エピソード5-4
……深く関わらない?
私と響さんは、ホステスと客。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのになんでこんなことを考えているんだろう。
指に挟んだタバコを灰皿で押し消し、目の前のアイスコーヒーにストローを差す。
一気に吸い上げ、あっという間に半分ほどに減った。
「喉が渇いていたのか?」
「はい」
「お前は、面白いな」
そう言って笑う響さんは、やっぱり穏やかで優しくて。
胸の奥が、少し痛んだ。
初めて感じた、胸の痛み。
理由は分からない。
そういえば、響さんはなにか話があると言っていた気がする。
「響さん」
「うん?」
「私に、なにかお話があったんじゃないですか?」
「あぁ」
響さんは、手にしていたタバコを灰皿に押し消した。
「夜、働いているのは生活のためか?」
「……えっ?」
「雪乃は、お前の本当の年齢を知っているんだろ?」
これは、正直に答えていいのだろうか。
ここで本当のことを言えば、雪乃ママにも迷惑がかかる。
本当のことは、雪乃ママに相談してから話した方がいい。
そう思いながら、小さく息を吐いた。
「雪乃ママは、私の本当の年齢を知りません」
「知らない?」
「はい。面接のときに、二十歳だと伝えています」
響さんの漆黒の瞳が、まっすぐに向けられる。
すべてが見透かされてしまいそうだった。
本当は、目を逸らしたい。
でも、今逸らしたら、それこそ嘘だと伝わってしまう。
背中に、嫌な汗が流れた。
「……そうか」
響さんが納得したように頷いた瞬間、身体の力が抜けた。
……よかった。
「それから、年齢をごまかして働いているのは、自分の生活のためです」
「親は?」
「います」
「どうして、親に頼らない?」
「私は、親に頼らなくても生きていけます」
「……」
「私が親を必要としないように、親も私を必要としていません」
「……」
「お互いに必要ないから、一緒に住む理由はないんです」
響さんは、黙ったまま私を見つめていた。
「本当の年齢はいくつだ?」
「……十六です」
「……十六……」
「はい」
「綾乃」
「はい」
「悪いが、十六には見えない」
「……やっぱり?」
「あぁ」
響さんは、大きく息を吐いた。
……ちょっと待って。
溜息を吐きたいのは、こっちなんだけど。
そのとき、スクールバッグの中でスマホの着信音が鳴った。
……この着信音は、瑞貴からだ。
絶対に面倒くさいパターンになる。
だって瑞貴が言いたいことは分かっているから。
私はそのまま、鳴り止むのを待つことにした。
「取ったらいい」
響さんが、椅子の上のスクールバッグを顎で示す。
「……いいんです」
「遠慮するな」
……別に遠慮しているわけじゃない。
そう思いながらも、渋々スクールバッグに手を伸ばした。
通話ボタンを押す前に切れてくれればいいのに。
そんな願いも虚しく、着信音は鳴り続けている。
目の前で、響さんはまたタバコに火をつけた。
瑞貴は、私が出るまで鳴らし続ける。
そう悟って、小さく息を吐き、通話ボタンを押す。
スマホを耳に当てた。
「……もしも――」
『綾! てめぇ、学校サボってなにしてんだ?』
言葉を遮る怒鳴り声が、鼓膜に直撃した。
反射的に、スマホを耳から離す。
……耳が痛い。
「……瑞貴……」
『あ?』
「……あんた、マジでうるさい」
『はぁ?』
「あんたの声がうるさいって言ってんのよ」
『……』
「いくら私が老け顔でも、耳はちゃんと聞こえてるの」
『は? 老け顔? なんの話だ?』
……やってしまった。
八つ当たりして、自爆。
しかも、目の前で響さんが笑いを堪えている。
……もう、最悪だ。
『おい、綾?』
「なんでもないわよ。……で、用件は?」
『あぁ。眠いなら空き教室で寝ればいいだろ』
「凛から聞いたでしょ。疲れてるから、ちゃんと寝たいの」
『空き教室でも、お前なら爆睡できるだろ?』
「……あんた、ケンカ売るためにわざわざ電話してきたの?」
『……』
え? 図星?
「他に用事がないなら、切るわよ?」
『……今日』
「……なに?」
『溜まり場に来るんだろ?』
「うん。多分ね」
『分かった。じゃあな』
そう言って、瑞貴はさっさと通話を切った。
……結局、なんの電話だったんだろう。
私は、画面が暗くなったスマホをしばらく見つめていた。
響さんは、まだ笑いを抑えている。
「彼氏か?」
「……違いますっ!」
「そうか」
「はいっ!」
「別に、そこまで力強く否定しなくても……」
ついに、響さんは声を出して笑い始めた。
まただ。響さんは一度笑い出すと、しばらく止まらない。
今日はもう、それを学んだ。
私は笑いが収まるまで待つつもりで、再びタバコの箱に手を伸ばす。
火を点けようとした、その瞬間。
「綾」
その声で、身体が固まった。
……今、私のことを「綾」って呼んだ?
偶然?
聞き間違い?
タバコから視線を上げ、響さんを見る。
もう、笑っていない。
優しく、穏やかな表情。
まっすぐ向けられる漆黒の瞳。
そこには、余裕すらあった。
「名前、〝綾〟っていうのか?」
「……どうして、知ってるんですか?」
問いかけると、響さんは微笑んで指を差した。
「……え?」
その先にあったのは、私のスマホ。
「聞こえた」
……瑞貴。だから、声が大きいって言ったのに。
もう隠しても意味がない。




