表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R.B1  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/21

エピソード4-5

「綾乃さん、おはようございます」

 黒服のスタッフが声をかけてくる。

「おはようございます」

 時間を問わないこの挨拶にも、もう戸惑わなくなった。

「綾乃ちゃん」

 挨拶を交わしている私に気づき、雪乃ママが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「雪乃ママ、すみません。遅くなってしまって……」

 いつも和服姿で落ち着いている雪乃ママが、今日は珍しく焦っていた。

 そんなママが私の腕を勢いよく掴んだ。

「雪乃ママ?」

「雪乃ママ、どうぞ」

 カウンターの中から、男の子がお茶の入ったグラスを差し出す。

「ありがとう」

 雪乃ママはそれを受け取ると、一気に飲み干した。

 グラスを置き、深く息を吸って呼吸を整える。

「ママ、大丈夫?」

「ええ。おはよう、綾乃ちゃん」

 妖艶な笑みを浮かべた雪乃ママは、いつもの上品で落ち着いた表情に戻っていた。

「おはようございます」

「早速で悪いんだけど、満席なのよ」

「満席?」

「ええ。女の子が全然足りなくて……」

「じゃあ、私、着いてきます」

 そう言って店の奥へ向かおうとした瞬間、腕を引かれた。

「綾乃ちゃん」

「えっ?」

「今日のお客様……」

 雪乃ママは一瞬、言葉を選ぶように口を閉じた。

「なんですか?」

「ちょっと、特殊なお仕事の方たちなの」

 ……特殊。

 その意味深な言葉に、私は反射的に柱の陰から、そっと店内を覗く。

 確かに。特殊だ。

 厳ついスーツ姿の男たちが、ソファを埋め尽くしている。

「大丈夫?」

 雪乃ママが、私の顔を覗き込む。

「大丈夫です。任せてください」

 普通のお客さんより、やりやすいかもしれない。

 そう思って、私は微笑んだ。

「よかった」

 雪乃ママの表情が、少し緩む。

「どのテーブルに着けばいいですか?」

「いちばん奥をお願いできるかしら」

 いちばん奥。それは特別席だった。

「綾乃ちゃん?」

「は、はい。分かりました」

 やり取りを見ていたボーイの男の子が近づいてくる。

「ご案内します」

「いいわ。私が案内するから」

 雪乃ママはやんわりと断った。

「いちばん奥のテーブルには、この辺り一帯を仕切っている組の組長さんがいるの。そこがいちばん、安全だから」

 落とした声で、耳元で囁かれる。

 〝組長〟と〝安全〟。そのふたつの言葉が、どうしても結びつかなかった。でも、これは雪乃ママの配慮に違いない。

「ありがとうございます」

 その気遣いに、素直に頭を下げた。

「行きましょうか?」

 一度、深呼吸をする。

「はい」

 私は一歩、踏み出した。

 一歩前を歩く雪乃ママに続き、店の奥へ向かう。

 店内にいる人たちの視線が、全身に刺さる。

 特別席へと続く通路は、すべてのボックス席から見える位置にある。

 雪乃ママに連れられて歩いているのだから、目立たないわけがなかった。

 こんな状況でも、負けず嫌いが顔を出す。

 俯いたら、負けた気がする。

 だから私は、前だけを見て歩いた。

 無数の視線を浴びながら辿り着いたのは、特別ルーム。

 薄いカーテンで仕切られたその席は、限られた人しか座れない場所。

 この世界での限られた人とは、お金を使ってくれる人という意味だ。

「響さん」

 雪乃ママが、カーテンの上がった出入口から中へ足を踏み入れる。

「なんだ?」

 返ってきたのは、低くて穏やかな男の声だった。

「紹介したい子がいるんだけど、いいかしら?」

「ああ」

「綾乃ちゃん」

 名前を呼ばれ、私は初めて特別ルームの中に足を踏み入れた。

 外からは人影程度しか見えなかった空間は、思っていた以上に広い。

「はじめまして。綾乃です。よろしくお願いします」

 挨拶をして顔を上げた瞬間、思わず息を呑んだ。

 正面の上座に座っているこの人が、組長なのだろう。

 でも、まったくヤクザには見えない。

 想像していた人物像とは、あまりにも違う。

 ヤクザと接した経験なんてほとんどないけれど、小太りで厳つい顔の中年を思い浮かべていた。

 目の前にいるのは、穏やかで落ち着いた大人の男性。

 黒いスーツを着てはいるけれど威圧感はなく、むしろ洗練された印象すらある。

 まっすぐに向けられた視線から、目を逸らせなかった。

 漆黒の瞳が私を見つめている。

「綾乃ちゃん?」

 雪乃ママの声で、はっと我に返る。

「……失礼しました」

 そう言いながら、ようやく気づいた。

 女の子は十分に足りている。

 この席には、組長を含めて客は三人だけ。

 組長の隣には、この店のナンバーワンであるアリサがぴったりと寄り添っているし、ヘルプ用の椅子にも女の子が座っている。

 他のテーブルと比べても——私がここに着く必要は、ないように思えた。

「アリサちゃん」

「はい?」

「綾乃ちゃんと代わって」

「えっ?」

 雪乃ママの言葉に驚いたのは、アリサだけじゃなかった。

 私も、空になったグラスに水割りを作ろうとしていた女の子も、思わず息を呑んで雪乃ママを見た。

 組長がアリサを指名していないのは分かる。

 でも、すでに組長の隣に座っているナンバーワンのアリサを、バイトの私と代えるなんて。

 アリサが組長を狙っているのは、誰の目にも明らかだ。

 この店を貸し切るということは、それだけの金額を落とすということ。

 そんな客を自分のものにできれば、ナンバーワンとしての立場も収入も安泰だ。

 バイトの私には、売り上げなんて関係ないのに。

「アリサちゃん」

 雪乃ママの優しく上品な声が響いた。

 促すように妖艶な笑みを浮かべた雪乃ママを見つめ、アリサは一瞬だけ悔しそうな表情を見せる。だけど、それは本当に一瞬のことで、すぐに組長へと微笑みを向ける。

「響さん、ごゆっくり。失礼します」

「ああ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ