アゼリア vs. ダリアス(2)
「ダリアス……」
声をかけて足を踏み出そうとして固まる。
……いない。
「あなたが足癖の悪い公爵令嬢だってことは、予選の時点でわかってました」
「!」
後ろ……!?
闘技場の壁に体がぶつけていたはずのダリアスが、私の背後で双剣を振り払った。
咄嗟に構えたソルヴェリオンが2本の短剣を受け止めて鋭く鳴く。
魔術は使ってない……ってことは、自分の足で?
人を壊す呪いをいくつも持ってるくらいだし、やっぱり自己強化の呪いも持ってたか……!
「……随分丈夫な体を持っているようですね」
ダリアスがぶつかった闘技場の石の壁にはヒビが入っていた。
普通の人間だったら潰れてただろう。
「アゼリア様はご存知ないようですが……僕の家は病気の治療薬だけじゃなく、戦場で兵士の肉体強化を助ける薬物も開発しているんですよ」
私が地面から伸ばした石の鎖をダリアスは跳躍して回避し、それでも追ってきたものは左右の短剣で砕く。
石と金属が激しくぶつかり合う音が響き、ダリアスを取り逃がした重い鎖が地面に突っ込んで足元を震わせた。
「……チッ」
ダリアスは刃こぼれをした短剣を見て舌打ちをすると、その2本を腰の鞘に突っ込んで代わりに新しい2本を引き抜いた。
「(! あれは……自己強化の副作用?)」
ダリアスの首筋には血管が浮き出ていて、目も少し充血してきている。
「……僕を含む多くの人間は、そうやって無描写・無詠唱での魔術の行使なんて経験することもないまま、一生を終えるんです」
「(会話をする理性はある……初戦の相手に使った薬物とは種類が違うか、量を調整してるのか……)」
くるくるっと回して双剣を構え直しながら、充血した目が私を捉えて一歩ずつ近づいてくる。
「あなたはそんな僕たちのことを凡人、と卑下しますが……凡人が天才よりも弱くて劣っているというのはあなたの勝手な自惚れで、見苦しい思い上がりなんですよ!」
「…………」
地面を蹴って一瞬で距離を詰めたダリアスの双剣が私の首と脇腹を両側から勢いよく狙う。
後ろに身を引いて避けると、振り切った双剣を手の中で握り直したダリアスはそのまま交差させていた腕を振り開いた。
「ッ!」
彼の右手の短剣が私の試合用礼装ごと脇腹を裂く。
傷口に手を当てながら後ろに大きく飛んで彼と距離を取った瞬間、視界がぐにゃりと歪んでそのまま暗転した。
平衡感覚を失って私が思わずその場に膝をつくと、追うようにして耳に分厚い膜がかかったように聴力までもが鈍くなる。
『おっと、ここでアゼリア選手が膝をつきましたーッ!』
『急な出血による貧血でしょうか』
いや、これは……五感に作用する呪い?
脇腹に当てた指先から熱いほどの血が溢れていく感触がする。
「ふふふ……あはは! 天才でも視力と聴力を奪われるだけでこんなに無力でか弱くなってしまうんですね」
ダリアスは私に歩み寄りながら、右手の短剣を別のものに持ち替えた。
「僕たちグレイヴナー家は魔力に秀でているわけでも、生まれつき強靭な肉体を持っているわけでもありません。どこにでもあるような、凡人貴族一家です」
私が魔術で伸ばした石の鎖を左手の短剣で弾き返しながらも、ダリアスは歩みを止めない。
「……ですが、凡人だからこそ人一倍努力をしてきました。考察と研究、そして実験と失敗の繰り返しの先で手に入れたこの力は、天才であるあなたをも凌駕することを、今ここで証明してあげますよ、アゼリア様。……って、ああ……これももう聞こえてはいませんでしたね!」
『アゼリア選手に一歩、また一歩と近づくダリアス選手! 一方のアゼリア選手は依然として地面に片膝をついたまま動けないようです!』
目の前で足音が止まる。
ダリアスは左手に持っていた短剣を腰の鞘に収めると、その手で私の礼装の襟首を掴んだ。
「あなたの血がどんなに特殊で優れていようと、この呪いはあなたの命を喰らい尽くすことができる……。過去の二度の失敗は、あのヴァロワール家の凡人の問題に過ぎなかった……! 僕たちの努力の成果は、あなたに劣ってなどいない……!」
ダリアスは興奮を必死に抑えるような声で噛み殺しながらそう言うと、私の肩に向かって短剣を振り下ろした。
ザッ……けれども肉を断つその音は中途半端に終わる。
「……ッ、何!?」
「その言葉を待っていました」
私は肩にめり込んだ短剣ごと彼の手を掴んだ。
正面から私と目が合ったダリアスの顔は、つい数秒前まで勝ち誇ったように高笑いをしていたとは思えないほど青ざめている。
「!? お前、目が見えて……っ!?」
「あなたと戦うというのに、わたくしが呪いへの対策をしてこないとでも思っていたのですか?」
パリン、と小さな音がして、ソルヴェリオンを握っているほうの手の袖口からブレスレットが砕けて落ちていく。
「護身用の宝具……!? それを使い捨てただと!?」
前世の趣味が幸いした私は、時間を見つけてはヴァステリアの元で護身用の魔術道具をちまちまと作り溜めていた。
それを試合前にクロヴィスに頼んでありったけ持ってきてもらったのだ。
袖やブーツの内に隠して見えてこそいないものの、ダリアスが卒倒するほどの数を身につけている。
「あなたたちは『アゼリア』を……フェリオール家の中でも特に高い治癒能力を持つこの身体を殺すことで、自分たちの力を証明したかったのですね。凡人でも努力次第で天才に勝てるのだと。そんなことのために、シリル様や身寄りのない魔術師……ヴァロワール家の人々まで巻き込んで」
「っ!」
ダリアスが私の肩から短剣を引き抜こうとしたけど、私はその手を逃さない。
肩からはじわじわと血が滲み出て、明るい赤の試合用礼装をどす黒く染めていく。
アゼリアは確かに恵まれた子だった。
魔力の豊富な家系、何不自由ない家庭、武力も権力も持った父親、優しく理解のある母親、学んだことをスポンジのように吸収していく脳と肉体。
それでも彼女は自分に満足して努力を怠ったことは一度もなかった。
誰ひとり傷つけることなく、ときに孤独に、ときに恨まれながらも己を磨いて高みに上り詰めてきたのだ。
「……実験と称して人の命を塵のように扱うことが努力? あなたたちは弱者をいたぶることで、自分が強くなったと勘違いしているだけでしょう」
「うるさい……!」
目の前の男の一族は、そんなひたむきな少女を確かに死に追いやった。
大切な家族と突然死に別れることがどれほどの痛みを伴うことなのか、私はよく知っている。
この男は……この男の一族だけは、絶対に許さない。
「くだらなくて……とても哀れです」
「黙れ!」
信じていた努力を正面から否定されて、ダリアスの充血した瞳が怒りに揺れる。
「あなたに僕たちの何がわかる……っ!」
「…………」
「ふっ……はは、いや、そうだ、そうでした! あなたには何もわからないんでしたね! 敗北と屈辱の苦味も……この呪いの真価も!」
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