39. 勉強ってすごい憂鬱
いつもの日常再び!
「ってことで、二週間後、期末テスト始まりまーす」
梅雨が明け、夏休みおよそ一ヶ月前を過ぎたある日の終業での先生のこの一言。
本来なら、
『テスト一週間前は部活が休みになるぜヒャッハー!』
的な奴らじゃない限りは良い印象は持たないだろう。というか、普通に嫌だ。勉強とかしたくないし、低い点数も取りたくない。憂鬱だ。そう考えるのが一般的だろう。そう、本来なら。
このクラスは、その本来という例からは完全に離れている。そしてその原因はわかりきっている。
「先生! 高い点数取ったらご褒美くれますか!? 頭撫でてください!」
「水野さん! 俺、勉強得意なんだ! 教えてあげよっか!?」
クラスの中の数人が声を上げる。
それに対し、先生と水野は困ったように笑う。
「んー、まぁ、頭撫でるくらいなら、ね。いいよ〜」
「じゃあ、困ったら聞くから教えて〜」
「「「うぉぉぉぉぉおお!!!」」」
2人の返答に、男子達は雄叫びを上げる。きっとやる気が溢れ出ているのだろう。
そうです。女につられているのです。なんとも情けない…………と思うが、俺も先生の本性を知らなかったり、中学の頃の思い出がなかったら、普通にこれに混じっていたのに違いない。男子なんて所詮そんな生き物なのだ。残念ながら。
「「「…………………」」」
テンションの上がった男子達を女子達は冷めた目で見る。まぁ、目の前で盛大に釣られたのだから無理もない。
ちなみに女子は理由があろうとなかろうとテストにおいては、無条件で頑張る人達なので心配はない。
「じゃあみんな、頑張ってね〜!」
「「「はい!!」」」
◇◇◇
「はぁ〜、だるいわー。相変わらずみんなチョロいねぇ〜」
「さすがですね先生、全くぶれない」
あれから数時間後、家に帰ってた先生はお酒を飲みながら、そうこぼす。
「頭なでなでって……みんなまだまだ子供だなぁ。あんまし可愛い子もいないし、ウゼェーなぁ〜」
「自分で言っておいて……」
「あのねぇ、世良くん? 私はただ釣りをしただけなの。釣った魚は絶対食べなきゃいけないの? キャッチアンドリリースなの。むしろ褒められるべき行為なんだよ?」
「よくもまぁそんなに口が回りますね。そのセリフ、クラスのみんなに聞かせてあげたいですよ」
「ん〜、みんなM成分入ってそうだし、無駄じゃないかなぁ? なんなら、今度からちょっとSっぽくいってみようかな?」
「まだまだ人生これからっていう高校生に残酷な性癖仕込まないでください」
「それはもう手遅れじゃない? 私が軽く注意したときとか喜んでたし」
「すでに開発済みだったか……」
この先生に、クラス内には敵はいないらしい。恐ろしい人だ。俺もこの毒牙にかかる前に逃げよう、と、居間を出ようとする。
「ちょっと待って世良くん」
が、先生に呼び止められる。たらたらの緊張の汗が溢れる。
「な、なんですか?」
「自室に戻るのかな? 戻って何するの? 勉強、するんだよねぇ?」
「うっ……! い、いや、ほら、今日はもう遅いですし」
「まだ八時半だよ?」
「で、でもねぇ?」
「勉強道具、持ってきて」
「は、はい……」
結局、先生の威圧に押され、返事をしてしまう。
◇◇◇
「世良くん?」
「はい、なんでしょう」
「前回のテスト、覚えてるかな?」
「うっ……」
あれは一ヶ月と少し前、中間テストの話だ。めんどくさかったので、やりすぎずやらなすぎずという最低限の勉強量で挑んだ結果、なかなか散々な点数だった。そして先生に激しく睨まれた。
「あのね? こうして今のうちから勉強しておくことが、後々大学受験のときに効いてくるんだよ?」
「はい……」
とまぁ、このセリフだけ聞けば、生徒を心配するいい先生に見えるのだが、この人は違う。
「というか、君が良い点数を取ってくれなきゃ、私が困るんだけど。いい? クラスのみんなの成績が上がれば、私の評価が高くなる。そのためにわざわざ頭撫でるなんていう気持ち悪い約束までしたんだから。まぁ、守るつもりはないけど」
「本音を盛大に漏らしすぎじゃないですかね?」
結局は自分のため。教師は聖職者なんて言うが、そんな面影は一ミリも残ってはいない。まぁ、そんなものは随分と前に廃れていったのだろう。というか、元からあるかする疑問だ。教師だってその辺の人間と変わりないのだから。
「世良くんも、少しは彩ちゃんを見習って」
先生が指さしたその先には、教科書を広げ、黙々と勉強する早瀬さん。
「って、なんでここに早瀬さんが?」
「だって世良くん、頭悪いでしょ? 彩ちゃんに教えて貰わないとまともに勉強できないじゃん」
「……………先生にそう頼まれた」
「なるほど……なんかちょっと傷つきますね」
1人じゃ勉強もできないと思われているらしい。まぁ、たしかに教えて貰った方が、はるかに楽ではある。何より、こうして早瀬さんとお近づきになれるのは普通に嬉しい。
「まぁ、国語は私が答えを教えれば早いけど」
「それでいいのか先生」
「まるまるは教えないよ。半分くらい。良い点数取ったね〜ってぐらい」
「それでもダメでしょ……」
「問題は理系。一応世良くんは理系選択するつもりなんだよね?」
「まぁ、文系よりかはできますし……」
「彩ちゃんは?」
「……………私は文系」
「まぁ、ですよね」
「でも、理系ができないわけじゃないんでしょ?」
「……………一応、今習ってる範囲なら一通りできるようには勉強してる」
「じゃあ、理系科目は彩ちゃんから教わって」
「はい……」
予定とはいえ、文系選択者から理系を習う理系選択者。なんだかとっても情けない。
「暗記系は、ひたすら覚えてね〜」
「わかりました」
こうして、悠面荘地獄の勉強会が幕を開けた。
◇◇◇
「はぁぁ……」
開始から三日目、バイト先の永満亭で俺はため息を溢す。
「あれ? どうしたの世良くん? 随分とテンション低いじゃない」
「あはは、まぁ……」
店長が俺に声をかける。俺は、地獄の勉強会があることを素直に話す。
「ただでさえ大変なのに、昨日は菊井さんが邪魔してくるし……」
「あの子はたしかにしそうだね」
「今日は早瀬さん、シフト入ってないし……」
「そっちもかー」
「あぁぁぁぁ! 嫌だぁぁぁー!」
「まぁまぁ。んー、じゃあ、僕が勉強教えてあげよっか?」
店長は人差し指を自分に向ける。
「店長が? 無理ですよ」
「大丈夫! こう見えて勉強は得意だからね! こう見えて、なんでも残るタイプなんだよね」
「なんでも? 髪は残るどころか抜け落ちてるのに?」
「ん? どういう意味かな?」
「もしかして、髪と一緒に記憶も抜け落ちたんじゃないですか?」
「あれ? 今日容赦ないな、世良くん」
「あぁでもあれか、カツラがあるか。ん? てことはカンニングの仕方でも教えてくれるんですか?」
「君はハゲに何か恨みでもあるのかい? カツラはドーピングとでも言いたいのかな?」
「ハゲにあるんじゃなくて、店長に恨みがあるんですよ」
「なんでだよ! 僕何もしてないだろう!? 僕何かしたっけ!? それともあれかな? 喋ったことがもうダメってか!? いやでもそれじゃ、僕店長なのに何も指示できないよ! お口チャックしちゃったら僕どうやって指示すればいいの!? いちいちジェスチャーすればいいの!? だったらいっそのこと手話覚えようかな! って、僕だけ覚えてもみんな覚えてなかったら意味ないじゃん! え、それとももしかしてみんなも覚えるの!? あれ? そしたら意外となんの問題もなくなっちゃうよ! いや、でもやっぱりちょっと素早さに欠けるよ! 結局、僕は喋った方がいいじゃん! 僕に恨みって、喋ることくらい許してくれてもよくない!?」
「ツッコミなげー! 大して面白くもねぇツッコミなげー! そういうところですよ!」
ほんの冗談で言った一言だったが、だんだん本当にイライラが溜まってくる。
店長は、額に腕を当て、かいてもいない汗を拭う。
「ふぅ」
「やりきった感出すな!」
やはり、店長の前で安易にボケるのはよくない。
ボケの大渋滞のようなあの場所で、ツッコミがこの店長だったと思うと、どんな地獄絵図なのか。ボケの交通事故でも起こしていたのだろう。
とはいえ、こうして叫んだおかげで、多少なりともテンションが上がり、さっきよりも冷静になれた。
「?」
もっとも、この人はそんなこと狙ってないわけで、やったことといえばクソ長いツッコミぐらいなので、感謝は一切しないが。
「それより、勉強だよ勉強! 今は客もいないしさ、勉強道具は持ってきてる? 教えてあげるから」
「まぁ、一応持ってきてますけど……」
とはいえ、やはり不安だ。そもそもあそこの住人がきちんと勉強できるのかって話だ。ゴールデンウィークのあの一件以来、早瀬さんや先生以外に勉強は聞かないようにしている。
しかし、どっちみち勉強はするつもりでいたので、勉強道具を持って、休憩室へ入る。
「本当にできるんですか? 正直半信半疑っていうか、いや、むしろ全疑なんですけど」
「大丈夫、大丈夫! 任せといて! 何を勉強するの?」
「えーっと、じゃあ数Aを」
「おっ、数学かぁ。うん! 任せといて!」
まぁ、この人はツッコミは下手だが、自発的にボケる人ではない。カツラが取れたときを除いて。わからなかったら自分でやればいいだろう。とりあえず聞いてみる──
………………
…………
……
「──というわけ」
「な、なるほど……」
(す、すっげぇわかりやすい……!!)
予想以上、いや、俺の予想を裏切って、本当に勉強が得意だった。めちゃくちゃわかりやすかった。
「どう? 結構わかりやすかったでしょ?」
「はい、すごく。下手な教師よりよっぽど」
「まぁ、これでもここの店長になるまでは塾の講師してたしね。ちなみに、仁美ちゃんや菜々ちゃんがまだ高校生でここのバイトだった頃、勉強教えてたのも僕だよ?」
「えっ、そうだったんですか!」
「それに、ここって結構短期のバイトで学生が来たりとかしてるから、その子達に勉強教えてたりして、なかなか忘れたりしないんだよね」
「なるほど……」
「よし! じゃあ次いこっか! どこがわからないの?」
「あっ、えっと……」
───カランコロンカーン
俺が質問しようとした瞬間、店のドアが開く音がする。
「あ、お客さん来たみたい」
「そうみたいですね。俺、接客行ってきます」
「うん。勉強はまた後だね。行ってらっしゃーい」
休憩室を出て、客のとこへ向かう。
そこには、若い眼鏡をかけた美人系の女性が1人で立っていた。
「あの、お1人様ですか? 後から、誰か来たり……」
「1人です……」
彼女は、俯きながらそう答える。なんだかテンションが低い。これはもしかしたら……
「あの、相談に乗ってくれるお店ってここで間違い無いですか?」
やはりか……。
いつかの浮気相談のとき以来、噂を聞きつけ、ときどき来るこの手の客。
「まぁ、聞けと言われるのなら出来る限り乗るつもりではありますが……」
「そうですか……じゃあ、乗ってもらってもいいですか?」
「ま、まぁ……じゃあ、とりあえずお席にご案内しますね」
そうして、俺は個室へ案内した後、飲み物のオーダーを運ぶ。
「それで……どうなされたんですか?」
女性は、オレンジジュースを一口飲み込むと、口を開く。
「あの、詐欺にあっちゃって……貯金全部消えて、家ももうすぐ追い出されるんですけど」
「あはは、ちょっと待ってください?」
(思ったより、ずっと深刻な問題ぃぃぃい!!)
笑顔の裏に、嫌な汗が溢れる。
テストは嫌いですけど、テストの日は割と好きですね。早く帰れるんで。
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