呪いへの免疫
◆
どこか遠くで話し声が聞こえる。
この声は……レオンとジェトリウス?
ここは……?
私は、どうなったんだっけ……。
「………………」
水の底から水面に浮上するような浮遊感の後、意識が覚醒した。
目を開けて一番最初に目に入ったのは見慣れない天井、そして。
「お嬢様……!」
「……クロ……」
寝かされている状態の私の顔を覗き込んでいたのは、泣きそうな顔をしているクロヴィスだった。
私がこの体で初めて目を覚ましたときもこうだったな。
少し離れたところで話をしていたレオンとジェトリウスは、クロヴィスの声に反応して会話をやめると私を見た。
「ここは…………っ、う……!」
「学院の救護室だ。まだ体を起こさないほうがいい」
軽率に体を起こそうとして左肩に激痛が走り、ふかふかの枕へと頭を再度落とすことになる。
私に冷たいほどの冷静な声をかけたのはレオンだった。
「傷口を塞いだだけで、呪いは解除できていないからな」
「…………」
ああ……そうか。
私はダリアスとの試合で肩に呪いと傷を受けて……気を失ったんだ。
「呪いは……? ダリアスの武器と、わたくしの傷口の……」
「王宮の研究機関に回した。すでに解析が始まっている」
「……それなら、よかった……」
レオンの言葉を聞いて安心した私は一度目を閉じると、強烈な熱と痛みを発する左肩の傷へ聖女の加護を集中させる。
複雑に絡み合った呪いの魔力のみを丁寧に切り離し、全部取れたら自分の魔力で握り潰す。
あとはもはや使い慣れた治癒魔術をかければ、熱も痛みも嘘のように消え去っていった。
あーよかった、ちゃんと解除できて……。
魔術修行の最初の日にヴァステリアが言ってた、本来の魔術でできないことは聖女の加護が無理やりなんとかしてくれる、っていう言葉の意味が今ならよくわかるわ……。
「失礼いたします。診察をいたしますので、殿方は一度席を外してください」
そう言いながら救護室に入って来たのは王宮の治癒魔術師の1人であり学院の専属医でもある若い女性だった。
ジェトリウスが私が目を覚ましたことを伝えたらしい。
彼女は全員が部屋から退室したことを確認すると、横たわる私の顔を覗き込んで優しく声をかける。
「話はできますか? お加減はいかがでしょうか」
「え、ええと……たった今、呪いを解除して傷を治しました……ので、もうどこも問題はありません」
「!」
専属医の女性は目を丸くする。
「……傷口を拝見しても?」
「は、はい」
私は体を起こすと、シャツのボタンを外して左袖から腕を抜く。
ここに運び込まれた際に誰かが着替えさせてくれたのか、ダリアスに切り付けられたはずの『公開試験会』の試合用礼装は新しいものがベッド脇に改めて用意されていた。
「…………」
学院専属医の女性は私の左肩に痛々しい傷も呪いの痕跡も確かにないことを確認すると、スゥッと大きく息を吸ってからベッドに頭から突っ伏した。
「くぅぅ……っ! 一足遅かった私のバカッ……! 至高の治癒魔術である聖女の加護を見逃すなんてぇ……ッ!」
それはそれは噛み締めるような後悔の声に、私は思わずビクッと肩を震わせてしまった。
普段凛々しくていかにも敏腕治癒魔術師という印象の彼女は、どうやら結構な好奇心を持っているらしい。
ひとしきり嘆いた女性は咳払いをひとつ挟んでから私への非礼を詫びると、長いこと痛みの居座っていた私の左肩や指先へ指示を出してその動きを確認する。
「……うん、本当にもう問題はなさそうですね」
「ありがとうございます」
再びシャツの袖に腕を通してボタンを止める私に、彼女は手元の資料を見ながら「うーん」と何かを考えている。
「あの……わたくしはどれくらいの時間気を失っていたのでしょうか」
「15分です」
「えっ……まだ15分しか経っていないのですか?」
「はい。あなたは闘技場で気を失い、その場で救命処置だけを受け、つい先ほどここへ運ばれてきたばかりです」
女性は資料から顔を上げると、敵意はないことを示すかのように私に向かって微笑む。
てっきり何時間も眠ってたのかと……!
「本当に興味深いですね、聖女の加護という力は……。仮にあなたの主張通り、先ほど受けた呪いが誕生日に受けたものと同じものだった場合、以前は目覚めるまでに6日間かかっていたものが今回は15分に短縮された。これが何を意味するかお分かりでしょうか」
「…………呪いへの免疫……のようなものができた、とか?」
……いや、菌やウイルスと違って呪いには抗体はできな……
「その通りです! 通常の人体ではまずあり得ないはずの呪いへの免疫……それも非常に強い抵抗力が、体内で短期間で生成されたと考えられます。つまり! 聖女の加護という未知で奇跡の力は、経験によって変質……いや、成長すると判断していい!」
「せ、成長」
「ああ……殿下からストップがかかっていなければ、その無垢で美しいお体を隅々まで暴いていたのに! おかげで人類の進歩が50年は遅れてしまう……!」
も、もしかしてこの人、優秀だけど結構やばいタイプの人なのかな……。
急に前のめりで饒舌になった彼女を前に、私は無意識にシャツの合わせ目をきゅっと握り締めた。
「アゼリアの人体研究は今後も許可しない。本来50年かけて手に入る進歩なら、50年かけて得ればいいだけの話だ」
怒りも呆れもしていない冷静な声が女性の悶絶に終止符を打つ。
彼女は悔しさを噛み締めながらもキリッとした顔で立ち直した。
「……取り乱してしまい申し訳ございません。診察は完了いたしました。傷口、呪い共に聖女の加護の力により完治と診断いたします」
「そうか」
救護室に入ってきたレオンがそれ以上何も言わずに腕を組んだままジッと女性を見ていると、彼女はまた咳払いをしてからきちんとした所作で「……何かございましたらお呼びください」と言い残して部屋を後にした。
治癒魔術師でありながら、熱心な研究者……なのかな。
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