エピソード3-1
溜まり場に着くと、すぐに瑞貴と目が合った。
瑞貴は男の子たちの中心でタバコを吸っていた。そんな彼が私に気づくと、ほっとしたような笑みを浮かべ、顎でこちらを示す。
たぶん、面接の結果を聞きたいのだろう。
昨日あれだけ話したのだから、私のバイトについては、もうなにも言わないはずだ。
それに、瑞貴には紹介してもらいたい人がいた。
さっき雪乃ママと話して、ひとつ決めたことがある。そのためにも、どうしても伝えておきたい。
私が近づくと、そこにいた男の子たちが自然と離れた。気を使ってくれたのか、それとも瑞貴が合図したのか。
「どうだった?」
瑞貴は最初にそう尋ねた。
「今週末から働くことになった」
「そうか」
瑞貴はタバコを地面に落とし、靴で火を踏み消した。視線は足元に向いたままで、表情は見えない。少なくとも、嬉しそうではないはずだ。
「……綾がキャバ嬢か……」
「あっ、違う!」
「あ?」
「キャバじゃなくて、クラブで働くことになったの」
「クラブ? 踊るほうか?」
瑞貴の脳内は私とよく似ているらしい。
「違う。飲むほうのクラブ」
「ああ、そっちか」
瑞貴は納得したように頷いた。
私は雪乃ママと話した内容を、一通り伝えた。話す義務はないのかもしれない。それでも、瑞貴なりに心配してくれているのは分かっていた。だから話した。
「優しいママで、よかったな」
「うん。凛のおかげだよ」
「凛ね……」
「なに?」
「ちょっと殴ってくるか」
「は?」
思わず声が裏返った。
瑞貴と凛ってなんか揉めているの? ううん、そんなはずはない。ここには、ちゃんと決まりがあるんだから。
「心配するな。軽く殴るだけだ」
軽いかどうかの問題じゃない。
不敵な笑みを浮かべて立ち上がった瑞貴の腕を、慌てて掴んだ。
「あんた、ここの決まりを忘れたの?」
必死な私を見て、瑞貴は鼻で笑う。
「冗談だよ」
心臓に悪い冗談すぎない?
「まあ、殴りたい気持ちがないわけじゃない」
「……え?」
「お前に、そんな仕事を紹介したんだからな」
瑞貴はポケットからタバコの箱を取り出し、一本くわえて火をつけた。そして、そのまま箱をこちらに差し出す。
私と瑞貴が吸っているタバコの銘柄は同じ。
迷わず一本取って口にくわえる。瑞貴が差し出した火に、先端を近づけた。
「凛は悪くない。頼んだのは私だから」
煙をゆっくり吐き出した瑞貴が、「そうだな」と低く言った。
私と瑞貴の間に、短い沈黙が落ちる。
これ以上、バイトの話を続けたくなくて、私は先に口を開いた。
「ねえ、瑞貴」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「お願い? 珍しいな。なんだ?」
「彫り師を紹介してくれない?」
「は? 彫り師?」
瑞貴の目が、はっきりと丸くなった。
「うん」
「お前、墨を彫りたいのか?」
「そう」
「なんで?」
「ちょっとね」
瑞貴は腕を組み、視線を落とした。
こういう時、瑞貴はなにを考えているのかが、分からない。
嫌な予感がよぎる。
また、『やめろ』とか言われるんじゃないか。
そうなったら、面倒だ。
瑞貴なら、そういう知り合いが多いはず。
私は、普通にスタジオに行って彫ってもらえる年齢じゃない。
紹介やコネがなければ無理だし、思い立ったらすぐに彫りたい。
でも、瑞貴と揉めるのは、できれば避けたい。
他を当たるしかないか、と諦めかけたときだった。
「和彫りと洋彫り、どっちだ」
「え……あ……和彫りかな」
「機械か。手彫りか」
「……それって、どう違うの?」
私の問いに、瑞貴は呆れたように息をついた。
それでも、きちんと説明してくれた。
「痛みが軽くて早く仕上がるのが機械彫り。手彫りは時間がかかるけど、年数が経っても色が落ちにくい」
「じゃあ、手彫りがいい」
「本気か?」
「なにが」
「結構、痛いぞ」
「痛くても、綺麗に残るほうがいい」
「分かった。いつだ」
「明日」
「は? 今、明日って言ったか」
「うん」
「ずいぶん急だな」
そう言いながら、瑞貴はスマホを取り出した。画面を操作して、どこかに電話をかける。
しばらく話し込んだあと、スマホを耳から離して私を見る。
「明日の十三時でいいか」
「うん」
私の返事を聞いて、瑞貴はまたスマホを耳に当てた。
「じゃあ、明日の十三時に行く」
通話を切り、スマホをポケットに戻す。
「ありがとう、瑞貴」
「ああ」
「場所はどこ?」
「明日、俺も一緒に行く」
「いいよ。悪いし」
「別に悪くねぇ。俺も彫るし」
「……そう。瑞貴もなんだ。じゃあ一緒に――……は?」
「どうした」
「なんで?」
「なにが」
「なんで瑞貴が一緒に行く必要があるの?」
「俺が墨を彫って、なんか問題あるのか?」
「……問題はないけど……」
「なら、そんな驚く必要ねぇだろ。すげぇ間抜けな顔してるぞ」
私の顔を見て、瑞貴は笑いを堪えている。
「うるさい」
本当に失礼な男だ。
「今日、泊まりに来い」
「なんで」
「俺が昼に起きられると思ってるのか?」
「……そこは、頑張りなよ」
「無理だな」
「は?」
「紹介料だ」
瑞貴は右手を差し出した。
「……いくら?」
「今日うちに泊まって、明日俺を起こせ」
逃げ道はなかった。
「……分かった」
「商談成立」
瑞貴が、満足そうに笑う。
悔しかった。
また、瑞貴のペースに引き込まれてしまっている。




