エピソード5-2
理由がどうであれ、私は嘘をついていたのだから。
でも、雪乃ママやお店には迷惑をかけたくない。
だから、今、逃げるわけにはいかなかった。
私は車の反対側に回り、後部座席へ乗り込む。
タクシーのように自動で閉まるドア。
運転席に男が戻り、車は滑らかに走り出した。
車内に広がる沈黙が、息を詰まらせる。
言い訳が浮かばず、私は響さんの方を見ることすらできなかった。
なにか話さないと。
そう思うほど、頭の中は白くなっていく。
沈黙を破ったのは、響さんだった。
「コスプレか?」
「えっ?」
……今、なんて。
「コスプレが趣味なのか?」
……違うよね?
普通なら、『年齢を誤魔化していたのか』とか、『嘘をついていたのか』って言うところじゃない?
それに、この制服姿がコスプレに見えるっていうのも納得ができない。
遠回しに、『制服を着るような年齢には見えない』って、言われている気がする。
それって――。
「……私、そんなに老けてますか?」
「……」
返事はなかった。
響さんは、やっぱりそう思っているらしい。
私はちらりと響さんを見る。
「……っ!」
驚いていると思っていた表情は、堂々と私を裏切った。
笑っている。しかも、声を殺して。
「響さん」
「うん?」
「笑いたいなら、笑ってください」
「あぁ、悪い……ぶっ!」
堪えきれなかったらしく、響さんは吹き出し、それから楽しそうに声を上げて大笑いした。
……確かに私は、言いました。
笑いたいなら笑っていいって。
……でも……だからって、本気で笑わなくてもよくない?
高校生に見えない自覚はあるから、別にいいけど。でも絶対に笑いすぎだと思う。
それにしても、この人はよく笑う。
私は大きく息を吐いた。
その音が聞こえたらしい。
「悪い」
響さんは咳払いをひとつして、ようやく笑いを収めた。
「別に、気にしてませんから」
「気にしてるな」
……気にしてないって言っているのに。
この人、私を挑発しているんだろうか?
売られたケンカは買う主義だけど。
……軽く殴る?
……ダメ。
響さんはお店のお客さんだ。
今の私は〝綾〟じゃなくて〝綾乃〟。
それに、殴ったら確実に面倒なことになる。
運転席には、明らかにそっち側の人がいる。
軽く済むはずがない。
今の私には最悪の事態に対応できる余力もない。
ここは大人しくしておくべきだ。
「学校は早退か?」
「はい」
「具合が悪い?」
「いえ、眠くて」
「眠い?」
「……はい」
「昨日も店に出たのか?」
「えぇ、まぁ……」
「休みの前の日だけって言ってなかったか?」
「一応、そうなんですけど。最近、忙しくて……」
響さんが息を吐く。
「今日は?」
「えっ?」
「店に出るのか?」
「まだ分からないけど、多分出ないと思います」
「そうか」
年齢が知られた以上、今日はお店には行けない。
もしかしたら、もう二度と行けないかもしれない。
……また、バイト探しか。
雪乃ママの店は、結構好きだった。
でも仕方がない。
好きだからこそ、迷惑はかけられない。
「そんなに眠いのか?」
その声で意識が現実に引き戻される。
「い……いいえ」
響さんは考え込んでいる私を見て、眠いと勘違いしたらしい。
「今、家に帰って親御さんは、なにも言わないのか?」
「えっ? ああ、大丈夫です。親とは一緒に住んでいませんから」
「は?」
響さんの切れ長の黒い瞳が、大きく開いた。
「一緒に住んでいないのか?」
「はい」
どうして、そこまで驚くんだろう。
「そうか」
響さんはなにか言いかけて、言葉を飲み込んだように見えた。
私は首を傾げる。
「駅前のホテルへ」
響さんはなんの前触れもなく言い放った。
「分かりました」
運転手さんが答えると同時に、車は速度を上げた。
……ホテル?
なんで? どうして、ホテルなの。
そういう想像しかできない自分もどうかと思うけど。
それでも――男女でホテルに行って、他になにをするっていうの?
隣を見ると、響さんは腕を組み、目を閉じている。
……寝てる?
今、寝ているの? この人。
私がこんなに落ち着かないのに。
その原因は響さんなのに。
どうして自分だけ眠ってるんだろう?
信じられない。
苛立ちが限界に達したところで、車は静かに停まった。
窓の外には、豪奢な造りのホテル。
入口付近に立っていた従業員らしき男が、こちらへ駆け寄ってくる。
そのとき、響さんが目を開けた。
……起きた?
視線が合うと、彼は柔らかい微笑みを浮かべる。
「どうかしたか?」
その表情を見た途端、さっきまでの心のざわつきが嘘のように消えた。
「いいえ」
そう答えた瞬間、響さん側のドアが開く。
「失礼します」
ドアを開いたのは先ほど駆け寄ってきていた従業員らしき男だった。
響さんは車を降り、私に手を差し出す。
私はその手を取って外へ出た。
ドアが閉まると、響さんの手が腰に回される。
ごく自然な動作。あまりにも自然で、そうされるのが当たり前のことのように感じるほどだった。
腰を抱かれたまま、私はホテルに足を踏み入れた。
周囲からは、どう見えているんだろう。そんな疑問が浮かぶ。
制服姿の私と、スーツ姿の響さん。
その後ろには、強面の男がぴたりと付いてくる。
パパ活には……見えない、か。
私は制服を着ていると、コスプレに見えるらしいし。
……もしかして、周りの人たちもそう思っていたりする?
私は慌てて周囲を見回した。
……よかった。誰も見ていない。
私は胸を撫で下ろした。




