開会式
クロヴィスと一緒に開会式がおこなわれる第1闘技場へやってくると、私たちはすぐに選手控え室へと案内された。
控え室には各部門の生徒たちがすでに集まってきていて、これから全力で戦う相手の様子を窺いながら殺伐とした雰囲気を放っている……一部を除いて。
「あっ! アゼリア~!」
語尾に特大のハートマークをつけて私のことを呼んだのはルチアナだった。
相変わらず今日も強気なメイクをバッチリ決めて、魔術部門の『大空の包容力と誇り高き魔力への敬意』を表す青を基調とした試合用礼装に身を包んでいる。
ローゼンベルグ……元公爵への刑が執行されたことで、彼女を取り巻く新しい生活もようやく落ち着いたらしい。
元々ルチアナは家の名前や一族の誇り……みたいなものに対しては執着が薄いほうだったとはいえ、それでも今回は大変な思いをしたようだ。
食べ切れないほど出されていた食事のおかずが食べ切れる程度に見直された、と笑っていた。
ちなみに登校してきて早々に正面からローゼンベルグ家を罵倒したとある伯爵家の令息に対してルチアナは、魔力でブーストした公爵令嬢とは思えないほど華麗で強烈な飛び蹴りを決め、鼻血を吹きながら文句を言った相手へ「名誉毀損の刑罰を前倒しただけ」と涼しく言い放っていた。
彼女が立ち去り際にこっそり相手へ中指を突き立ててたことについては私はそっと見ないふりをしたけど……ともあれ、ルチアナは今でも強くて、眩しいほどの自分への自信を失っていない。
「試合用の髪型もかわ~! フェリオール家の使用人ガチ天才おる」
「あ、ありがとう」
「今日の試合まじ全力応援してるから」
「他人の応援より自分の心配のほうが必要なのではなくて?」
その冷ややかな声は私の背後から聞こえてきた。
振り返ると、ルチアナと同じ魔術部門の青い試合用礼装を着たミレーユが、腕を組んで呆れたような顔でルチアナを見つめている。
「あなた、明日の自分の第1試合の相手が誰なのか理解していないの?」
「ハァー? してないわけなくない?」
明日の魔術部門の決勝トーナメントで、午前中一番最初の第1試合でルチアナが当たる対戦相手はレオンだ。
「とっくに挨拶まで済ませたわ。私が勝ったらおとなしくアゼリアの婚約者の座はもらうからって宣言しといたし」
「なら現状は何も変わらなさそうね」
「っるせーな黙れブス」
「ブスって言ったほうがブスなのよ」
超絶低レベルな言い争いに思わず苦笑する。
色々あったけど、今は2人とも元気そうで本当によかった。
とはいえ、これから戦う相手と同じ空間に押し込められておきながら、本番前に話してるのなんてルチアナとミレーユくらいのもので、緊張感のないその姿は逆に底知れない強さを放ってるようにも見える。
私がいたって通常運転の2人を微笑ましく見ていると、今回の『公開試験会』の審判を務める王宮から派遣された審判団が、厳かな態度でレオンとともに控え室へやってきた。
「クロヴィス・ヴァレントはいますか」
主審の男性が私たちを見回してからクロヴィスの名前を呼ぶ。
「俺です」
「伝えたいことがあります。こちらへ」
手が出そうになっていたルチアナとミレーユもさすがに争いをやめ、クロヴィスは私に一言断りを入れてから審判団とレオンの元へ向かった。
殺伐とした控え室の中で選手たちの窺うような視線がクロヴィスに向いている。
……何だろう?
小声で何かを話していた主審の男性はクロヴィスが頷いたことを確かめると、審判団とレオンに向き合う。
そしてそのまま解放されたクロヴィスは私の元へと戻ってきた。
「彼らはなんと?」
「開会式での選手宣誓を頼まれました」
「えっ」
「通常は第6学年の生徒がやるんですが、今年は第6学年から決勝トーナメントに進出した生徒がいなかったので、俺にと。殿下からのご指名だそうです」
「す、すごい……! わたくしもあなたの晴れ舞台をすぐ近くで見られるなんて嬉しいです。クロならきっと立派に務められますよ、頑張ってくださいね」
クロヴィスは胸に手を当てて小さく微笑む。
「お任せください。お嬢様の名に恥じぬよう、立派に務めてご覧に入れます」
レオンとの話し合いを終えた様子の審判団は闘技場へと続くドアの前に整列すると、改めて私たちに向き直った。
「間もなく開会式が始まります。開催日程ごとに入場を案内しますので、各部門、試合番号順にお並びください」
開催日程順で試合番号順っていうと…………。
入場の先頭は私だった。
「(えっ、いきなり!? もっとこう、前もって練習するとか事前に知らせるとか……っ!)」
ああ、でもプライドの高い貴族たちがおとなしく真面目に練習に参加する様子なんて想像がつかないや。
なるほど、つまりそういうことか……。
「観客席には学院外からも多くの方が観戦にいらっしゃっています。皆様は国内最高峰の教育機関、アルセリア王立学院の生徒を代表していることを重々ご承知おきの上、品位と厳格さをもった行動を徹底するよう、改めてお願い申し上げます」
一切の不正も見逃さなさそうな主審の男性の冷ややかな瞳は、明らかに一部の特定の人物……主にルチアナやギルベルトの姿を映していた。
そういうの、あの2人には逆効果だと思うんだけどなぁ……!
「目に見えないモンで測ろーとか引くほどセンスねー」
「見てるだけの外部の人間がグチグチうるせえな」
「…………」
ほ、ほらー!
ルチアナとギルベルトのご機嫌は斜めになっちゃったし、主審もピキッちゃって、このままじゃ最悪観客の前で醜態を晒す……誰も幸せにならないかもよ!?
2人だって仮にも公爵家のご令嬢と、辺境伯家のご令息だ。
人前での自分の"魅せ方"は小さい頃から徹底教育されてるんだから、本来心配はいらないはずだ。
そしてそれはアゼリアも同じ。
なんとも言えない空気になってしまったところで、闘技場から『公開試験会』の開会式の始まりを告げる演奏や花火の音が聞こえてきた。
これからの4日間、会場を盛り上げるために学院の有志と王宮の楽団が交代で絶えず音楽を奏で続ける。
「審判団の皆さんに続いてお進みください。皆様に栄光あれ!」
……審判団に比べて、学院の事務員は生徒の扱いをよくわかってるな。
事務員の押し開けた扉から続く廊下を抜けて、私たちは開会式の会場へと足を踏み入れた。
心臓までビリビリ震えそうなほどのすごい歓声だ。
『王宮の審判団に続いて最初に入場してきたのは本日試合予定、赤い試合用礼装を着た複合部門の8名です!』
拡声器となる魔術道具を通して会場内に楽しげな声を響かせているのは、芸術の授業を担当している若い講師だった。
彼はここからの4日間、臨場感ある実況と司会を担当する。
『さて、複合部門で注目されてる選手はいらっしゃいますか?』
『当然、前回大会で優勝されているギルベルト選手の圧倒的な強さは今大会でも注目の的となるでしょう。加えて今回複合部門に初挑戦されたアゼリア選手ですが、彼女は予選リーグでは全勝、その上なんと脅威の2.5秒という今大会最短試合記録も保有しています。彼女の活躍にも期待が高まりますね』
実況の講師に問われた解説役の歴史学の講師も、純粋に一観客として試合を楽しみにしている様子が声のトーンから窺えた。
っていうか実況と解説って平等と公平を掲げてるはずなんだけど、そんな偏った評価とか発信しちゃっていいの……!?
そしてこの会場内のどこかでクラリエやミモナと一緒にあの裏切り者顔の護衛騎士がこの解説を薄ら笑いを浮かべて聞いてると思うと、なんとも言えない羞恥心が込み上げてくる。
審判団に続いていった先、闘技場の中心では2人の男性が私たちを待っていた。
すなわち『公開試験会』で私たちの武力と勇気のぶつかり合いを見届ける、この国の武力のトップ……最強の魔術師である"賢者"と、最強の剣士である"剣聖"だ。
今回"剣聖"の公務として『公開試験会』に招待されたジェトリウスは、屋敷にいるときと同じ何事にも動じない無表情のように見えて、近づくと実際にはいつもの何倍、何十倍も殺気というか……思わず震えそうになるほどの緊張感を漂わせていた。
対して"賢者"はジェトリウスよりもさらに若そうな男性で、雰囲気もだいぶ柔和だ。
同じトップと言っても15年以上その座を守り続けているジェトリウスと、数年の間に何度も称号が受け継がれている"賢者"では、その称号にかかる責任の重さも違うのかもしれない。
"賢者"と"剣聖"と向かい合い、闘技場にずらりと並んだ赤、青、黒の試合用礼装を着た24人。
その24人を代表して前に出たクロヴィスは、静まり返った闘技場で剣を抜いて掲げる。
「宣誓」
その目は真っ直ぐに目標であるジェトリウスを捉えていた。
「我々は自らの誇りと勇気を胸に、磨き上げた極限の戦闘技術をもって、貪欲に勝利を追い続けることを誓います」
「…………」
拡声器を通して闘技場中にクロヴィスの誓いの言葉が届く。
お綺麗な貴族には言えないような……泥臭くて無骨で驕りのない、とてもクロヴィスらしい選手宣誓だった。
クロヴィスが剣術部門の生徒たちの列に戻ったのを確認すると、今度はジェトリウスが前へ出る。
「国境を守る一部の貴族家を除いて、騎士や兵士以外が戦場に赴く機会は時代とともに減った。私はそれを平和の象徴だと感じている。だが、戦いを忘れ、武力を失うことが正しいことだとは思わない。爵位ある貴族たる者、痛みを知り、万事に備えて己の武力と敵へ立ち向かう勇気を常日頃から培うべきだ」
"剣聖"としてのジェトリウスの壮絶な過去を知らない貴族はいないだろう。
彼はこの場にいる誰よりも、武力によって一族や国を守り、今の地位を手に入れた人物だ。
「此度は未来の各貴族家を牽引するであろう、優れた武術と偉大な勇気を持った24人の戦闘を目にできることを光栄に思う。この場で相手に勝つということは、それだけ優れた力を持つ一族だということを証明し、他家を牽制することに繋がる。己は他者に比べてより強く、より勇気があるのだということを、いざ存分に示せ。各人の健闘を祈る」
ジェトリウスの言葉をもって、実質的に『公開試験会』は幕を開けた。
司会の講師は、歓声と大合奏に包まれる闘技場に声を届けることに苦労してるようだ。
審判団を闘技場に残したまま、国の武力のトップの2人とこれから試合に臨む24人が闘技場を後にして、選手紹介がメインだった開会式はあっさりと終了した。
このあとはもう複合部門の第1試合だ。
私にもすぐに選手控え室へ移動するよう事務員から指示が出た。
……いよいよだ。
「じゃ、私アゼリア応援団組ませてるからそろそろ行くわ。とりま全力でボコせ!」
励ましてくれたつもりなのか、ルチアナが私の肩をポンと叩きながらそう言った。
…………ちょっと待って。
「アゼリア応援団!? な、何ですかそれ、聞いてないのですが……!」
「あーね? 別にたいしたことじゃないって。ちょっと観客席買い占めて使用人に弾幕用意させただけだから」
『公開試験会』の観戦チケットはただでさえ安くないっていうのに、席を指定するとなると金額は倍以上に跳ね上がる。
公爵家にはいい席があらかじめ用意されてるのに、この子はそんなことに無駄遣いを……!
推し活が楽しい気持ちは正直わからなくはないけども!
「選手を無駄に拘束すると妨害行為と見なされるわよ」
そう言いながらミレーユはルチアナの腕を引くと、私を振り返る。
「精々大勢の観客の前で無様な姿を晒すことにならないよう祈っているわ」
「ふふ。ありがとうございます、ミレーユ」
「……別に応援したつもりはないのですけど?」
頑張って、愛してると情熱的な応援を飛ばすルチアナを引きずってミレーユが出ていってから、最後にその場に残っていたクロヴィスが私に向き直った。
「俺もお嬢様のご活躍をお祈りしてます。ジェトリウス様もおっしゃってましたが、どうか……ご存分に」
「ありがとう、クロ。気負わず、いつも通りに戦ってきます」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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