無茶
レオンは救護室のドアが閉まる音を聞いてから、私へと目を向ける。
なにか話があるのかと思って待っていたけど、腕を組んで立ったまま私の顔をじっと見ているだけで、なかなか口を開かない。
「え、ええと…………お父様とクロは……?」
「外にいる。必要があるのならば呼ぶが」
「あ、いえ……必要というわけでは……」
「……」
本当に私はレオンとの会話が苦手だ。
アゼリアの記憶を探しても似たようなやり取りをした記憶しかないから参考にならないし。
まじでリノンはどうやってレオンと会話してんの……!?
どうしたらいいかわからず私が内心オロオロしていると、レオンは口を開く。
「……気分はどうだ」
「あ……はい、今はもう痛みはありません。ご心配をおかけし申し訳ございませんでした」
「ダリアスから証言は取れたのか?」
「はい」
私は左手首から一見シンプルなブレスレットを外してレオンへ差し出す。
ヴァステリアに持たされていた、証拠保全用の宝具だ。
私はグレイヴナー家の疑惑と合わせて、このことも事前にレオンに伝えていた。
「試合中のすべての会話を記録しています。わたくしが過去に受けた二度の襲撃についてや、シリル様とグレイヴナー家の関連性を匂わせるような発言もありました。追及するに足るかと」
「そうか。呪いの照合と並行して確認と対応を進める」
レオンは私から受け取ったブレスレットをそっと握り締めてから私へと向き直った。
「……アゼリア。試合前に俺が言ったことを覚えているか」
えーと、確かレオンは……
思い出してうっと言葉に詰まる。
「……お、覚えております。無茶はするな、と……」
「先ほどの試合は、お前の中では無茶には該当しないのか?」
はは~ん……なるほど、どうも気まずいと思ったら説教ルートだったからかぁ!
こういうときは変に言い訳をすると火に油を注ぐ結果になることを、前世の私は学習済みだ。
言い訳にならないよう、ちゃんと伝えないと……!
「わたくしの中では、無茶……ではありません。ダリアスから目的の証言と証拠を得るために予定していた筋書きからは、大きくは逸れなかったので」
「……」
レオンはこちらが怯みそうになるほどの冷静な瞳で見つめてくる。
ダリアスは挑発にも面白いほど上手く乗ってくれたし、弱った姿を見せれば気持ちよく自分語りをしてくれた。
私へのとどめの一撃にアゼリアの襲撃に使った呪いを選ぶことも、その呪いや受けた傷を聖女の加護であれば抵抗できるだろうということも、予想通りだった。
……まあ、正確には"期待通り"……だけど。
唯一予想外だったことといえば……ダリアスの右腕がすでに義手だったことくらいだ。
「……ご安心ください。この身は一度死の苦しみを味わっています。わたくしはもう二度と突然死を経験したくはありませんので……分の悪い賭けに軽率に身を賭したりはしません」
「……そうか。それならいい」
レオンはそれだけ言うと踵を返して救護室から出て行ってしまった。
な、なんだったんだろう……。
身支度を整えて救護室から出ると、そこにはクロヴィスの姿だけがあった。
見てるこっちの心が罪悪感で痛くなるほどの心配そうな顔で、彼は弱々しく言葉を発する。
「お嬢様……お体は……」
「心配をかけてごめんなさい。呪いも傷も聖女の加護で治したので、もう大丈夫ですよ」
「……本当に、ご無事で何よりです」
「…………」
『公開試験会』の試合とはいえ、護衛騎士としての自分の手が届かないところで私が怪我をしたという事実は、どれだけクロヴィスのことを傷付け、苦しめただろう。
この若い護衛騎士が、私の安全と幸福を心から願ってくれていることを、嫌というほどわかっていたはずなのに。
「……クロ、本当にごめんね」
「え?」
「ある程度の勝算があったとはいえ……自らダリアスの呪いを受けるようなことをして。けれど、これだけは信じて。いつもわたくしのことを大切に守ってくれるあなたの努力や忠誠心を無駄にするつもりも、自分の命を粗末に扱ったつもりもないの」
「…………」
グレイヴナー家がアゼリア襲撃の手引きをしていた可能性があった以上、今後の私の安全のためにもきちんと確認する必要があった。
結果として、彼らのくだらない自尊心の犠牲になったアゼリアの仇を取ることもできた。
私の謝罪を聞いたクロヴィスは小さく首を横に振って微笑む。
「俺のことなら気にしないでください。必要なことだったんですよね」
「うん……」
「それならお嬢様が気に病むことは何ひとつありません」
クロヴィスのアップルグリーンの瞳は頼もしく、それでいて温かかった。
怪我をした私のことを心配はしても、信頼まで揺らぐことはない、と言ってくれてるかのようだ。
「俺はお嬢様が無茶な賭けをしない性格だということも、突然の死を恐れているということも、今までどれだけの努力を積み重ねてきたのかも知っています。だからあなたの下した決断はどんな内容だろうとすべて無条件で尊重する。険しい道の中でもあなたが栄光と幸福を得られるよう、火の粉を払うのが俺の役目です」
「クロ……本当にごめ……」
…………いや、違う。
私は言いかけた言葉を飲み込む。
ここまで厚い信頼を寄せて守ってくれる護衛騎士へ必要な言葉は謝罪じゃない。
「……ありがとう! これからも、どうかよろしくお願いします」
「お任せください」
救護室の外にいると思っていたレオンとジェトリウスの姿がなかったことについて、クロヴィスは「お二人はお急ぎの様子で王城へ戻られました」と言っていた。
私がレオンに渡した試合中の会話を記録したブレスレットと、ダリアスが使っていた呪いの解析に関することかもしれない。
私は時計を確認する。
「……ギルベルトの試合には間に合いそうですね。会場へ向かいましょう」
「承知しました」
闘技場へ移動しながら、クロヴィスは私が救護室に運び込まれるまでの出来事を話してくれた。
デミス王政執行官長は聖女の件について、王宮の許可なく私へ直接取材することを固く禁止し、同時にその禁を犯した際の処罰についても厳しく言い渡したらしい。
試合の雲行きが怪しくなった時点でセイリスは急な空腹を訴えてミモナを会場から連れ出し、私が倒れた時点で下品な野次を飛ばしたルチアナのことはミレーユと護衛のジルが2人がかりで押さえ込んでくれたんだとか。
「俺が座ってたのは四大公爵家用の特別観覧席だったんですが、デミス王政執行官長の発表の時も皆さん落ち着いてらっしゃいました。一番驚いてたのはミレーユ様かもしれません」
「ああ……なんだか想像がつきます……」
冷静を装いつつも、きっと「えっ」とか声が出ちゃってたんじゃないかな……。
ルチアナは意外と何があっても驚かないタイプだからなぁ……「むしろアゼリアが聖女じゃないなら誰が聖女やんの?」くらい言いそうだ。
救護室のある学院の事務棟から外に出ると、途端に今までとは少し違った好奇の眼差しが突き刺さるのを感じた。
そりゃそうだよね……見たくなる気持ちもわかる。
誕生日に暗殺されかけたかと思えば『公開試験会』ではまさかの複合部門初挑戦で決勝進出、かと思ったら伝説の聖女だとか言われて、アゼリアの名前はやたらと社交界を騒がせすぎだもんね……。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




