表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R.B1  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/17

エピソード3-3

 三時間後。

 私の腰には、今にも飛び立ちそうな真紅の蝶が、大きく羽を広げて止まっていた。

 痛くなかったと言えば、嘘になる。

 最初はチクチクする程度だった感覚が、時間とともに身体の奥に響く痛みに変わっていった。

 額に脂汗が浮かび、痛みに耐えようとして、身体に自然と力が入る。

 背もたれにしがみついていると、瑞貴が横から顔を覗かせた。

「痛いか?」

 痛いに決まっている。

 そう言いかけて、飲み込んだ。

 負けず嫌いで、強がりな私は、「痛い」と言えなかった。

「……全然、痛くない……」

「そうか」

 瑞貴は鼻で笑った。

 たぶん、強がりだって分かっていたと思う。

 瑞貴は私の額の汗を拭き、背もたれを握り締めていた私の手を、自分の手に握らせた。

 そのまま、ずっと私を見ていた。

 心配そうで、どこか翳りのある目で。

「綾ちゃん、終わったよ」

 楓のその一言で、全身の力が一気に抜けた。

 大きな溜息が、口から零れる。

 痛みから解放された感覚と、やり切った感覚が重なった。

 腰に触れる消毒液の冷たさが、熱を持った肌に心地よく広がる。

「見てみる?」

 楓が部屋の隅にある大きな姿見を指した。

「うん」

 頷いて、握り締めていた瑞貴の手を離す。

 瑞貴の大きな手には、私の爪の痕がはっきりと残っていた。

「ごめん、瑞貴」

「気にすんな」

 瑞貴は笑って、私の頭を撫でてくれた。

「……でも……」

 あれだけ痕がついているなら、痛くないはずがない。

「早く見てこい」

 瑞貴は私の手を引いて立たせ、背中を軽く押してくれた。

「……うん」

 気になりながらも、私は鏡の前に立つ。

 鏡に背を向け、服の腰のあたりを捲り上げた。

 そこには、今にも飛び立ちそうな真紅の蝶が、羽を大きく広げていた。

「いいじゃん」

 鏡越しに、瑞貴の顔が映る。

「うん」

 鏡の中の私が満足そうに頷く。

「楓、ありがとう」

 後片付けをしている楓に声をかける。

 楓は手を止め、顔を上げた。

「どう? 気に入ってくれた?」

「うん。かなり」

「それはよかった。瑞貴は来週だったよな?」

 ……え? 今、なんて言った?

「楓。その話はあとで連絡する」

「うん? 了解」

「綾、行くぞ」

「……瑞貴?」

 瑞貴は私の腕を掴み、そのまま部屋を出ようとする。

「楓、また連絡する」

「分かった」

 それだけ残して、瑞貴は私を引っ張って外へ出た。

「ねえ、瑞貴ってば」

「あ?」

 玄関を出てエレベーターの前まで来たところで、ようやく瑞貴は足を止め、私の腕を放した。

「私、まだお金を払ってないんだけど」

「あいつは受け取らない」

「どういう意味?」

「……もう払った」

「は?」

「俺からの、ひとり暮らしと就職祝いだ」

「……」

「ありがたく受け取れ」

 瑞貴は、どこか翳りのある目で笑っていた。

 いつもなら、『勝手なことしないで』って、怒鳴っていたはずなのに。今日は言葉が出なかった。

 瑞貴の瞳が、あまりにも切なかったから。

「……ありがとう」

 瑞貴は、ようやく柔らかく笑った。

「今日は早く帰って寝ろ」

「……まだ夕方だよ」

「熱が出るかもしれねぇ。今日は夜遊び禁止だ」

「は?」

 繁華街に、夜が降りはじめている。

 人工の光に引き寄せられて、人が集まってくる。

 ここが、私の居場所。

 唯一の居場所だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ