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よくできました、殿下。そこまで反省なさったのであれば、特別に私の犬にして差し上げます。  作者: イレニス
第五章 査定その三・代わりの椅子

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第20話 探せるものなら

冬の終わりの風は、忘れた頃に届く請求書に似ている。


開封する前から、中身の見当だけはついている。


ヴェルダンテ王宮が私の住所を思い出すまでに、一年と九ヶ月かかった。私が十年で築いたものを失うのに一年、その損失の原因を私の名で書き直すのに、さらに九ヶ月。


使者は正式だった。王家の紋章入りの馬車、絹の上着、完璧な角度の礼。応接間に通すと、彼は書状を恭しく広げた。儀典長の格。俸給は前例の倍。住居も爵位も望みのままに。帳簿に載せるなら費目は「破格」——つまり、相場を知らない者が付けた値段である。


「ロゼリア・ヴァルモンテ様。王宮は、あなた様のご帰還を切に願っております」


「お断りいたしますわ。わたくし、いま勤め先に満足しておりますの」


使者は瞬きもしなかった。断られる前提の第一声だったらしい。彼は懐から別の紙を取り出し、数字を並べ始めた。


「王宮主催の夜会は、往時の三分の一に減りました。儀礼の不備に対する諸外国からの抗議は昨年だけで十四件。式典予算の超過は三年連続。このままでは王家の格そのものが——」


数字で来たか、と私は思った。それなら、土俵はこちらのものだ。


「立派な数字ですわね。では一つだけ伺いますわ。——私の後任を、何人お試しになりました?」


使者の喉が、小さく上下した。


「儀典の専門官をお二人。外務から一人。それから元女官長をお一人。どなたも三月もたなかった。違いまして?」


「……なぜ、それを」


「人事というものは、官報より社交紙のほうが詳しいんですのよ。専門官のお一人は着任二月で胃を悪くして領地へ。外務の方は隣国の席次を一段間違えて、それが例の十四件のうちの三件。元女官長は派閥の挨拶回りの順番で躓いた——社交紙はそこまで書いてくれましたわ。官報は『一身上の都合』の六文字でしたけれど」


使者は書状の端を握り直した。紙が、わずかに鳴った。


「四人試して、四人とも三月もたない。それは後任の能力の問題ではございませんでしょう。椅子の形が、最初から一人分ではないのですわ」


私は一つの仕事をしていたのではない。王宮という古い建物の、隙間という隙間を埋めていたのだ。儀礼と外交の継ぎ目、財政と社交の継ぎ目、派閥と派閥のあいだを通る隙間風。隙間は役職表に載らない。載らないものは、引き継げない。


使者は最後まで礼を尽くし、返答の余地を残す言い回しで辞去していった。優秀な人だ。優秀な人を伝令に使い潰す癖も、あの王宮は十年変わっていない。断られるための旅費はどの費目で落ちるのだろう。他人事ながら、帳尻の合わない伝票を見たときと同じ冷たさが胃の底に降りた。


玄関で家令が見送った。馬車の扉が、冬枯れの庭の端まで届く音で閉まった。


「申し訳ございません。手が滑りました」


「四十年勤めて、初めて聞く言い訳ね」


「左様でございますね。冬の蝶番は固くなるものでございます」


「春になっても固いままでしょうね、あの扉は」


「左様でございますね」


私の代わりに腹を立てるのは、この家ではこの人の職分である。給金の内訳に書いてはいないが、帳簿というものは書いていない行ほど大事にできている。


陛下が窓枠から音のしたほうを一瞥し、すぐに丸くなった。猫の決裁は早い。


「セドリック。廊下にいるのでしょう」


扉の向こうで衣擦れが止まり、やや間を置いて、元王子が姿を見せた。盗み聞きは犬の仕事のうちだから、咎めはしない。


「全部聞いていたわね。なら話が早いわ。査定その三を出します」


彼は背筋を伸ばした。


「王宮は私を呼び戻したがる。私は戻る気がない。——あなたが、私の代わりを探しなさい」


「……代わり、ですか」


「儀礼、外交、財政、社交、派閥。五つを担える人間を。一人でなくてよろしい、組み合わせでも構いませんわ。期限は一月」


彼はしばらく黙っていた。怒鳴る男なら扱いが楽だったろうに、この犬は黙って考える。窓の外で、解けかけた雪が屋根から落ちる音がした。


「確認させてください。それは、王宮のためですか」


「私のためよ。代わりが立てば、王宮は二度とこの家の扉を叩かない。静かな春は安くないの」


「率直に申し上げます。部品の名前なら、いくつか挙げられます。儀礼ならドーレ伯、財政なら出納局の次官。ですが、それを組み上げて回す一人が、思い当たりません」


「『いない』と口で言うのは、誰にでもできるわ」


「承知しています。王宮中を歩いて、名簿を繰って、それでもいないと申し上げられたなら、それは弁明ではなく調査の結果です。——お受けします」


よくできました、とは言わなかった。査定の途中で点を付ける儀典官はいない。


一礼して下がる背に、私は声を掛けた。


「探せるものなら、探してごらんなさい」


見つからないことを、私は知っている。答えのない問いを渡して、彼がどこまで歩くかを見る——我ながら意地の悪い査定だ。


けれど、王宮が十年のあいだ私に出し続けた問いも、だいたいこんな形をしていた。

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