エピソード4-2
私は食堂の入口に視線を向ける。
壁に腕を組んで寄りかかる瑞貴。その周りを、数人の男の子たちが囲んでいる。全員、なぜか難しい顔をしていた。
瑞貴は眉間に深く皺を寄せ、話を聞いている。
なにかあったのか。……それとも、空腹で機嫌が悪い瑞貴に、みんなが気圧されているだけかもしれない。
どちらにしても、すぐには戻ってきそうにない。
ここでいいか。
私はそう判断して通話ボタンを押し、耳に当てた。
「おはようございます、雪乃ママ」
『おはよう、綾乃ちゃん。ごめんなさいね、今、学校よね?』
「はい。でも、お昼休みなので大丈夫です。どうかしましたか?」
理由は、聞かなくても分かっている。
『今日の夜なんだけど、お店出てもらえない?』
「今日ですか?」
『そうなの。上得意のお客様から、貸し切りの予約が入ったのよ』
「か、貸し切り?」
あの店を? 貸し切りって、その上得意のお客様は、一体、いくら払うんだろう。
『本当なら急な貸し切りは断るんだけど、その方は特別だから』
「……そうですか」
どんな客なんだろう。好奇心が動いた。
『無理かしら?』
「大丈夫です」
『よかった。じゃあ、夜、お店で待ってるわね』
「はい、分かりました」
電話に気を取られていて、気づかなかった。
瑞貴が、すぐ後ろまで戻ってきていたことに。
「今日もバイトか?」
瑞貴の声に、身体がびくっと反応した。
終話ボタンを押したばかりのスマホを、落としそうになる。
向かいの席に腰を下ろした瑞貴は、まっすぐ私を見ていた。
「うん……そう」
また、なにか言われる。
身構えて、身体に力が入る。
けれど――……。
「あんまり無理するなよ。身体を壊すぞ」
「え……あ、うん」
意外な言葉に拍子抜けしてしまった。
「なに、間抜けな顔してんだ?」
「は? 誰に言ってんの?」
「お前以外に誰がいる」
「……っ!」
「いいから、早く食え。タバコ行くぞ」
腹が立つ。
文句も言いたい。
でも、それ以上に今はタバコが吸いたかった。
少し迷って、私は我慢を選んだ。
さっき伸ばしかけたホットサンドに、もう一度手を伸ばす。
それを見て、瑞貴が鼻で笑った。
いつか、絶対に仕返しする。
心の中で、そう決めた。
昼食を終え、私と瑞貴は食堂を出た。
向かったのは、校舎三階の空き教室。
入学してすぐ、タバコを吸う場所を探していた私に、瑞貴が教えてくれた。
「吸いたくなったら、ここを使えばいい」
一年の私たちが、校舎内の空き教室なんて使っていたら、上級生が黙っていないんじゃないだろうか。
そう思ったけれど、空き教室に入ってすぐ納得した。
中には、同じようにタバコを求めて集まった生徒が何人もいた。
そこにあったのは見覚えのある顔ばかり。
繁華街の溜まり場で見かけた子たちだ。
凛や瑞貴以外とはあまり話さない私は、名前も年齢も知らない。
それでも、上履きを見れば分かる。
青、黄、赤が入り混じっている。
この高校は、学年ごとに上履きの色が決まっている。
一年が赤、二年が黄、三年が青。
つまり、この教室には一年から三年までが集まっている。
繁華街の溜まり場にいたということは、瑞貴のグループ。
その中心にいるのが、瑞貴。
だから、ここを使っていても誰も文句を言わない。
そう理解した日から、私はタバコを吸いたくなると、この空き教室に来るようになった。
教室の前には、見張りらしい男の子が三人立っていた。
瑞貴の姿を見つけると、揃って頭を下げる。
その上履きは、黄色。二年だった。
彼らの前を、瑞貴は気怠そうに通り過ぎていく。
頭を下げられる瑞貴を見たとき、ひどく遠い存在に感じた。
空き教室のドアを開けた瑞貴が、立ち尽くしている私に顎で中へ入るよう示す。
私は素直に従い、先に教室に入った。
「……誰もいない」
いつもは人が溢れるほどいるのに、今日はひとりもいない。
「お前に話がある。だから今日は誰も入れねぇようにした」
後から入ってきた瑞貴が、ドアを閉めながら言った。
「話?」
「ああ」
「なに?」
「まあ、座れ」
教室の奥にある、誰がどこから持ち込んだのか分からないソファを指差す。
嫌な予感がする。
今さら、バイトの話じゃないでしょうね?
そう思っている間に、瑞貴は私の横を通り過ぎてソファに腰を下ろした。
私は、少し距離を取るように向かいのソファに座る。
「おい」
「な……なに?」
「なんでそっちに座るんだ?」
「は?」
「お前が座るのは、ここって決まってるだろ」
確かに、瑞貴の言う通りだ。
この教室に来るようになってから、私が座るのはいつも瑞貴の隣。
でもそれは、人が多くて他に空いていないからで。
「今日は誰もいないんだから、こっちでもいいでしょ?」
「ダメだ」
「なんで?」
「お前の席は、ここって決まってんだよ」
「……それって、誰が決めたの?」
「俺」
……なに、それ。どこまで本気なんだろう。
「ねえ」
「あ?」
「あんた、何様?」
「俺様」
胸を張って言われた。
……聞いた私が間違っていた。
それ以上言う気が失せて、私は大きく息を吐き、立ち上がって瑞貴の隣に移動した。
さっさと話を終わらせて、自分の教室に戻ろう。
それがいちばんだ。
これ以上一緒にいたら、調子が狂いそうだった。




