悪魔の話(2)
「…………」
私は自分が伝説の聖女ではないかと言われたとき、世界を救うために自分の命を差し出さなければならないくらいなら、そんな世界なんて滅んでしまえばいいと本気で思っていたし、その思いは今でも変わらない。
じゃあ、国を救うためには命すら惜しまないと言っているのが私の知り合いで……仮にも婚約者だったら?
国を見捨ててでも生き延びろと引き止めるべき?
ひとりにはさせないと言って自分の命も一緒に差し出すべき?
「(……そうじゃない、国か自分のどちらかを犠牲にするっていう0か100かの考え方はよくない。二択だけじゃなくて、他にも道はあるはず……冷静にならないと)」
私が偏った思考に陥らないよう深呼吸をしたのを見計らっていたかのように、それまでニヤニヤしながら話を聞いていただけだったヴァステリアが口を開く。
「小娘がしょうもないことに頭を悩ませている間、儂から物語を聞かせてやろう」
し、しょうもないこと!?
これでも真剣に焦ってるんだけどね!?
「……古来よりこの世界には貴様ら人間の住む『人間界』と、魔族の住む『魔界』が存在している。この二つは鏡合わせのようにできており、世界を満たす魔力の源……マナの種類自体が異なるため、それぞれの住人は基本的に自分たちの世界でしか生きる適性を有していない。普通に生きている限りは行き来どころかお互いの世界を認識することもないわけだ」
『人間界』と『魔界』。
本当に物語の設定みたいなヴァステリアの話に、レオンもジェトリウスも……クロヴィスも、警戒を混じらせた顔をしながらも耳を傾けていた。
「一般的に貴様らの呼称する『悪魔』とは、大罪を犯して魔界を追い出された魔族の成れの果てを指す。そいつらは力の多くを削がれた状態で魔界と人間界の隙間である『虚界』に幽閉されるのだが、ごく稀に境界をすり抜けて人間界へ紛れ込んできてしまう個体がいる。そのほとんどは生態環境の違いに淘汰され、害をなすこともなく消えていくのだが……中にはしぶとい個体もいてな。王家と何かしらの契約をしたという件の者や、過去に聖女が退けた災い、そして人間の儂と融合した悪魔……ティアレインなどがそうだ」
「……!」
ヴァステリアの体は、魔界で大罪を犯した悪魔……?
しかも人間界でも生きていくことに適合できた、言ってしまえば超厳選個体……ってこと?
「ティアレインの場合は個体としても人間界への適性が比較的高いようだったが、それでも人間である儂と融合したことでかろうじてこの世界での形を保てているだけな上、自我はそう経たずに消失してしまった。そこで、だ。王族の小僧よ、貴様は悪魔の姿を見たか?」
ヴァステリアからの問いかけに、レオンは否定を示す。
「姿は見ていない。儀式をおこなう地下室に何かがいることには間違いないが、目では確認できない」
「悪魔が人間界で生きていくには、存在を媒介するためのアンカーが必須だ。ティアレインの場合はそれが儂の肉体だった。だが……目には見えないがいるとなると、貴様ら王家の人間が差し出しているのはおそらく実体を持たない何かなのだろう」
優雅に足を組み替えたヴァステリアは、小さくため息をついてからティーカップへ手を伸ばした。
「以上が儂がティアレインから得た一般論だ。ここから先の情報については、小僧の言う禁書の中に手がかりが残っていることを願うばかりだな」
ヴァステリアの言葉に静かに耳を傾けていたレオンは彼女を見据える。
「あなたも王家と契約をしている悪魔がどういった存在なのかは知らないのだな」
「知るわけがないだろう。貴様はこの世界に住む全ての人間の情報を把握しているのか?」
……世界中の、とまではいかなくても、恐ろしいことにレオンだったら国内の人間くらいは本当に把握してるかもしれないけど。
私はレオンの背後に控えるジェトリウスのことをチラリと見る。
今は護衛に徹しているからか、私たちの会話に口を挟む気配はない。
合理的で、客観的で、いつでも一番実現可能性が高い安全策を選び取るこの公爵だったらどうするだろう?
「……レオン様、このことは国王陛下はご存知なのですか?」
「いや。父上にも弟たちにも伝えていない」
「それでは……まずは陛下へご報告し、国として全員で解決に臨んでいくのはいかがでしょうか?」
レオンひとりでどうにかしようとするにはあまりにも問題が大きすぎる。
「おそらくそれが出来んから此奴は儂らを頼っているのだろう」
「え?」
レオンの代わりに答えたのはヴァステリアだった。
「儀式と称して定期的になんらかの力を供給し続け、代わりに悪魔から膨大な魔力を受け取っているということは、おそらく王家の人間はすでに悪魔の傀儡になっている。ご丁寧に認識を阻害されることからしても、相手は王家の人間を監視し、その意識に介入できると考えていいはずだ」
「ああ。おそらく明らかな反逆の意志があると相手に悟られたら、その時点で俺たちは殺されるだろう」
……そうか。
だからレオンは外界からのあらゆる影響を遮断するこの亜空間での対話を希望してたんだ。
「ま、相手にとっても貴様らは安定供給が約束された大事な餌だ、無闇矢鱈に殺したりはせんだろう。儂だったら精々自我を奪う程度で済ませる」
餌!?
い、言い方~!
「そうなると尚悪いな。この国は間違いなく滅びる」
「とはいえ今のところ貴様らを野放しにしている様子からみるに、自我を奪うとなるとそれはそれで余計な力を使うことになるんだろうよ」
監視されてる以上、レオンや国王が指揮をとっての大掛かりな悪魔退治は不可能……。
レオンは私たちを見渡し、話題が途切れたタイミングを見計らって口を開く。
「話をまとめる。最終目標は王家と契約をしている悪魔の討伐だ。これには国を動かすことができないため、俺が内々に処理するつもりでいる。そのためにも至急情報収集に協力してほしい」
私はクロヴィスを振り返る。
彼が小さく頷いたのを確認してから、テーブルに置かれた2通の封筒を手にした。
上質な手触りの封筒にはきちんと王家とレオンの証明となる封蝋が施してある。
「最悪の場合、奴は次の新月の儀式の際に完全に目覚める可能性があるため、それまでに何らかの策を講じる」
「……そのためにも、わたくしはクロと共に王城の禁書を調べます」
「儂もティアレインから見聞して書いた悪魔関連の書物を再度調べ直しておこう」
レオンは頷いたあと、最後に私を見た。
「『公開試験会』の決勝が迫ったこの時期にお前を巻き込んでしまったことを改めて詫びる」
「いえ。国を守るためのお力になれるよう、わたくしたちにできることは何でもいたします」
「……」
レオンの静かな瞳は私に何かを伝えようとしていたようだったけど、結局彼の口から追加の音が発せられることはなかった。
◇
「アゼリア、クロヴィス」
私とクロヴィスはジェトリウスと共にレオンを転移門まで見送ると、光の落ち着いた門に背を向けた彼に呼び止められた。
「私は殿下からご下命を賜ることはなかったが、これだけの国の大事を知りながら、忙しいお前たちに全ての情報収集を任せるつもりはない。少なくとも、お前たちが『公開試験会』で試合に集中できるように動いておく」
「ありがとうございます、お父様」
「長い人生の中で、学院で過ごせる時間は限られている。大切にしろ」
「……はい!」
相変わらずの鉄仮面のはずなのに、温かさすら感じるくらいには、私はジェトリウスのことを理解し始めてるらしい。
平和な学生時代を送った経験のないジェトリウスは、我が子にそれを経験させてやることが平和と幸福の証明だと思っている。
『公開試験会』の結果にこだわりを見せることは今までもなかったようだけど、きっと心のどこかではいつだってアゼリアの成功と勝利に期待し、成長を楽しみにしてくれてるんだろう。
ジェトリウスのためにも、明日の決勝トーナメントは気を引き締めて取り組まないと。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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