違法薬物
「アゼリアお嬢様は対戦相手の決まる次の試合をご覧になりたいでしょうから、手短にお伝えしますね。先ほど、お嬢様と対戦されたお相手ですが」
言葉の通じない獣のようになってしまっていた、対戦相手の伯爵令息……!
「以前僕が戦争に従軍した際、似たような状態になった兵士を見たことがあります」
「……!」
「人の生死が目まぐるしく変わる戦場の最前線でしたから、きちんとした機関の調査が入ったわけではありません。ですが、おそらくあれは」
「グレイヴナー家の開発した違法薬物だ」
そう言ったのはセイリスではなかった。
「ギルベルト……」
「よぉ、アゼリア」
いつもの調子で私たちの会話に入ってきたのは私と同じ、『公開試験会』複合部門の赤い試合用礼装に身を包んだギルベルトだった。
近くを見回しても、いつもの慌ただしい付き添いの男子生徒の姿はない。
「わざわざ忠告に来てやったんだが……フェリオール騎士団の副団長がいるなら不要だったか?」
ギルベルトの紅の瞳がセイリスの姿を映している。
セイリスはにこやかに、それでいて礼儀正しく、ギルベルトへと小さく頭を下げた。
「かの有名なノルディエン家のギルベルト様からの過分なお言葉、身に余る光栄に存じます」
さすがのギルベルトも「そこまでは褒めてねえよ……」と少し引いている。
「グレイヴナー家というと……先代のグレイヴナー侯爵による魔術と医学を融合した新薬の発明で、一躍力をつけてきた一族でしたね」
アゼリアの記憶によると、先代のグレイヴナー侯爵の新薬で流行病から救われた町の数は、両手の指じゃ足りないほどあるようだ。
力を持つ者こそ弱きを助けよ、という先代の教えを今でも大切に守り、慈善事業やボランティアにも積極的な一族で、所謂善人、という言葉がしっくりくるようだけど。
そんなアゼリアの記憶の中のグレイヴナー家に対して、セイリスやギルベルトの持つ印象は少し違うようだ。
「アゼリアお嬢様の幻想を壊すようで大変心苦しいのですが」
いや、全然心苦しがってるようには見えないけどね?
「新薬の開発には実験が欠かせません。そしてその輝かしいたったひとつの『成功』に至る過程には、当然数えきれないほどの『失敗』があります」
……つまり、重い副作用や予期しない効果が出たり……最悪死ぬこともあったと、セイリスは言いたいんだろう。
確かに、私も人の命を軽んじるわけじゃないけど、そういった尊い犠牲のおかげでのちに大勢の命が救われる……っていうのは、歴史の悲しい真実でもある。
「グレイヴナー家の連中ってのは、『新薬の実験体』に対して異常な嗅覚を持ってる。たとえば戦場の兵士、有罪の決まった犯罪者、国家転覆を目論むテロリスト、とかな。奴らはそういった自分の命への執着が薄い人間を見つけては唆して薬を渡し、薬物実験を繰り返してる」
「……それは当然、王宮の許可があってのこと、ですよね?」
「いや。残念なことに、多くは許可を得てねえだろうな」
「…………」
さすがに顔を顰めてしまった。
それが事実だとしたら、どうしてそんな危険な一族が野放しにされてるんだろう?
権力やお金が複雑に絡んでいるのか、よっぽど逃げるのが上手いのか。
「……もしかしてわたくしが先ほど戦った相手も、グレイヴナー家の薬物実験に利用されたと?」
「ああ、限りなく黒だろう」
即答したギルベルトの言葉に、セイリスもにこやかに頷いた。
「疲労回復と傷の早期治癒を謳ったあの薬物は、その言葉を信じた多くの兵士を理性のない獣に変え、戦場で彼らの命を奪っていきました。幸か不幸か、僕にはちょっとした強壮剤以上の効果はありませんでしたが」
もしかして私が思ってる何倍も、セイリスは一族の魔術耐性体質に命を救われてるのでは……?
「グレイヴナー家の薬物は8割が魔術、2割がその魔術の痕跡を誤魔化すための薬剤でできてる。そして使われてる魔術はほとんどが呪いの類だ。体に何かしらの症状が出ても、調べる頃には証拠が出ねえ。さっきお前と戦った生徒も、今頃は魔術の反応も薬物の反応も出ねえ"謎の後遺症"に悩まされてるだろうよ」
「……なるほど」
私は学院内の至る所に張り出されている『公開試験会』の決勝トーナメント表に視線を向けた。
複合部門は事前に申請をすれば戦いに何を持ち込んでもいい。
そう……それはたとえ薬物であっても例外じゃない。
「そんな呪いと違法薬物まみれのキナ臭え侯爵家の三男坊……ダリアス・グレイヴナー。ヤツが勝ち上がれば次の対戦相手はお前だ、アゼリア」
ダリアスの今回大会の予選と、前回大会で記録が残ってる試合は全て確認してある。
印象としては可もなく不可もない……戦闘中に大掛かりな呪いを発動させてる様子もなければ、もちろん薬物を使うために注射器を振り回す、なんてこともなかった。
接近戦も……剣というよりは複数の短剣を持ち込んだ戦闘スタイルってだけだったように思う。
「……ギルベルト、あなたはそれだけのグレイヴナー家の情報を一体どこで手に入れたのですか?」
「どこも何も、俺もこの護衛騎士と同じだ。前回大会の決勝トーナメントで俺と当たったダリアスは、お得意の呪い入り薬物を俺に対しても使ってきた。まあ、ゾウを卒倒させる程度の麻痺毒でこの俺の動きを拘束しようなんて、考えが甘かったみたいだがな?」
ゾウを卒倒させる麻痺毒が効かない!?
そ、それギャグ漫画で見たことある~!
大胸筋で銃弾も跳ね返せる、みたいなヤツでしょ!?
「……わたくしもダリアスの過去の試合は確認しましたが、呪いや薬物を使っているような素振りは確認できませんでしたよ」
「チッ……パッと見には薬物なんて持ち込んでるように見せねえのが、あの野郎の姑息なところだ」
ギルベルトは思い出したくもない、とでも言うように頭をかきながら、忌々しそうに盛大な舌打ちをした。
「連中は武器の刃に薬物化した高濃度の呪いを縫い付ける技術を持ってる。ただ薬を塗っただけの武器と違って時間経過で効果が落ちねえ上に、かすっただけで傷口から呪いが全身に回る。なのに使った相手には証拠が残らねえし、おまけに凶器に縫い付けた呪いの解除自体はたった一言の詠唱で済む。そんな呪い付き短剣を複数持ち込むことで、ダリアスは詠唱なしに相手に呪いを付与しながら戦うんだよ」
武器に、呪いを縫い付ける……?
確かヴァロワール家で襲撃を受けたとき、シリルの手下が飛ばしてた無数のナイフの刃にも……。
「半年前の前回大会で俺に使った呪いをそのまま使ってくるとは思えねえが、参考程度に伝えておいてやる。麻痺に狂化……お前がさっきの試合で見たやつだな。それと見たことねえ呪いも混じってたな……なかなか傷口が塞がらねえから王宮の治癒魔術師に相談したら、傷口から細胞が壊死していく呪いだとか」
「…………」
傷口から細胞が壊死していく呪い……。
シリルの手下のナイフの刃にも、アゼリアが誕生日に脇腹を抉られたときにもそんな呪いが混じってた。
レオンをもってして「複雑な呪い」と言わしめたそれは、一般的な呪術書には載っていないものだ。
これは偶然だろうか。
「さすがに大勢の目のある試合中に死に至るような薬物の使用はしてこないとは思いますが、グレイヴナー家の人間は人の命を信じられないほど軽く見ています。油断をしていると試合後に謎の後遺症が残った、なんてことがあるかもしれません」
「薬物……といっても主に呪いの、だな。対策は十分に積んでいったほうがいい」
「……2人ともありがとうございます。非常に参考になりました」
まずは次の試合を見届けよう。
2人のいうとおり、小狡い手を使ってダリアスが勝ち上がってきたら……そのときは私のこの疑問にも直接答えてもらおう。
小さな鉢植えを買ってご満悦の様子のミモナを連れて、クロヴィスがこちらに戻ってくる様子を見ていたギルベルトが私に言う。
「お前が決勝まで勝ち上がって来ねえと困るのは俺だ。クロヴィスとの決闘っていう、俺の野望を果たすためにはな」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




