クロヴィス vs. セイリス(腕相撲対決)
「では僕がクロヴィスに勝てば、手っ取り早くあなたたち全員に勝ったことにもなるということですね」
……ん?
なんか話の流れが変わってきた気がする。
ほら~、筋骨隆々な格闘サークルの生徒も「うん?」みたいな顔しちゃってるじゃん!
「クロヴィス、僕と勝負しましょう。さっさと位置についてください」
セイリスがクロヴィスに向かってにこやかにアームレスリング台を指差したところで、ようやく私たちの思考はセイリスに追いついた。
いや、なんでそうなるの!?
「ま、待て待て、フェリオール家の騎士さん、なんでそうなる……?」
本当にね!
こればっかりは全面的に格闘サークルに同意だよ……!
「僕は自らハードルを上げているだけですが、何か問題でも?」
誰がどう見ても裏がありそうなのに、あまりにも堂々としているセイリスの笑顔を前に、格闘サークルの生徒のほうが言い淀んでしまう。
が、がんばれ負けるな格闘サークル!
「ええと……そのだな……あっ! お、お前たちが勝負したところで、どちらかが手を抜くことだってあり得るだろう?」
「僕に景品を渡すために、クロヴィスがわざと負けるということですか?」
セイリスはにこにこしながらクロヴィスを見る。
「アゼリアお嬢様の護衛騎士は、利益のために勝負に手を抜くと思われているそうですよ」
「それはない」
クロヴィスはきっぱりと言い切った。
「相手が誰であろうと、俺が勝負に手を抜くことはお嬢様の名誉を傷つけることになる。俺がそんなことをするわけがない」
「クロヴィスが加減を知らない堅物だということは、あいつに負けたあなたたちが一番よくわかっているのでは?」
「う……そ、それは……そうなんだが……」
「では決まりですね。僕がクロヴィスに勝ったら、景品をいただきます」
よく考えればとんでもない無茶苦茶な言い分をセイリスにもっともらしく押し通されてしまって、私は見てられずに思わず目を覆ってしまった。
言葉の意味を噛み砕いて冷静に考えてみてよ、格闘サークル……!
「まあ……よく考えてみればそれも一理あるな。クロヴィス騎士は力だけじゃなくその人柄まで、俺たち格闘サークルが満場一致で認めた強い"漢"だ。そんなクロヴィス騎士が敵わない相手であれば、もとより俺たちで敵うわけもなかろう。異論はない!」
あ、この人たちダメかも~!
クロヴィスを見ると、ムキムキの男たちに担ぎ上げられてるというのに文句ひとつ言わずに袖を捲っていた。
「だ、大丈夫ですか? クロ……嫌だったら断っていいのですよ」
「……いえ」
私が声をかけても、その力強いアップルグリーンの瞳は兄弟子の姿を真っ直ぐ捉えて逃さない。
「遅かれ早かれ、あいつは俺が越えなければならない壁なんで」
「セイリス、がんばって!」
「お任せください、お嬢様」
格闘サークルにきちんと参加費を払ったセイリスと、袖を捲ったクロヴィスが台を挟んで向かい合う。
「いつも言ってますが、僕との勝負には魔術を使ってもいいですよ」
「……考えとく」
いや、お前魔術効かないじゃん。
って言わないところがクロヴィスの偉いところなんだよなぁ……。
「よし、お互い見合って! まだ力を入れてはいかんぞ」
台に肘をついてお互いの手を握った2人の護衛騎士に、当たり前のような顔で審判をする格闘サークルの生徒が声をかける。
クロヴィスは前に言ってたっけ。
今はまだ剣術の腕はセイリスが上、でも魔術を使えばクロヴィスの方が勝率は高くなって、体術は五分だって。
「アームレスリング一本勝負! レディ……」
純粋な力比べだったらどうなんだろう?
身長も体格も、クロヴィスよりセイリスの方が華奢に見えるけど。
「……ゴォッ!」
ズドォン!!
激しい音と同時にアームレスリング台が壊れる。
勝負は文字通り一瞬でついた。
「…………ん?」
格闘サークルの生徒が遅れて反応したときには、すでに穏やかに微笑んで立ち直したセイリスと、壊れた台ごとその場に膝をつかされたクロヴィスとに別れていた。
ギャグ漫画みたいな光景に一度自分の目を擦った格闘サークルの生徒は、再度見た光景が一瞬前と変わっていないことを確認してからセイリスに向かって手を掲げる。
「し、勝者、フェリオール家の……ええと、お名前は?」
「セイリスです。セイリス・フェイルノット」
「勝者、セイリス・フェイルノット騎士!」
「や、やったー! わたくしはあなたが勝つと信じていましたよ、セイリス!」
それまで固唾を飲んで勝負の行方を見守っていたミモナが両手を挙げて無邪気に喜ぶ。
一方的に押し通した約束通り、格闘サークルから受け取った景品のサイン本を、セイリスはその場にきちんと膝をついてからミモナへと差し出した。
……うーん。
それにしても、クロヴィスとの力比べがこうも一瞬で決まるなんて。
「……って、待て待て、フェリオール家の"フェイルノット"だと!?」
ミモナの愛らしい笑顔に見惚れていた格闘サークルの生徒が、やや遅れてからハッとしたような声を上げる。
「き、貴殿はまさか……フローレット家からフェリオール家に移籍したという、当代フェイルノット家最強の末弟……『おだやか処刑人』では!?」
え?
なんて?
たったの一文の中にめちゃくちゃどうでもいい情報が溢れすぎている。
そういえば前に、ギルベルトもセイリスのことをそんな風に呼んでたな……。
セイリスは柔らかな笑顔を格闘サークルの生徒へ向けると、
「いえ、人違いです」
とだけ短く答えた。
「さあ、ミモナお嬢様。時間は有限です。次へ参りましょう」
「そ、そうでした! 本当にありがとう、セイリス。この本は大切にします」
1秒でも早くこの場から立ち去りたいオーラを隠しもせずに、セイリスはミモナに声をかけて上手いこと誘導している。
「……ミモナとセイリスに付き合ってくれてありがとう、クロ」
災難だったとしか思えないクロヴィスに労いの意味でそう声をかけると、私の真意に気づいた彼は「気にしないでください」と爽やかに笑ってくれた。
「やっぱりセイリスは強いです。だからこそ、俺はいつかアイツを超えたい」
「さっきのは本当に純粋なセイリスの強さだったのですか? 何か裏で卑怯なことでもしていたのでは?」
じゃなきゃクロヴィス相手にこんな一方的な試合にならないでしょ。
「えーと……なんというか……」
疑いの目で詰め寄る私を前に、クロヴィスは苦笑しながら曖昧な返事をしている。
え、まさか本当に何かズルでもしてた……?
どうか長兄殿によろしくお伝えください、とセイリスの背中に大きな声で呼びかける格闘サークルの生徒と別れてから、クロヴィスは気まずそうに話してくれた。
「フェイルノット家……セイリスの一族は代々魔力を全く持たない珍しい一族、っていうのは以前本人からお聞きになりましたよね」
「はい」
「通常、人間の体には全身に魔力を送るための血管のような器官……魔力管が備わってるんですが、生まれつき魔力を持たないフェイルノット家の人間は、その魔力管が本来とは別の役割を果たしているそうなんです」
「えっ……」
「なんでも、彼らの魔力管は肉体の神経伝達を助けることに使われてるんだとか。それによって『目で見て』『脳で判断して』『体を動かす』というそれぞれの神経伝達が、一般人の平均の3分の1の速さでできるのが、フェイルノット家の人間なんです」
な、何それ……!?
体を使うのが仕事の騎士にしてみたらチートなんじゃないの!?
「当然、神経伝達能力が高いということは体への負担も大きいので、加減を間違えれば肉体の方が負荷に耐えられません。ですがその体質を受け継ぐ中で、彼らの体はその負荷にも耐えられるよう進化してきました」
「……つまり、異常に優れた反射神経と、瞬時に体が壊れるほどの馬鹿力を出すことに耐えられる強靭な肉体を持つのが、セイリスの一族……?」
「そういうことです」
名門ていうかこの世界では新種の人類なのでは……?
クロヴィスはそんなのを相手にしても、勝つつもりでいたんだ。
若い護衛騎士は歩きながら目を伏せる。
「……セイリスが恵まれた肉体を持っていることを、俺がアイツに勝てない理由にしたくないんです。反射速度じゃセイリスには敵わないけど、力だけならもう俺は十分にアイツを超えてるはずですから」
私は少し前を歩くミモナとセイリスの後ろ姿を見ながらなるほど、と納得した。
クロヴィスとセイリスはジェトリウスが直接目をかけてる兄弟弟子同士で、正直その強さにはもうほとんど優劣はないんだろう。
自分にないものばかりを相手は持っているから、自分の武器でどう戦うか、その勝負になってるんだ。
そしていいのか悪いのか……お互いに、相手は自分よりも優れてると思ってることに気づいてない。
当事者だからこそ気づけないのかもしれないな。
……もしかしたら、さっきセイリスが無理な言いがかりをつけてクロヴィスと直接対決に持ち込んだのも、純粋に自分の力がクロヴィスより上だと見せつけたかったのかもしれない。
いつだって冷静な顔の裏で、闘志と向上心を常に燃やしているところは、本当にセイリスもクロヴィスもよく似てるよ。
「? そんなに僕の顔に見惚れて、どうかされましたか?」
「別に見惚れてませんけど?」
足を止めたミモナとセイリスに私たちが追いつくと、振り返ったセイリスに当たり前のように投げかけられた嫌味を正面から跳ね返した。
そうですか、と胡散臭くにこにこしながら首を傾げた彼はそのままクロヴィスを見る。
「クロヴィス、少しの間ミモナお嬢様の護衛をお願いできませんか? 僕はアゼリアお嬢様にお伝えしたいことがありまして」
「!」
もしかして、さっきの試合の……?
クロヴィスが察して了承すると、すぐにミモナに手を引かれて緑化委員会が展示・販売をしている珍しい鉢植えの花を見に連れて行かれてしまった。
人通りの少ない第2庭園の隅で、セイリスは視界にミモナの姿を捕らえたまま私へと話し出す。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




