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代理屋  作者: 終夜烏
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第二希望で出していた土曜の午後10時、俺はドーナツで有名なフランチャイズカフェの2階席の奥まったボックス席にいた。目印としてしていたアイスコーヒーとストロベリードーナツと抹茶のドーナツをテーブルの上に並べて。席の指定は、代理屋エージェンシー側からの指定だった。曰く、「窓際ではない2階席に、俺が事前に選択したメニューを並べて置いてほしい」と言う。言われて出向いてみれば、2階の奥側の席は全てボックス席だった。

店自体には少し早く着いたものの、土日の混雑ゆえに少々、手間取り、席を確保したのは10時のわずか5分前だった。間に合っただろうか、もしや、相手の方が既に入店していて、違う席に座っていたりするのではないだろうか、と不安を覚えながら待つ事、約15分。待っている間に何人かの客が2階席に上がってきていて、その度にそちらを気にしては、待ち人ではない事に気付いて視線を逸らしていた。そんな中やってきたのは、細い印象のサラリーマン風の男だった。

手には店のトレー。その上には、アイスコーヒーとストロベリードーナツと抹茶のドーナツ。そして何より、オーラが「同じ」だった。

男と目が合ったので会釈をする。それで察したらしく、男はまっすぐにやってきた。

「失礼します。均水さんでしょうか?」

「その確認、要る? 初対面じゃないのに」

「……何の事でしょうか」

「あんた、この前の飲みの時、多田だった奴だ。姿は変えられても、オーラが同じだから分かるよ」

言えば、立ったままだった男は一瞬目を丸くし、そして笑った。

「――なるほど、本物ですね」

「河合玲人もあんた? その顔が本物? っていうか、もしかして代理、」

「その質問には、ひとつずつお答えいたします。ですが、私だけが情報を開示するというのは、些かフェアではないのではないかと思っています。ですから、交換条件、という事にいたしませんか?」

「交換条件?」

「ええ。均水さんの聞きたい事ひとつに答える代わり、私の質問にひとつ答えていただく、という事でいかがでしょうか?」

手を付けられないままのアイスコーヒーは、上の方の色が少しだけ薄まり始めていた。

聞きたい事はいくつもある。オーラの色が同じなのに姿形を全くの別人にする方法、とか、そもそも河合玲人との関係があるのかどうか、とか、代理屋エージェンシーの事についても。対して、目の前の男の目は凪いでいて、興味とか関心とかいう感情は読み取れなかった。俺に対して疑問があるとすれば、オーラが見える理由くらいではないだろうか。とすれば、ひとつかふたつの質問に答えてもらった時点で「こちらはもう質問がありません」とか何とか言って、会話を打ち切られる可能性もある。そう気づいて、頭の中で優先順位を付けながら是を返した。

「ありがとうございます。答えられないご質問には、拒否をしてくださっても結構ですので」

それはつまり、男の方も答えられなければ拒否を発動するという事なのだろう。随分と良心的だな、とは思った。

「――まずは、あんたの正体を教えてほしい」

一番、答えにくそうな質問を投げかけてみる。すると男は、アイスコーヒーをひと口、啜って「そうですね」と呟いた。

「その質問に答えるには少々、席を外す必要があるのですが宜しいでしょうか?」

「……あ、はい……?」

答えれば男は席を立った。そのまま2階のカフェスペースから出て行ってしまった。

――本当に戻ってくるのだろうか。このまま逃げられてしまう可能性もあるのではないだろうか。

アイスコーヒーを啜り、ドーナツを齧りながらそう気づいたが、もう彼は行ってしまった後。彼を信じて待つしかない、と。

「……は?」

待つ事、数分。その間、人の出入りがなかった2階へ人が上がってきた。パンツスーツ、否、見覚えのあるスーツを着た女の子がひとり。手には何も持っていなかった。そして彼女のオーラは、河合玲人、あるいは偽物の多田、あるいは代理屋エージェンシーの社員と同じだった。

川村(かわむら)待音(まちね)です。……初めまして」

俺の座る席まで来た彼女は、微笑むことなく淡々とした様子で向かいの席に着いた。

俺は代理屋エージェンシーの社員としてやってきていた男に「正体を教えてほしい」と言った。その結果として彼女――川村待音とやら、で来た、という事は、つまり彼女が河合玲人であり、偽物の多田であり、代理屋エージェンシーの社員の男だったのだろう。実際にそれらと彼女のオーラは一致していたし、代理屋エージェンシーの社員の男が着ていたスーツ、締めていたネクタイと同じものを彼女が着ている。

「女の子、だったんだ……?」

限りなく中性的で、髪もショートボブ、というのだろうか、短めに整えられている。ただ、肩幅や身体の厚みが女の子のそれだった。

「それは質問ですか?」

問われ、慌てて首を横に振る。まだ彼女のひとつめの質問すら聞いていないのに2回目の質問、しかも予定にない質問をして機会を消費するわけにはいかない。

「それでは私から質問を」

「……どうぞ」

どんな質問をされるのか、と思いながら彼女の発言を待つ。が、彼女は考える素振りもなく声を発した。

「代理屋エージェンシーは、多田さんから教えてもらったんですか?」

「は?」

想像していたものとは全く違った問いが投げかけられて、思わず目を丸くした。もっと重要な事――オーラが見える体質について、だとか、詳細なプライバシーだとかについて聞かれるものだとばかり思っていたのに、と。

「他言無用、宣伝不要、が契約に盛り込まれていますので。多田さんからお聞きした、とすると、契約違反になります」

「……だとしたら、どうなる?」

「質問ですか?」

返された言葉で気付く。案外、思っているよりも聞きたい事が聞けないかもしれない、という事に。彼女は、かなり頭が回るようだ、と。

「……質問で良い」

「では。多田さんの契約違反という事になりますので、今後、多田さんからの依頼をお受けする事ができなくなります」

その答えに少しだけホッとする。多田本人とは、代理屋エージェンシーの情報を聞く時に会っただけだが、彼自体、真面目で悪い奴ではなさそうだった。その彼に、契約違反として何かしらの金銭的負担などが及ぶのは心苦しいな、と思ったからだ。が、契約違反のペナルティが今後の利用停止であるのなら、さほどの迷惑にはならないだろう。彼もそれを理解して教えてくれたようだったし。

「それでは、こちらからの質問を。あなたは個人をオーラで見分けているの?」

「いや。普段から「重なっている」から。ちゃんと顔とか声で見分けてるよ。便利なのは、学園祭とかでとんでもない格好をしてても知人を見分けたり見つけたりできるのと、双子を見分ける時と、君みたいな奴がすぐ分かる事くらいじゃないかな」

「……そうですか。では質問をどうぞ」

待音は、ほとんど表情を変えずに次を促す。急かされているような気がして少々、早口に「河合玲人も君なの?」と聞いた。

「河合玲人は、私です」

「…………」

断言されて反応に困る。見た目にも華奢で、女性だと分かる待音と河合玲人が、頭の中でイコールにならない。そもそも、多田の体格とも、代理屋エージェンシーの社員の身長とも彼女の体格は全く違うのだが。それはもはや変装とか仮装のレベルではなく「変身」と言っても良いくらいの変わりようで。

「……河合のマネージャーも知らない事項なので、絶対に誰にも話さないでください。もちろん、代理屋エージェンシーとの関係も、です」

「言わないし、言ったところで誰も信じないだろ、そんな事」

「…………そうですね」

一瞬、ほんの微かに、待音の表情が変わった気がした。人形かロボット、精巧なアンドロイドみすらある無表情ではなく、人間らしい反応。その表情の意味までは、あまりにも微かすぎて読み取れなかったけれど。

「先ほど、双子を見分ける時にオーラを見る、というような旨の話をしていましたが、双子のオーラは似ていますか?」

「似てる事もあるし、似てない事もある。あ……子供の頃の方が似ている双子が多かったっかも。少しずつ、色だったり割合だったりが変わっていってるのかな」

「なるほど」

彼女の返事は素っ気ないので、次の質問に移っても良いのか、未だ留まっていた方が良いのかの判断がし辛くて、つい黙ってしまった俺と、あまり会話のキャッチボールが上手くない様子の待音の間で沈黙が流れる。「どうぞ」と促されて、今度は俺が喋るべきところだったのだと知った。

「河合玲人のマネージャーさんは、君が女の子である事も、代理屋エージェンシーを運営している事も知らない?」

「そうですね、知りません。知っても見分ける事ができないだろう、とも思っていますが。トラブルを避けるために、一応」

「芸能人に成りすましてほしい、って依頼とか、ないの?」

「質問ですか? それに関しては、守秘義務がありますので黙秘を行使します」

話す内に、彼女の人となりが徐々に分かり始めていた。彼女が無愛想なのは、俺を警戒しているわけでも緊張しているわけでもなく、「素」の彼女であるらしいという事、淡々とした話し方も、わざとそうしているわけではないらしい事を、俺は察していた。あと、彼女も悪人ではなさそうな事も。

「双子のオーラが似ていない、あるいは似なくなっていく、という事は分かりましたが、家族や血縁で、オーラに似た傾向が出たりはしますか?」

「……似ている人もいるし、似ていない人もいるかな……」

そもそも俺は、オーラについて聞かれる事を覚悟していた。といっても「オーラが見える体質について」の質問であって、「どんなふうにオーラが見えているのか」を聞かれるとは思っていなかった。彼女の質問が思ってもいない所に進んでいくことに困惑しながらも答えていく。

「というか。オーラを見てほしい人でも、いるのか……?」

「質問ですか?」

「大きい独り言」

さすがに初対面でそこまでは心を開いてもらえないだろう、と思っていれば。

「もしかしたら、私のオーラに似ている人がいるかもしれない、いるならば知りたい、という所です。ただ、家族でも似ない場合があるというのならば、あまり期待はできませんね」

と、呟いたので、あながち外れてもいなかったのかもしれない。身内に関する事柄で、オーラで見分けてほしい人がいるのかもしれない、という推測自体は。ただ、初対面でそこまで踏み込むのは失礼なので、彼女が自主的に話すまでは流す事にした。

「河合玲人のデビュー作『檸檬スタンド』は6年前の作品で、河合玲人は当時23歳だったけど、君も河合玲人と同い年? もっと若く見えるけど」

女の子に年齢を聞くのって失礼じゃないか、って思うんだけど、と言い訳をしながら聞いたのに、彼女は恥じらう様子すらなく「今は1歳です。河合玲人は12歳からしています。均水さんの言う通り、河合の芸歴は6年ですので」と返ってきた。少々、若そうには見えていたが、同年代と思っていたので、成人ギリギリだった事に驚く。

「それでは、能力の程度については概ねお聞きしましたので、次は、その能力がご家族にもあるのかをお聞きしたいのですが」

やっと思っていた質問がやってきて、思わず喉を鳴らす。この話をするのは、家族以外ならば彼女が初めてだった。

「程度とか見える物は違うけど、父さんの家系の人は何かしら見える、って聞いてる。そう言う君のその変身能力は、家系に由来するもの?」

「…………」

言えば待音は、初めて言葉に詰まった。何か考えてでもいるのか、無表情のまま数十秒。

「――分からないんです。家族、が、いないので」

「…………?」

「物心つく前に父は失踪しました。母は心を病んで病院へ。頼る親戚も見つからず、私は施設で育ちました。だから、気が付いたらできるようになっていたこの能力が私だけのものなのか、何らかの血筋によるものなのか、私は分かりません。均水さんの家系に私のような特性を持つ一族の話は伝わっていませんか?」

特性持ち、の一族の話は、割と良くある。河童、天狗なんかの「妖怪」として知られているものを先祖に持ち、その能力を持つ一族や、吸血鬼や狼男、といった外国のクリーチャーが由来の一族もいる。特に吸血鬼などは、比較的に長寿である事や、人を惹きつける容姿を持っている事を生かして、成果が出るまでに時間がかかる研究分野や、芸能分野にいる事が多い。案外、普通の人間だと思って生きている人たちの中にも、ルーツを突き詰めたら、薄く何かの特別な血が混じっている、なんて事も良くあるらしい。その妖怪や怪物、怪人を総称して「亜人類」と呼んでいるらしいし、特に特徴の強い吸血鬼は「長命種」とも呼ばれているが、日常的には、そういう話題は避けられる事が多い。俺だって、聞かれなければ「オーラが見える」という話自体をする事もないし。

「特には。そもそも「何が見えるか」も、人によってまちまちらしいし。大本を辿れば、世の中の何もかもを見通せる能力、なんて大層なものを持ってたらしいけどね」

それも本当かどうか、と苦笑したが、彼女は真顔のままだった。

「あなたのご実家は、何の一族の血を引いているのですか?」

「――ひとつ目小僧の血を。だから、能力が出るのは片目だけなんだ。俺は左目だけ」

秘密というほどの秘密ではないけれど、あまり公にしない俺の秘密は、これ。血が薄まっているとか何とかで、千里眼とは程遠い能力しか出ないのだが、遠い遠い先祖にあたるひとつ目小僧は、隻眼であった代わり、その眼で何もかもを見通せたと聞く。その末裔にあたるらしい俺の実家は、いわゆる普通のサラリーマン家庭だ。しかし時折、俺のように、片目だけに人と違うものが見える奴が生まれる。ちなみに俺は叔母以来の能力持ちだとか。まあ、だからといって喜ばれているわけでも疎まれているわけでもない。「お前はちょっとだけ先祖返りなんだなぁ、そうかぁ」くらいの受け取られ方をしていて、普通の子供として育ててもらった。小さい頃はオーラが見える事を特別だと思っていなかったので、同級生やら友達の間で小さなトラブルになったりした事もあったのだが、その年齢相応の理解力に合わせて、祖父や父が、その左目は人と違う、隠せとは言わないが、他と違うんだという事は理解して振る舞え、と説明をしてくれ、小学5年生で、自分にひとつ目小僧の血が混じっているのだと教えてもらった。学校の図書館にある子供向けの妖怪百科で調べたら、顔の真ん中に大きな目がある、若干可愛らしい妖怪が出てきたので、恥ずかしくなって、人には黙っておく事にした。それ以来、人のオーラが見えるだとか、先祖のルーツがどうのだとかいう話は、俺の中でのタブーとなって、秘密となった。

両親や、実際に何かしらの「見える」能力があるらしい父方の祖父や、その妻であり理解者である祖母、能力持ちの叔母、能力持ちではないが血縁である伯父など、俺のルーツに関わる人たち自身から、血筋を隠せと言われた事は一度もないし、能力を使って厭われた事も一度もない。ただただ「そういう事もあるだろう」で済まされている。

「……君は、自分のルーツを探している……?」

「ルーツというよりは、失踪した父を。その結果として自分のルーツが判るのなら、それはそれで良いけれど、分からないのならば、分からなくても構わない、とは思ってる」

「……俺に手伝えたりしない? 写真とか、ない?」

テレビやスマートフォン、映画のスクリーンの中の河合玲人と待音のオーラの一致が見分けられたように、俺は写真や映像からでもオーラが見分けられる。それを伝えたが、待音は首を横に振った。

「写真、ないから。母とも、まともに話せる状況ではないし」

待音が、薄まったコーヒーを混ぜながら言う。ストローで口を潤すその姿は、特別な能力があるようには見えない、普通の女の子でしかなかった。

「……じゃあ、最後の質問。貴方は答えを知ってしまったけれど、それでもまだ河合玲人に会いたい?」

会って何がしたかったの、と問われ、口を開きかけて閉じる。会いたかったと思ったのは、会えそうだと思ったから。会って何がしたかったのかと問われると、月並みにサインが欲しいとか、握手がしたいとか、映画やドラマの感想を伝えたい、とか、そのくらいしか思いつかない。決して、正体を暴きたかったわけではないし、秘密を知りたかったわけでもないし、ましてや友人や知人になりたいわけでもなかった。

「出演作の感想を伝えて、握手してもらって、あわよくばサインがもらえたら良いな、くらいで……」

「……そう。それなら「代わって」くるわ。それでこの依頼はおしまい。利用料金は後ほど、メールで指定の口座にお願いします」

30分、って所かしらね、と待音が言い、席を立とうとする。その服の袖の先を、俺は思わず掴もうとしていた。

「君のままではないの?」

「だって私は「河合玲人」ではないもの。映画やドラマに出演したのも「河合玲人」であって「川村待音(わたし)」ではないの。感想を聞く権利はないわ」

「…………」

それじゃあ、さようなら。

そう言い残して、待音は去っていった。入れ替わりにやってきた河合玲人との対面は、それこそ夢のような時間だったけれど、ずっと胸に何かが引っかかっているような心地がしていた。

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