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私を捨てた殿下が、雨の門前で「犬にしてください」と跪いています  作者: イレニス
第八章 査定その五・王冠より首輪

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41/60

第41話 合格です

一晩かけても、指輪に費目がつけられなかった。


歳入ではない。経費でもない。資産として記帳するには、あれは重すぎる。


——帳簿外。


机の上で、王家の指輪は朝の光を鈍く返している。彼が自分の指から外し、私の前に置いて、床に膝をついたまま差し出したものだ。拾いも返しもしないまま、私はそれを一晩、視界の端に置いて過ごした。台帳に載らないものを机に置くのは、性に合わない。性に合わないのに、引き出しに仕舞う気にもなれなかった。仕舞えば見えなくなる。見えなくなれば、考えずに済む。済ませたくないのだと気づいて、私はその先を数えるのをやめた。


扉が叩かれ、家令が入ってくる。


「お嬢様。評議会より正式な決議にございます。ヴェルダンテ再編国の王冠は、ロゼリア・ヴァルモンテ様に。戴冠の儀は秋分の日と定められました」


「十一家は」


「ベルクール侯は領地へ退かれました。残る十家からは、祝意の書状が届いております」


「祝意。あれだけの企てが、ずいぶん安い品目に化けたものね」


「左様でございますね」


家令の視線が、机の上の指輪に一度だけ落ちた。


「御指輪は、いかがいたしましょう。宝物庫へお戻しすることもできますが」


「そのままになさい。まだ、行き先が決まっていません」


「左様でございますね」


行き先が決まっていないのは指輪なのか、別の何かなのか、家令は聞かなかった。聞かないために雇っているような男だ。給金に上乗せしてもいい。費目、沈黙料。


家令は銀盆ごと書状を置いて、静かに下がっていった。


女王。私はその二文字を、頭の中の台帳に試しに記帳してみる。費目、国一式。担保、私の残りの人生。利率、未定。——悪い取引ではない。むしろ買い叩いたくらいだ。胸の奥で何かが鳴った気がしたが、あれは算盤の音だと思うことにする。


午後、彼を呼んだ。


セドリック・ヴェルダンテは執務室の中央に立ち、深く礼をした。指輪のなくなった手は、不思議と前より落ち着いて見える。失くしたのではなく、置いてきた手だからだろう。


窓辺から、灰色の縞が音もなく降りてきた。陛下は床を横切り、彼の足元で立ち止まると、長靴の匂いをひとつ確かめ、それから——丸くなった。彼の、すぐ横で。


踏み台ではなく。通り道でもなく。


値踏みが終わった、ということらしい。陛下の査定は私より三日早い。


「……動いてよろしいでしょうか」


「お待ちなさい。陛下の御前です」


彼は本当に動かなかった。猫一匹のために直立を続ける元王子。仕立てのいい上着の裾に灰色の毛がつくだろうが、あれは経費で落とそう。費目、外交。


「殿下」


「はい」


「あなたは王冠を、ご自分の手で外しました。誰に命じられたのでもなく、選んで」


「はい」


「査定の結果を申し上げます」


昨日のあの広間を思い出す。十一家の建言を、彼は公衆の面前で潰した。この国を救ったのは彼女だと言い、自分は後ろで守ると言い、指輪を外して膝をついた。あの場の誰も、彼にそれを命じていなかった。私さえも。


命じられてできることなら、犬でもできる。命じられずに選ぶことは、王にしかできない。彼は王にしかできないやり方で、王であることをやめてみせた。


採点に迷う余地はない。迷っているのは、採点とは別の場所だ。


私は立ち上がった。机を回り、指輪をひとつ挟んで、彼の正面に立つ。灰青の目で、まっすぐに見る。彼は逸らさなかった。昔は三秒と保たなかった目だ。


「合格です」


言ったとき、自分の声が思ったより柔らかい場所から出たので、少し驚いた。台帳のどの頁から出た声なのか、すぐには探せない。探さないことにする。


「……ありがとうございます」


「勘違いなさらないで。合格は合格、それだけのことですわ。その先のことは、まだ何も申し上げておりません」


「はい。待ちます」


「いつまで、とは聞かないのね」


「あなたが決めることです」


足元で、陛下が前脚を胸の下に畳み直した。香箱。長期戦の構えだ。お前まで待つ側に回るのか、と思う。雇い主は私のはずなのだけれど。


短い答えだった。短い答えのくせに、利息だけがやけに長く残る。私はそれを、どの欄にも書かずにおいた。書けば確定してしまう。確定させるのは、わたくしの仕事のうちで、いちばん急がなくていい項目ですわ——と、誰に言うでもなく胸の内の口調だけ整えて、私は机に戻った。


秋分の日、私は女王になる。国を作り替え、法を引き直し、十一家の残した帳尻を合わせる。やることは山ほどある。彼の処遇という、いちばん厄介な未記帳も含めて。


合格、と言ったとき、猫が彼の隣で目を閉じた。


——私の猫は、人を見る目がある。

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