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よくできました、殿下。そこまで反省なさったのであれば、特別に私の犬にして差し上げます。  作者: イレニス
第三章 査定その一・完璧の値段

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第13話 再提出・余白の一文

雨の名残が窓硝子を伝う夜だった。約束の二日目。燭台の芯を切りながら、私は扉の音をひとつも聞き逃すまいとしていた——締め日でもないのに、耳が勝手に勘定を始めている。


借方に二日。貸方に、まだ何もない。二日前、不合格の三枚目を突き返したとき、彼は「二日ください」とだけ言った。期限を自分から切る人ではなかったはずだ。少なくとも、十年前に私が知っていた王子は。


ノックは三度。刻限ちょうど。早くも遅くもない。約束を守る音というのは、こんなに静かなものだったかしら。


「再提出に参りました」


セドリックは入室するなり、絨毯に膝をついた。許した覚えはないけれど、止める言葉より先に、彼の手が目に入った。右手の関節が割れている。剣だこの隣、ペンだこのさらに隣で、裂けた皮膚に血の筋が乾いていた。


「その手はどうなさったの」


「行商の馬車に同乗しました。荷下ろしを手伝うのが、同乗の条件でしたので。南方伯家の社交記録を、自分の足で洗い直して参りました。——文では足りないと学んだので、この足で確かめました」


弁明の調子はなかった。報告だった。あなたが学んだのは紙の上の二日ではなかったらしい、と私は黙って勘定する。差し出された紙束を受け取ると、三枚目が新しい紙に書き直されていた。インクはまだ若い。けれど字は、急いだ字ではなかった。


旧予定帳、十八ヶ月前の三月。南方伯家の老夫人の葬列の前夜、私が余白に書き足した弔意の一文。あのとき誰にも読まれなかった一文を、彼の字はこう読んでいた。


『王家は当年、南方伯家への弔問を怠った。この一文は、王家が落とした借りの、肩代わりである。署名はないが、貸し手はヴァルモンテ伯爵令嬢。返済の催促は、ついになされなかった』


「……正解ですわ、ここは」


声に出してから、自分の声が思ったより低いことに気づいた。正しい。初めて、正しかった。十八ヶ月、誰の目も素通りした貸し付けが、今夜ようやく帳面の上で照合された。


頁をめくる。招待状の発送順の余白には、各家の格と前年の貸し借りまで添えてある。なぜ格下の家へ先に出したのか——あの春、私が誰の機嫌を先に買っておく必要があったのか——順番の意味まで、過不足なく拾われていた。茶葉の銘柄替えの行には、南方の不作と価格の動きが、行商から聞き取った日付つきで書き込まれていた。聞き取りの足跡が、関節の傷と同じ数だけ並んでいる気がした。


「街道は悪路でした」と彼は言った。「あなたが机の上であれを書いていた季節も、たぶん」


問われてもいないことを言う。けれどそれは弁明ではなく、検分の続きのように聞こえた。私は答えず、次の頁をめくった。


「殿下。その手当ての費用は、査定経費に計上いたしませんわ。自費でなさい」


「承知しています」


即答だった。値切りもしない男になった。


最後の頁。課題の範囲は、そこで終わっているはずだった。けれど余白に、課題外の字があった。報告の字ではない。誰かに提出するつもりのない、彼自身の字。


『私は、彼女の文字を読んでいなかった。だから、彼女の仕事も読めなかった』


二行。宛先がない。日付もない。査定の対象にもならない。それなのに、三枚の課題のどの行よりも、書き直された跡がなかった。一度で書かれた字だった。


インクが一箇所、滲んでいた。雨のせいかもしれない。馬車の幌は、きっと完全ではなかっただろうから。私はどちらなのか、確かめなかった。滲みの上に指をかざして、触れずに、頁を閉じた。


帳簿外。


「採点は」と、彼が顔を上げる。


「明朝ですわ。灯りの下の採点は、目が甘くなる。……朝の光で、もう一度読みます」


「はい」


それだけ言って、彼は一礼し、退がっていった。割れた関節の手で、扉を静かに閉めて。足音が遠ざかるまで、私は燭台のそばから動かなかった。


紙束を揃え、文箱に納めて、鍵をかけた。整えはしない。整えるとは中身をもう一度読むことで、今夜もう一度あの余白を読めば、明朝の採点者の目が使いものにならなくなる。採点者は淡白でなければいけない。少なくとも、朝までは。


鍵を帯に戻して、燭台の火をひとつ落とす。暗くなった分だけ、窓の外がよく見えた。雨はもう上がっていた。濡れた石畳が、月のない空の薄明かりを律儀に映している。あの幌馬車も、今ごろどこかの軒先で乾いているのだろう。


明朝、私は採点者に戻る。点をつけ、足りない行を数え、淡白に読み上げる。それが私の職分で、職分の外のことは記帳しない。


読まれなかった文字が、初めて読まれた夜だった。——十八ヶ月と十年、遅かっただけの。

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