エピソード1-1
私は別に不幸なんかじゃない。
特別な家庭事情があるわけでもないし、私を取り巻く状況だってありがちな話だと思っている。
父親はギャンブルに溺れ、仕事もせず、借金を作って、ある日突然、姿を消した。
母親はそんな父親にさっさと見切りをつけ、毎日遊び歩き、日替わりで違う男を家に連れてくる。
父と母にとって、一人娘の私は邪魔な存在だった。それは、自分でもよく分かっている。
こんな話、どこにでもある。ありすぎて同情すらしてもらえない。
同じような境遇の子なんて、この世にいくらでもいるんだから。
父親がいなくなって二年が経ったころ、私はこの家に必要とされていないのだと、はっきりと思い知らされた。
「アンタ、一人暮らしすれば?」
父との離婚が正式に成立し、借金取りに追われることがなくなった母が、なんでもないことのように言いだした。
「別にいいけど。必要なお金は、出してくれるんだよね?」
「いいわよ。ただし、出せるのは部屋を借りるときに必要なお金だけ。毎月の生活費は自分でどうにかしてね」
母は美しく口元を引き上げて、妖艶な笑みを浮かべる。
「はぁ?」
生活費。家賃に、光熱費に、食費。
それに、勉強嫌いな私が必死で合格した高校の学費。
「それって、普通のバイトで生活できるの?」
「バイトなんてしなくていいわよ」
「じゃあ、どうやって生活するの?」
「男を見つければいいじゃない。アンタは、私に似て顔だけはいいんだから」
高校入学を控えた娘に対して、母親が向ける言葉じゃない。
だけど、この人はそういう人だった。
それに、一人暮らしは母にとっても、私にとっても都合がいい。
私が帰ってこなければ、母は男を家に連れ込み放題。
私も、母が男を連れてくるたびに、気を遣って夜中に外へ出る必要はなくなる。
「……分かった。私は、この家を出て行く」
正直に言えば、お金の当てはあった。だから私は、迷わず頷いた。
「そう。頑張ってね」
母は私によく似た顔で、にこりと笑った。
「凛、バイトを紹介してくれない?」
一人暮らしを決めたその日の夜、私は繁華街の溜まり場にいた。
遊び友達の凛を見つけて、声をかける。
「なんで? 綾、お金に困ってんの?」
「困ってるっていうか……」
「短期? 長期? 額は?」
派遣会社の面接官みたいな質問に、私は思わず笑ってしまった。
「長期で稼げる方がいい」
「長期で稼げるって言ったら、秘密のバイトがあるけど……綾、〝ウリ〟はいやでしょ?」
「そうだね。〝ウリ〟は勘弁」
「だよね……。てか、そんなバイトを綾に紹介したら、私が瑞貴に怒られるもんね」
「は? なんでこのタイミングで瑞貴が出てくるの?」
「え? あんたたち、付き合ってるんじゃないの!?」
……付き合ってる?
私と瑞貴が?
「私たちは、そんな関係じゃないよ」
凛の盛大な勘違いに、私は鼻で笑った。
「……でも、寝たんでしょ?」
「うん、寝た。……っていうか、なんで知ってんの?」
「そんなの綾と瑞貴を見てたら分かるよ。逆に分からない方が不思議だと思う」
凛は呆れたように笑った。
「そっか」
「てか、瑞貴のことが好きだから寝たんじゃないの?」
「瑞貴のことは好きだけど……恋愛の対象じゃないから」
「それって、瑞貴も知ってるの?」
「うん。話して、納得してくれたから寝たの」
「そうなんだ」
凛と瑞貴とは、遊び友達として出会った。
母親が男を家に連れ込むたび、私は繁華街で時間を潰していた。
そのとき声をかけてくれたのが、凛だった。
小柄な身長に、大きな瞳と柔らかそうな髪。
見た目は女の子らしいのに、中身は驚くほどさっぱりしている。
そのギャップが、私にはちょうどよかった。
どちらかといえば、女の子らしい性格の女は苦手だから。
すぐ泣いたり、ひとりで行動できない子といると、落ち着かない。
初めて凛に会ったとき、その見た目だけで友達にはなれないと思った。
でも、一緒に過ごすうちに、凛の性格が好きになった。
今では、会わない日がない。
同じくらいの歳で、家に帰りたくない子たち。夜になると自然と集まり、気づけば顔なじみになる。
次の約束をして、別れるわけじゃない。
それでも翌日には、約束でもしたかのように、また集まっている。
同じ時間を過ごすうちに、仲間意識が生まれていった。
いつの間にか、私たちはひとつのグループになっていた。
学校の仲良しグループとは違う。
深夜の繁華街に集まる、帰る場所を持たない子たちの集まり。
表向きに目的があるわけじゃない。
ただ、裏でやっていることを外の人間には話せなかった。
その大半が、違法なことだから。
バレてしまうと警察も動くし、この辺りのチームやヤクザが黙っているはずがない。
でもまあ、目を付けられるのは時間の問題だと思っている。
相手が警察なら、まだましだ。捕まったとしても鑑別、最悪でも年少。
できれば行きたくはないけれど、いつかはここへ戻ってこられる。
人生に期待なんて持っていない私たちにとって、経歴に少し傷がついたところで、大した問題じゃない。
年少に入ったことを武勇伝みたいに語る奴もいるくらいだ。
そういう話を尊敬や羨望の目で聞いている連中も、正直どうかと思うけれど。
でも、相手がヤクザだったら話は別だ。反省したふりが通じる相手じゃない。
未成年のガキに本職が本気を出すことはないだろうけど、やっていることが遊びの範疇を越えていたら終わりだ。




