第25話 報酬のない忠誠だけが
人を試すとき、胸の奥がわずかに冷える。
この冷たさを、私はどの費目にも起こせずにいる。起こせない支出ほど、あとで高くつくと知っているのに。
それでも今朝、私は査定その四を出すと決めていた。
執務室に呼ぶと、セドリックは定刻の三分前に立っていた。元王子は遅刻という負債を二度と計上していない。優良。だが優良では足りないのが、四つ目の査定だ。
朝、家令には先に告げてあった。査定その四は意地が悪うございますね、と言うかと思えば、彼は盆の上の茶器を一度も鳴らさずにこう答えた。
「左様でございますね。お嬢様の帳簿は、いつも回収に三年かかる費目から始まりますので」
褒められたのか査定されたのか、判別のつかない返事だった。判別のつかない経費は、ひとまず雑費に放り込むことにしている。
「査定その四を申し渡します」
私は書類を三枚、机に並べた。
「一。ヴェルダンテの慈善院。先の混乱で屋根が落ち、運営資金は持ち逃げされました。再建なさい。資材の調達から職員の確保まで、すべて」
「承知いたしました」
「二。王宮の混乱で職を追われた侍女が十一名。全員の再就職を手配なさい。紹介状の文面まで、あなたが書くのです」
「承知いたしました」
「三」
ここで私は一拍置いた。三枚目の書類には、名前がひとつだけ書いてある。
「リュシー・メルロー男爵令嬢。後ろ盾を失い、王都で立場をなくしています。保護なさい」
セドリックの喉が、わずかに動いた。
当然だろう。あなたが選び、あなたの転落と一緒に社交界の床へ落ちた人だ。彼女の罪状を探した者は大勢いたが、見つけた者はいない。男爵家の娘がひとり、差し出された手を取った。記録できる事実はそれだけで、それは罪ではなく、ただの取引履歴だ。台詞ではなく骨で答える男になった。査定二の成果だ——これも台帳に記してある。
「承知、いたしました」
「言っておきますが、これは罰ではありませんわ。彼女は何も盗んでいない。盗まれた側を放置する帳簿は、帳簿の名に値しないというだけのこと」
私は羽根ペンを置いた。
「そして条件。わたくしは見に行きません。褒めもしません。報告書は受け取りますが、花丸はつけません」
灰青の目で、私はまっすぐ彼を見た。
「報われない仕事、見られない仕事。世間ではこれを損と呼びます。わたくしの帳簿では別の費目ですの。名目は——忠誠の原価」
「……原価、ですか」
「そう。称賛で回収できる忠誠は、忠誠ではなく投資ですわ。投資なら誰でもしますの。王都の貴族が朝食より熱心にやっていることです」
彼は黙って立っている。問い返しもしない。立ったまま、三枚の書類を順に見ていた。慈善院、十一名の侍女、ひとりの男爵令嬢。どれも勲章にならない。どれも夜会の話題にならない。私はそういう仕事だけを選んで、机に並べた。意地が悪いと家令は言わなかったが、私自身は言う。意地が悪い。だからこそ計測に向いている。秤は、載せる者にやさしくあってはいけない。
「最後に、もう一件」
私は足元を示した。陛下が、いつの間にか絨毯の中央に座している。灰色の縞をまとった小さな君主は、琥珀の目を半分だけ開けて、新しい使用人を値踏みした。
「陛下のお世話も、あなたの職務に加えます。朝の食事、水の取り替え、日向の確保」
「……心得ます」
「ただし触れてはいけません。嫌がったら下がりなさい。撫でる権利は給与に含まれておりませんの。あれは陛下が気まぐれに下賜なさる、課税対象外の恩賞です」
陛下が尻尾の先だけを一度、床に打った。聞いている、続けろ——と私は翻訳した。
「日向の位置は午前と午後で変わります。陛下より先に最適地を見つけて整えておくのが理想。ただし先回りが過ぎれば不興を買います。匙加減はあなたが学びなさい」
「……日向の、匙加減を」
「ええ。国の舵取りより難しくてよ」
陛下が前脚を揃え直した。異論はない、という閣議決定だった。
「猫の世話と男爵令嬢の保護が同列なのか、と顔に書いてあります」
「いえ」
「同列です。どちらも、あなたのことなど見ていない相手ですもの」
セドリックは書類を三枚、両手で受け取った。深く一礼して、何も弁明せず、部屋を出ていった。扉の閉まる音は静かだった。
陛下が机に飛び乗り、決裁箱の上に収まる。執務の中断を命じる勅令だ。私はペンを置いて、窓の外を見た。
慈善院の屋根。十一通の紹介状。誰にも見られない場所での、誰にも数えられない労働。
人は観客がいるとき、いくらでも善良になれる。値札のついた善行なら、私は山ほど見てきた。だから四つ目の査定には、報酬欄を作らなかった。空欄のまま働けるかどうか——それだけを、私は遠くから帳簿につける。
報酬のない忠誠だけが、本物ですわ。




