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朝の目覚めは悪い方ではない。いつも少し早めに起きて、のんびりと朝食を食べながらテレビを観たり、今日の予定を確認したりする。確認しながら、思い出したタスクや買い物の予定、友人やアルバイト先の同僚からの頼まれごとなんかを整理していくのだが、気楽な学生にそれほどの予定はないので、思考はいつも割と、明後日の方向へと飛んでゆく。例えばレポートの内容についてだったり、友人から借りたマンガの返却についてだったり、次の連休、あるいは長期休みの学習の予定やアルバイトの計画だったり。
その取っ散らかっていった思考の中でふと思ったのは、代理屋エージェンシーの川村待音の事。正確に言えば、彼女が知りたがっていた彼女の父親の事、あるいは彼女の正体について。
待音にはああ言ったが、俺だって俺の一族の事をしっかりと知っているわけではないし、他に関係のある家系がいるのかどうかについても知らない。
――次の長期休暇は実家に帰ってみようかな。
会えるかどうかは分からないが、伯母も祖父も今の所は健在だし、何か伝わっている話があれば聞いてみたいな、と思った。勿論、待音の父の話が出てくるとは思っていないのだが、待音のルーツに関係、あるいはヒントになる話が出てくる可能性があるかもしれない。もしも有益な情報が出てきた時は、再び代理屋エージェンシーのホームページから待音にコンタクトを取れば良いし。そう考えれば、あの日、待音と連絡先の交換をしておけば、スムーズに連絡がついて良かったかもしれない。
そんな事を考えながら家を出る支度を整える。時間はいつもと同じ。トラブルもなく、いつも通りに家を出る。玄関に鍵をかけようとして、今日が回収日だったゴミを台所の脇にまとめておいていたのを思い出した。一度、家の中に戻ってゴミ袋を手に提げて玄関に戻る。今度こそ玄関に鍵をかけて出ようとした所で、隣の玄関のドアが開いた。隣に誰かが住んでいるのは知っていたけれど、いつも静かだし、表札はないし、会った事もなかった。どんな人なんだろう、と興味本位で視線を向けて。
「――え」
「…………」
そこには若い男が立っていた。大学生くらいの、頭の色が明るい、少々、軽薄そうな男。だが。
「川村、さん……?」
彼のオーラは、つい先日、見た。テレビの中を含めても良いのなら、丁度、昨夜が放送日だったドラマ『シャイン・デイズ・ハニー』でも見かけたオーラの色。川村待音の色、で。
「……何してるの……?」
「守秘義務があるから答えらんねぇなぁ」
「いや、内容じゃなくて、何でここにいるの、っていう……」
「……ジブンちだけど。悪い?」
この前、会った時の待音本人とは随分と口調が違うが、それはこの姿の男の口調をトレースしているからなのだろう。
「……自宅」
「残念だけどね」
言って、待音は肩をすくめた。恐らく、この仕草もこの姿をしている男の癖なのだろう。
「隣だったんだね」
「そう。困った事に」
そう答えて待音は大袈裟な溜息を吐いた。その姿はやっぱりどう見ても、あの華奢な彼女とは別人にしか見えなくて、けれどオーラの色とパターンだけは同じで、何とも言えない不思議な感覚がする。まるで料理に見せかけたフェイクスイーツでも見ているかのような。
「……丁度、君の連絡先を聞いておけば良かったな、って思ってた所だったんだ」
「は?」
待音が、手短に話そうとしたあまり先走ってしまった俺を不快そうに見て呟く。
「……新手のナンパか?」
「は!?」
性急かつ手短だったとは自分でも思ったけれど、ナンパの自覚はなかったので、変な声が出てしまった。そもそも片手にゴミ袋を持っているナンパなどないだろう、とは思うのだが。
「……違うん?」
「違うけど!?」
いつも通りの朝は、もうない。不満顔を隠しもしない目の前の男の中身が、無愛想で華奢な少女、そして彼女が隣人だったと知ってしまったから。その彼女は推しの正体でもある。でも、だからといって何がどう、という感情は、今はない。河合玲人の演技は変わらず好きなままだけれど。きっと俺は、河合玲人の演技を好きなまま、別の人の相手をするような心地で、待音と付き合っていく事になるのだろう。だって、きっと彼女は逃げない。何となく、そんな気がしていた。




