悪魔の話(1)
ヴァステリアの了承を得たことで、私は今度はジェトリウスにレオンの訪問があることを伝えた。
ため息ひとつこぼさずに執務の手を止めたジェトリウスはすぐに使用人たちにレオンの出迎えの手配をする。
こちらが王城に出向くのと違って、いくらレオン自身に「出迎えも歓迎も不要だ」と言われたところでそういうわけにはいかないのが貴族社会のもどかしいところだ。
豪勢さや仰々しさを極限まで削り、それでも転移門の前で待ち構えていたフェリオール家の当主の姿に、転移を終えたレオンは相変わらずの冷静な目を向けていた。
むしろ驚かされたのはジェトリウスや私のほうだ。
「…………殿下。失礼と承知で申し上げますが、護衛はどうされたのですか」
レオンは普段から4、5人は連れ歩いている王宮の護衛を1人も連れていなかった。
「俺にも聞かれたくない話くらいある。護衛たちの相手は執事長に任せてきた」
……いやいやいや、どういうこと!?
護衛を振り切ってきたってこと?
それとも執事長に身代わりをさせて……?
王家の人間が夜に身ひとつで外出なんて、例え行き先が公爵家とはいえさすがに身勝手がすぎる……とジェトリウスは思っているらしい。
万が一にもレオンに何かあったら国がひっくり返る上、全ての責任はジェトリウスにのしかかる。
それでも若き公爵は鉄仮面を崩さずにすぐに切り返した。
「それでは僭越ながら、殿下のご滞在中は私が護衛を務めさせていただきます」
王国の"剣聖"が護衛だなんて、なんて贅沢……!
王宮の護衛5人よりも安全に違いない。
レオンもそれで納得をしたのか、ジェトリウスに何か別の注文をすることはなかった。
「師匠はこちらの部屋でレオン様をお待ちです」
ヴァステリアに貸している客室へとレオンを案内し、私は控えめにドアをノックした。
すぐにドアを開けたヴァステリアは私とクロヴィス、レオン以外にジェトリウスの姿を見て首を傾げる。
「当主の小僧も呼んだのか?」
「ええと……お父様はレオン様の臨時の護衛です」
「ふぅん? まあ、入れ」
相変わらず散らかっている時計塔のヴァステリアの部屋を通り抜け、亜空間に繋がる扉へと進む。
レオンもジェトリウスも私と違い、なんだかよくわからない生き物の骨のようなものが足先を掠めても顔色ひとつ変えなかった。
修羅場をいくつも潜り抜けたら、私にも何事にも動じないメンタルが身につくのかな……。
ヴァステリアの亜空間の中には丸いテーブルに椅子が3つ。
テーブルにはおしゃれなティーセットが用意されている。
「ここは外界のあらゆる干渉を受けない儂の部屋だ。好きなところに座れ」
レオンの着席を待ってから私は腰を下ろし、護衛として来ているジェトリウスとクロヴィスは私たちの後ろに立っていた。
「明日は儂の弟子の大切な試合がある日らしくてなあ。挨拶も前置きも全て省いて結論だけ言ってくれるか」
自身も腰を下ろすなり足を組んで堂々とそう言ったヴァステリアの失礼な態度に私は頭を抱えたくなったけど、レオンは気にしていないようだから胸の奥深くにしまって絶対に掘り返さないことにした。
「俺は今日、2人に協力を請うためにここへ来た」
レオンのいう2人とは、彼の瞳に映る私とヴァステリアを指しているようだ。
「最初にヴァステリア殿にひとつ確認をしたい」
レオンの森の奥の泉のように静かで澄んだ瞳は、ヴァステリアのことを真っ直ぐに見る。
「あなたが所謂"悪魔"と呼ばれる存在であることは、アゼリアから聞いている。間違いはないか」
「まあそうだな。儂のこの肉体や肉体に付随する力の多くは悪魔のものだ」
「つまり、この世界にはあなたの他にも悪魔が存在するという認識でいいのだな」
私は2人の会話を黙って聞きながら、以前ヴァステリアが話してくれた聖女の伝説……史実のことを思い出していた。
800年前と600年前、悪魔による世界の破滅の危機を、当時の聖女が救ったのだと。
そのことからも、ヴァステリア以外の悪魔がこの世界に潜んでいることはなんとなく察してはいた。
ヴァステリアはニヤニヤと笑いながら、私の想像から大きく逸れない答えをレオンに返す。
「ああ、この世界には儂以外にも悪魔がいる」
「その顔、すでに話の着地点に気づいているようだが」
「いいや? この儂といえどまだ予想の範疇を超えてはいない。恐ろしく巧妙なようだからなあ」
……?
2人は一体なにを……?
レオンはヴァステリアの曖昧な答えで確信を得たのか、今度は私へと向き直った。
「おそらく王家は悪魔と取引をしている。俺たちは何らかの力と引き換えに奴から莫大な魔力を得ている可能性が高い」
「!?」
レオンの言葉に、私は体が奥の方から冷えていくような気がした。
レオンは表情ひとつ変えずに、自分の考えの根拠を私たちへ説明する。
自分たちが新月の夜におこなっている儀式のことや、そこでおそらくレオンだけが耳にしているという"大地の精霊"の言葉……。
私は今、この世界の恐ろしい闇の片鱗に触れているはずなのに、ヴァステリアに聞いていた聖女と悪魔の戦いや、昼間のリノンの話から生まれていた疑問への回答が少しずつ噛み合ってきたことで、逆に宙を掻いていた足がようやく足場を見つけたような安心感も感じていた。
暗闇の中で居場所も姿形もわからなかった敵が、うっすら輪郭だけ見え始めたかのような。
「父上も弟たちも、己の信仰心が悪魔に力を与え、王国に破滅を呼び込もうとしていることに気づいていない。かくいう俺もこの体の大半が悪魔の魔力でできているからか、王家と悪魔の関係を認識していながら……それを断ち切ろうとしても、できなかった」
「ふむ。できなかった、というのは?」
「認識阻害魔術が発動している。俺が信仰の元となっている祭壇に向かって攻撃をしようとすると目標が認識できなくなる上に、悪魔信仰に関する書物を探しても視認できない」
レオンによると王城には禁書を封じてある部屋があるものの、彼が片っ端から全ての本を調べたところ、読んだ本の数が登録されている蔵書数と一致しなかったらしい。
ふむ、と顎に手を当てて何かを考え込んでいた様子のヴァステリアは顔を上げるとレオンに改めて聞く。
「で、儂と小娘に何を手伝わせるつもりだ?」
「ヴァステリア殿には悪魔について知っている全ての情報提供を頼みたい」
「ほう?」
「本来、俺たちにとって悪魔は物語の中だけの存在だ。現実で相手取るには圧倒的に情報が足りない」
「なるほどな」
ヴァステリアはイエスともノーとも言わずにニヤニヤしたまま口を閉ざす。
次にレオンは2通の封筒を取り出してテーブルに置くと、私を見た。
「王城への招待状と、禁書エリアへの立入許可証だ。アゼリアとクロヴィスの分を用意した」
クロヴィスの分まで……?
「お前たちには俺の代わりに禁書を調べてほしい。禁書エリアで俺が認識できなかった本の中に、王家と取引をしている悪魔についての手がかりがあるはずだ。いつから、なんの目的で、何を代償に取引をしているのか、奴の正体は何なのか……ついでに倒し方までわかったら何もいうことはない」
王家の人間が他人を頼ってまで集めた情報を集約して……もしかして。
「……もしかして、レオン様はお一人で悪魔を倒すおつもりですか?」
レオンの表情はいつもと変わらない。
冷静で、合理的で、芯があり、己の内に秘めた王族としての誇りを信じて疑わない顔だ。
「そのつもりでいる。これは王家の罪だ。無関係な人間を危険に晒すわけにはいかない」
「そんな……」
「俺ひとりの命でこの国を救えるのなら、そこに迷う余地などない」
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