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格好をつけているつもりはないのだが、いまいち俺は、恋愛やら彼女やらに興味が持てない。ただ、人と話すのは好きなので、名目はどうであれ飲み会は嫌いではない。金はかかるし、疲れている時は面倒臭いとは思うし、知らない奴が大半の飲み会はアウェー感が強くて苦手だけれど。
そんな俺だから、本音を言えば今日の合コンには乗り気ではなかった。仲間として良くつるんでいる篠崎が主催し、どうしても男のメンバーが足りない、と請われたから渋々、参加する事にした飲み会で、目立つつもりもなかったし、早々に切り上げて退散するつもりでもあった。が、しかし。
「――河合、玲人……!?」
少しばかり遅れていった飲み会の席上。男性側に座っていた見知らぬ男を見て俺は、思わず声を上げていた。
「は……?」
俺に言われた男から困惑の声が上がる。既に集まっていた女の子たちの視線が突き刺さっているのも感じる。けれど今、そんな事は些事だった。目の前に、俺が青春を捧げたと言っても過言ではない俳優が――厳密に言うと「オーラ」のそっくりな人物がいたのだから。
「……河合玲人……って、誰?」
女の子の1人がポツリと呟く。それに対して篠崎が「アイツ映画オタクなんだよ。多分、俳優じゃないかな」とフォローを入れている。
「え、チカ、知ってる?」
「いや、知らん」
それを聞いた女の子たちがボソボソと話をしている。俺が河合玲人と名指しした男は困惑顔で、「いや、俺、多田、だけど……?」と答えた。実際、彼は、俺が知っている河合玲人の顔とは随分と系統が違っていた。
「お前、俳優だったん?」
「違ぇわ」
仲間に問われた多田の答えを受けて、ドッと笑いが起きる。もはや俺は映画オタク、しかも相当にマニアックな俳優のファンであるらしい、という認識と、その割にはどうやら顔を覚えるのが苦手らしい、という認識ができあがってしまっていた。大変に不本意だとは思ったが、篠崎やごく一部のメンバー以外は、再び関わる事も少ないだろうし、別に女の子とお近付きになりたくて来たわけでもなく、篠崎に頼まれて頭数合わせで来ただけだから、と思って、道化に甘んじる事とした。
「均水くんの推しって、どんな映画に出てるの?」
時間が経てば経つほど、メンバーはいくつかの小グループに分かれ始める。会話の中心から外れてしまったメンバーが別の話題で盛り上がっているのに聞き耳を立て、それなりに相槌を打っていた所に、そんな声が投げかけられた。佐伯さん、だっただろうか。失礼ながら華やかさはない印象だったが、朗らかそうな女子生徒だった。
「最近のだと『月の裏側は黄色』とか。ドラマだと『シャイン・デイズ・ハニー』とか」
「『月の裏側は黄色』、私も観ました! 宮城刀貴くんが出てるやつですよね!?」
「佐伯さん? は宮城刀貴の推し?」
宮城刀貴は、人気アイドルグループ『LIONE』のメンバーで、人気は5人のメンバー中、中の上といった所。LIONE自体もかなりの人気グループで、全国ツアーやら大きな会場でのライブもしているから、知名度としてはかなりのものだと思う。実際、『月の裏側は黄色』の演出も、彼の格好良さが際立つような作りになっていたし、前宣伝でも彼が主演である事を存分に推していた。俺は原作を読んでいないので、原作と比較してどうの、という話はできないのだが、作品自体も面白く、いわゆるただのアイドル映画、という印象は受けなかった。最近のアイドルは、演技が上手い人も多い。
「LIONEだと刀貴くん推しで! 均水くんの推しの……」
「河合玲人。『月の裏側は黄色』だと、主人公がヒロインにプロポーズを決意するきっかけになった花屋の店員役」
「ああ! プロポーズするか悩んでた時に「後悔するかも、って悩んでるくらいならプロポーズしたら良い」って言った人ですね!?」
「そう、その人」
宮城刀貴が扮する主人公、渡辺トウヤが、ヒロインで恋人である有馬カナミにプロポーズしようとするも、彼女に親が決めた許婚がいると知ってプロポーズを躊躇い、それでも諦めきれずに訪れた花屋の店員、それが河合玲人だった。玲人が扮する花屋の店員が、トウヤに「どんなお花を作りましょうか」と問いかけたのをきっかけにして、トウヤは、カナミにプロポーズをしようとしたのだが悩んでいる、という話を口にする。画家の夢を追って努力しているものの、未だ芽が出ないトウヤではなく、親が決めた許婚と結婚をした方が、カナミは幸せになれるのではないか、けれど、カナミは自分にとっての運命の人だと思っている、諦めたくない、と口にしたトウヤに対し、花屋の店員が件の台詞、「後悔するかも、って悩んでるくらいなら、悩んでいる事や気にしている事も全部、言葉にして伝えたら良いと思う」とアドバイスをするのだ。その言葉に後押しされたトウヤは、花屋の作った花束を手に、カナミにプロポーズをして2人は結ばれる。物語の展開としても重要な役どころだ。
「あの店員さんのシーン、すごく好きです! あ、でも、『シャイン・デイズ・ハニー』に出ているのはちょっと分からないです……。何話目でした?」
『シャイン・デイズ・ハニー』は、『月の裏側は黄色』と違って、バディもののサスペンスドラマで、主役の2人以外の登場人物が毎回入れ替わる。ゲスト出演として大物俳優や、新進気鋭の若手俳優なんかも出てくるから時折、話題にはなっていた。ただ、俺の推しである河合玲人は、華々しいゲストキャラでも主演コンビでもなく、
「毎回出てくる鑑識の人、なんだけど……」
「えっ、えっ!? あのすごく猫背で根暗そうな人、ですか!? 随分、印象が違いますけど……」
佐伯さんが驚きの声を上げる。無理もない。河合玲人は「そういう」俳優なのだから。彼はゲストの脇役、あるいは1シーン程度の場面にのみ出てくる名前のない役が多いのだ。お陰で、ファンを公言しているにも拘わらず、役名を問われると一瞬、言い淀んでしまう事が多い。
「本当に俳優さんってすごいですね」
「すごいよね。特に河合玲人はカメレオン俳優、って紹介されている事が多いよ。エンディングテロップを見て、出てたんだって分かる時もある、ってネットで時々、見かけるくらい」
「へぇー。面白い俳優さんですね」
佐伯さんとそんな話をして、後は彼女が好きな宮城刀貴や、彼が所属するグループLIONEの話や、そこから派生して音楽の話をしたり。色恋沙汰になりそうな雰囲気ではなかったが、それなりに楽しく飲んで、食べて、会はお開きになった。他の奴らと一緒に、佐伯さんを含む女の子たちを駅まで送って、各自解散となった。
その男だらけの集団の中に彼もいた。俺が河合玲人だ、と詰め寄った多田だ。
「――どうしたんだ?」
みんなと別れて歩き出した多田を追う。他のメンバーの姿がなくなった途端、彼は俺の方を振り向いた。
「まだ俺の事、河合とか言う俳優じゃないかって思ってんの?」
そんなに似てる? と多田が苦笑した。
「いや、似てないんだけど、その、」
「歯切れ悪いなぁ。似てないんなら関係ないじゃん」
「でも、似てて」
所属事務所のホームページにある写真とも、自分が知っている限りの彼が演じたキャラクターとも似てはいないし、声だって違う。でも、俺の左目にだけ見えるオーラは、紛れもない同一人物のもので。
「……何を根拠に?」
「信じてもらえるとは思ってないんだけど。俺、人のオーラ? みたいなのが見える体質で。多田のオーラが、河合玲人のオーラとすごく良く似てたから、ついテンションが上がっちゃって。迷惑だったよな。悪かった」
俺は子供の頃から、オーラが見えた。その人が周囲に纏っている固有の色。同じ赤でも絶妙に色が違ったり、混じる色や割合が違ったりするので、今現在まで同じ色の組み合わせを持つ人に出会った事は一度もない。それは画面や写真でも同じで、河合玲人のオーラは晴天のスカイブルーにタンポポの黄色が僅かに混じっている。そして、その黄色混じりの青のオーラを纏っていたのが、目の前の多田。何度見ても、見慣れた河合玲人似のオーラを持っている。
「テレビ越しでも見えるのか? それとも直接、会った事がある?」
オーラだなんて、スピリチュアルに傾倒した女子のような事を言い出したら笑われるだろうと思っていたのに、多田は笑わず、むしろ食い付いてきた。意外に思いながら、テレビ越しでも見えている事、固有の色の組み合わせと割合があるから、人を識別するのに間違えた事がない、という話を正直に答えた。河合玲人のオーラの色の組み合わせまで正直に答えたんじゃないか、と思う。俺はこの話をまともに取り合ってもらえて、笑われたり怒られたりしない事に驚いていたので、それどころではなかった。
「飲み会の間も、佐伯さんと映画の話、してたみたいだったけど。もしかして河合玲人のデビュー作から知ってたりする?」
「……全部知ってるか、って言ったら自信はないけど。知ってる出演作で一番古いのは『檸檬スタンド』の通行人、だったと思う」
答えれば、多田は声を上げて笑った。
「お前、面白いな」
「それで、お前は本当に、」
「河合玲人か、って? そうだなぁ、もしも次に会う事があったら、教えても良いよ」
今日の俺は多田優斗だから、と多田は言い、歩き去っていく。
「本当だな!?」
その背に声をかけたが、答えはなかった。




