↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/29

第18話 それでも、私の武器で

 深夜一時。

 静まり返った自室で、私は大型ヘッドホンを首にかけ、反省ノートの罫線を見つめていた。


 ペン先が走る。

 カチカチと時計の秒針が刻む音だけが、机の上の淡い明かりに溶けていく。


 【コラボ配信・セルフ採点シート】

 ・トークのアドリブ返答力:十五点(時差発生、ツッコミの遅延、話題の展開についていけず)

 ・状況判断およびゲームサポート:八十五点(索敵とギミック誘導は予習通りに機能)

 ・リアクションおよび表情管理:九十二点(新表情差分および悲鳴の周波数コントロールは満点近い効果を発揮)


「……惨敗、とは言わないけれど」


 手帳に走らせた赤ペンの文字を見つめ、私は小さく息を漏らした。

 スマホを手に取り、Xでコラボタグのエゴサーチを開く。

 タイムラインには、配信終了から一時間が経った今も、たくさんの感想が溢れ返っていた。


『ユイカとミウちゃんのコラボ最高だった!』

『ミウちゃんの声、ガチで癒やされる……アーカイブ見直してる』

『思ったよりずっと礼儀正しくていい子だったな。ゲームも上手いし』

『ユイカがガンガン突っ込んでミウちゃんがオロオロ照れてる構図、一生見てられる』

『チャンネル登録した! 次のソロ配信絶対行く!』


 好意的な言葉ばかりだ。

 相手の先輩リスナーたちからも、概ね温かく受け入れられている。

 登録者数も、コラボ配信の開始前からさらに千五百人ほど増え、一万三千五百人を突破していた。


 数字だけを見れば、大成功だ。

 個人勢の新人として、これ以上ないほどのロケットスタートを切ったと言えるだろう。


 けれど――胸の奥に残ったチクチクとした痛みは、数字では埋められなかった。

 ピロン、とDiscordの通知音が鳴る。

 画面を見ると、橘ユイカ先輩からのメッセージだった。


『ミウちゃん、今日はお疲れさまでした!

 急な誘いだったのに、ゲームも予習してきてくれて本当にありがとう!

 ミウちゃんね、反省とかしてない? 「あんまり喋れなかった」とか思ってないかなって、ちょっと心配で!』


「…………っ」


 画面を見つめたまま、私の指が止まる。

 見透かされていた。

 あの明るい笑顔の裏で、先輩は私の内心の焦りや緊張を、すべて正確に見て取っていたのだ。


『あのね、ミウちゃん。配信の回し方とかツッコミなんて、慣れれば誰でも後から身につく技術だよ。

 でもね、ミウちゃんが持ってるあの圧倒的な可愛さと、画面の空気を一瞬で綺麗にしちゃう存在感は、誰にでも真似できるものじゃないよ。

 今日、私のリスナーがどれだけミウちゃんに夢中になってたか、数字見れば分かるでしょ?

 ミウちゃんはね、そのままでめちゃくちゃ強い武器を持ってるんだよ。自信持ってね!』


「先輩…………」


 画面の文字が、じんわりと滲む。

 優しい人だ。

 本当に、心から後輩を思いやり、背中を押してくれる本物の先輩だ。


 さらに、もう一通。

 花守しずく先生からも、短いメッセージが届いていた。


『ミウちゃん、コラボお疲れさま! リアタイで見てたよ。

 ユイカちゃんの元気な声の隣で、ミウちゃんの銀髪とショールが本当に綺麗に輝いてた。

 誰の隣にいても、ミウちゃんは世界で一番愛らしい星祈ミウだったよ』


「……ママ」


 スマートフォンの画面を胸に抱きしめ、私は深く息を吐き出した。

 張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けていく。


 私は何を怯えていたのだろう。

 町中華の猛烈な火力と中華鍋の音に圧倒されて、自分が丹精込めて煮込んできたフレンチの澄んだコンソメスープの価値を、自分で否定しかけていたんじゃないか。


「……って、深夜の厨房で出汁の味見しながら反省する元おっさん料理人目線! 脳内議事録から即座に抹消!」


 手鏡を引き寄せ、すっぴんの女子高生――雨宮澪の瞳を見つめた。

 もう、瞳に揺らぎはなかった。


 橘ユイカ先輩の持つ、圧倒的なトーク力やアドリブ力。

 それは今の私にはないものだし、これからも貪欲に学んでいかなければならない課題だ。

 可愛いだけでは回せない現場があるという現実は、しっかりとノートに刻み込んだ。


 けれど――だからといって、私がこれまで積み上げてきたものを捨てる必要なんて、どこにもないのだ。


 一ミリの妥協もなく設計されたLive2Dの挙動。

 語尾のミリ秒単位の残響。

 サムネイルの一ピクセルの余白。

 そして、花守しずく先生が魂を注いでくれた、息を呑むほど美しい星の姿。


 私の武器は、精密に作り込まれた『究極の可愛さ』だ。

 誰かに笑われようと、どれだけ不器用だと言われようと、私はこの武器を信じて磨き続ける。

 それこそが、雨宮澪が前世から夢見続け、星祈ミウとして選び取った、唯一無二の生き方なのだから。


「……うん」


 静かに頷き、手帳に最後の言葉を書き留めた。


 【結論:私は私の可愛さで、この世界に星を降らせる】


 ペンを置き、自室のカーテンを少しだけ開ける。

 東の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。


 外の世界へ踏み出した。

 見つけてもらい、他人と並び立ち、自分の小ささと強さを知った。

 あの激動のコラボの夜を越えて、私はまた一つ、確実に強くなった。


 ――けれど。

 窓の向こうに広がる東京の街並みを見つめながら、私の胸の奥で、小さく冷たい予感がさざ波を立てていた。


 一万人を超え、先輩と並び、世界に見つかってしまった星祈ミウ。

 広がっていくファンの輪の向こう側から、すでにあの無粋な視線――ガワを剥ぎ取り、中身を詮索しようとする冷たい風が、確実に近づいている。


 見られるということ。

 それは、愛される幸福であると同時に――自分の城が暴かれ、侵食されていく恐怖の始まりでもあった。


「……それでも、負けないよ」


 朝焼けの淡い光が差し込むモニターの中、銀髪の少女へ静かに語りかける。

 揺らぎの予兆を孕んだ夜明けの中で、星祈ミウは変わらない美しさで、ただ澄んだ星の光を宿していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RANKING
✨ ランキング挑戦中! ✨
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思ったら、
ページ下部の
ブックマーク追加 と ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★
で応援していただけると、
作品のランキングが上がって執筆速度が爆上がりします!
※★1個や2個からでも大歓喜します!
皆様の1票が何よりの励みになります!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。