第7話 今日もかわいいと言わせたい
「――おつミウでした! また明日ね、約束だよ」
配信終了ボタンをクリックし、モニターのブロードキャスト表示が消えるのを見届ける。
自室に静寂が落ちてくるのと同時に、私はヘッドホンを首へと下ろした。
本日の配信は、視聴者参加型の心理テスト&雑談枠、計一時間三十分。
同接――同時接続者数は、過去最高の三百二十人を記録した。
チャンネル登録者数も、もうすぐ千二百人に届こうとしている。
個人勢の新人VTuberとしては、順調すぎるほどの成長曲線だ。
「ふぅ……さてと」
私は椅子の背もたれに体を預け、卓上のスマートフォンを手に取った。
配信終了後のルーティンは二つある。
一つはアーカイブ点検による減点法反省会。
そしてもう一つは――SNSでの感想エゴサーチという名の、加点法収穫祭だ。
Xの検索窓に、『#星祈ミウ』と打ち込み、最新タブを更新する。
画面をスクロールしていくと、リアルタイムで星見守たちの感想ポストが次々と流れてきた。
『今日もミウちゃんの配信で一日生き延びた』
『声の透明感がガチで浄化される』
『可愛すぎてスクショの手が止まらんかった』
「うんうん、ありがたいねぇ……」
頬が緩む。褒められて嬉しくない人間などこの世にいない。
けれど――私のスクロールの手は止まらない。
私が本当に求めているのは、単なる定型文の「可愛い」ではないのだ。
さらに画面を下へとスワイプしていく。
そして――ある一つのポストの前で、私の指がピタリと止まった。
『今日の心理テスト、32:15の「ミウのこと、どう思ってるか当ててみせよっか?」のところ見返してるんだけど、あの瞬間の首の傾げ方と上目遣い、あざとすぎて鳥肌立った。語尾を抜いたあとの0.3秒の沈黙、完全にオタクを殺しに来てる。プロの仕業だろこれ……』
「…………っ!」
自室の天井を仰ぎ、私は声にならない快哉を叫んだ。
心の中で両腕を突き上げ、全力のガッツポーズを決める。
「そう! そうなの! よくぞ気づいてくれました!!」
手帳を開き、今日の配信計画メモを確認する。
そこには赤ペンでこう記されていた。
『32分付近の心理テストの問いかけ:小首を斜め十二度に傾け、語尾を切った直後に0.3秒だけ息を止めて視線を固定する(緊張感と期待感の演出)』
完璧だ。
狙い澄まして放った矢が、リスナーの眉間に寸分の狂いもなく深々と突き刺さっている。
私が欲しいのは、これなのだ。
ただ適当に愛嬌を振りまいて得た好意ではなく、私が一ミリ単位で設計し、肉体と喉を酷使して実装した「技術としての愛らしさ」が、正しく観測され、理解された瞬間の全能感。
居酒屋で例えるなら、「この唐揚げうまいっすね」と言われるより、「下味にショウガ汁だけじゃなくて隠し味のリンゴ酢を数滴入れてますね? 油切れの温度管理も完璧だ」と見抜かれた料理人の快感だ。
「……って、また居酒屋の仕込み! 脳内議事録から即座に破棄!」
頭を激しく振り、おっさんの比喩を消去する。
危ない危ない。美意識の海に浸かっている最中に大衆居酒屋の暖簾をくぐりそうになってしまった。
気を引き締め直し、私はさらに検索画面をスクロールした。
だが、数百件のポストを追っていくうちに、少しだけ毛色の違う言葉が目に留まり始める。
『ミウちゃんって声からして絶対リアルも美人だよな』
『中の人の年齢何歳くらいだろ? 女子大生っぽい』
『ガワが可愛いのは絵師が神だから当然として、中の人の顔バレないの?』
「…………」
私の指先が、わずかに冷たくなった。
悪意があるわけではないのだろう。
ネットの海に漂う、無邪気で、雑な好奇心。
けれど、その言葉を目にした瞬間、胸の奥に冷たい棘がチクリと刺さるのを感じた。
(……中の人、か)
私は手鏡に目を落とした。
そこに映っているのは、黒髪セミロングの女子高生・雨宮澪だ。
世間一般から見れば、十分に可愛い容姿をしているのかもしれない。
けれど、私が届けたいのは「雨宮澪」じゃない。
雨宮澪なんて、ただの偶然の器であり、ノイズでしかないのだ。
私が命を削って磨き上げているのは、星祈ミウという祈りそのものだ。
花守しずく先生が描いてくれた至高の器に、私が魂を注ぎ込み、一秒一ミリの技術で成立させている、純度百パーセントの虚構。
それを「ガワ」と呼び捨てにされ、中身の生身ばかりを詮索されるのは――私のすべてを否定されたような、奇妙な居心地の悪さを覚える。
「……私は、数字が欲しいわけじゃないんだ」
誰でもいいからチヤホヤされたいわけじゃない。
ただの消費物として、雑に消費される都合のいい記号になりたいわけでもない。
私が選び、創り出したこの「星祈ミウの可愛い」を、世界に正しく突き刺したい。
この祈りの価値を、解る人にだけ、深く、永遠に刻みつけたいのだ。
スマホを伏せ、私は大きく息を吐いた。
画面の向こうには、私の設計に気づいて悶絶してくれた星見守たちがいる。
そして何より、この姿を産み落としてくれた花守しずく先生がいる。
「……うん」
私は顔を上げ、モニターの中のミウを見つめた。
雑音なんて気にしている暇はない。
今日、私の意図を正確に受け取ってくれた人が一人でもいたのなら、今日の私は勝ったのだ。
なら、明日はもっと解像度を上げてやろう。
どんな雑音もかき消すくらい、圧倒的で完璧な愛らしさで、みんなを夢中にさせてみせる。
けれど――同時に私の胸には、小さな切なさが芽生えていた。
この大切で、かけがえのない、私の小さな居場所。
この温かい空間を、私はいつまで、どうやって守り続けていけるのだろうか、と。




