ。
……確かに。瑞貴は、かっこいい。
整った眉の下に切れ長の目。通った鼻筋に、薄く形のいい唇。
癖のある髪も、その顔によく合っている。
身長は、百六十九センチある私より頭ひとつ分高い。まだ伸びるはずだ。
長い手足。人をまとめるのがうまく、このグループでも自然と中心にいる。
軽そうな見た目とは裏腹で、性格は真逆だ。




