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リノンから見たレオンの話

挿絵(By みてみん)

「マカロンだけ買って、今日は早めに屋敷に戻ります」


「承知しました」



クロヴィスにそう伝えると足早にお目当ての店へ向かう。



冷静に考えてみた今、少しだけ胸騒ぎがしていた。

よりによって『公開試験会』決勝トーナメントの直前っていうこの時期に、わざわざ私にも報酬を支払うと言ってまで、第一王子が直々にヴァステリアへの取次を頼んできた。

少なくとも王宮からジェトリウスに命令を下せば問答無用で彼女との面会は叶うはずなのに。


もしかしたらこれはレオンの独断で、しかも王宮に知られたくないこととか?



……理由がなんであれ、ここでレオンに恩を売っておくことは今後の私の安全のためにもなるはずだ。

リターンの割に大した手間でもないし。



王都の人気スイーツ店の出張店舗は中庭の一角にその肩書きに恥じない堂々たる出張店舗を構えていた。

白を基調とした石作りの壁、シンプルなようで屋根や窓枠などの装飾がとても凝っていて、花のエフェクトまで飛んでいる。

かなりお金をかけて、腕のいい魔術師を雇って建てさせたんだろう。


その甲斐もあって、今日はまだ生徒しかいないはずなのにかなり賑わっているようだ。

列を作って買う順番を待つ、なんてことを知らない貴族たちは我先にと押し合って店員たちを困らせていた。



「ご注文が決まっているようであれば俺が行ってきます」


「そうですね……」



優しいクロヴィスの言葉に甘えさせてもらうつもりで頭の中で注文をまとめていると、店から知った顔が女子生徒たちの間を抜けて出てきたことに気づいて声をかける。



「リノンさん」


「わ! アゼリア様! こんにち……じゃない、ごきげんよう!」



慌てて服のシワを整えながら、自分たちが使い慣れた挨拶をわざわざ言い直して、それでもリノンは私に花のような笑顔を向けてくれた。


くっ……!

相変わらず素朴なかわいさが眩しい、圧倒的なメインヒロインオーラ……!



「わたくしに対しては無理して馴染みのない挨拶を使わなくても構いませんよ」


「う……すみません、ここでは挨拶は『ご機嫌よう』だってわかってはいるんですけど、気を抜いているとつい……。アゼリア様もお菓子を買いに来られたのですか?」



そう聞いてきたリノンはまさに目の前の店のロゴが入った小さな紙袋を大切そうに抱えていた。

私はその微笑ましい姿につい顔を綻ばせてしまいながら頷く。



「ええ、せっかくなので家族へのお土産にと思って」


「わぁ……! きっとご家族もお喜びになりますね!」



リノンが飾り気なくふふっと笑うとふわりと前髪が揺れて、それだけでどうしようもなく懐かしいような、切ないような……母親に甘える子どもみたいに、彼女に縋りたい気持ちになってしまう。

なんという……魔性なほどのすさまじい母性……ッ!



「ふふ! アゼリア様がこのお店のラズベリーマカロンとラングドシャがお好きだとレオン様からお聞きしたので、私も奮発して買ってみたんです。でも実物を見たら飾っておきたいくらいかわいくて、食べるのには覚悟が必要そうです……」



笑顔のあとにしゅん、としてしまったリノンに、私は思わず目を見開く。

……ちょっと待って、え?



「……リノンさんはレオン様と……わたくしについての話をしたことがあるのですか?」



リノンは私の問いにまっすぐな笑顔で頷いた。



「はい! レオン様はアゼリア様のことをたくさんお話ししてくださいますよ。アゼリア様の好きな食べものやご家族について、おふたりの幼い頃の思い出なども!」



……信じられない。

いくらリノンが屈託のない性格で好奇心旺盛だからって、レオンはどう考えてもそんな他愛ない雑談が弾むような相手じゃない。


それこそアゼリアはレオンと付き合い自体はかなり長いし、幼い頃から彼のことを知ってる。

それでも会話しようと頑張ったって、私には質疑応答がいいとこだった。


え、もしかしてリノンの言ってる「レオン様」って、私の考えてるこの国の第一王子とは別人だったりする?

いや、そんなバカな……。


最近の感じだとレオンからの好感度はそんなに低くないかもって思ってたけど、リノンと比べちゃうと全然そんなことなさそうだな……。

やっぱり何が何でもヴァステリアとの話の場を設けてポイントを稼いでおかないと。



私がクロヴィスにフェリオール家のみんなへのお土産の希望を伝えると、彼は頷いてこの場をあとにする。

リノンと話しながら横目でクロヴィスの様子を見ていると、彼が近づいてきたことに気づいたご令嬢たちはなんと押し合いをやめて自ら道を開け、場所を譲った。

その様子は前世でいうところの、海を割るモーセみたいだ。

クロヴィスは穏やかに微笑んで、頬を染める彼女たちに丁寧にお礼を言いながら、無事店で注文をしていた。


あれって無自覚でやってるのかな……。

クロヴィスってもしかして天然の女たらし……?


クロヴィスの戻りを待っている間、私はリノンへ聞いてみることにした。



「リノンさんはレオン様とよくおしゃべりを?」


「よく、と言えるほどの頻度では決して……。本当にごくたまに、私が歌を歌っているとレオン様がお見えになるんです。その時にお話も少し」


「以前わたくしもリノンさんの歌声を聞いたことがありますよ。とても美しくて……優しい歌声でした」


「えっ!? アゼリア様もお聞きになってたなんて……!」



リノンは恥ずかしそうに赤くなって両手で頬を覆う。



「あの素晴らしい歌声はどこで身につけたのですか?」


「私、故郷の村ではシスターの見習いをしていまして……歌はどれも、教会の聖歌隊の先輩シスターから教わったものなんです」



なるほど……。

以前聞いた歌が讃美歌のように聞こえたのは、実際そうだったからなんだ。


リノンは頷いた私の顔をちらりと見てから視線を逸らす。

どうも何か言いたげな様子だ。

言葉を促す意味でできるだけ優しく笑いかけながら首を傾げると、リノンはおずおずと言葉を紡いでくれた。



「……その、これは確信があるわけではないので、もしかしたら……とても失礼なことにあたるかもしれないのですが……」


「わたくしにはそういった気遣いは不要ですよ。心配なことがあればなんでも相談してください」


「は、はい…………えぇと、レオン様のことなのですが。もしかしたら、どこか体調がお悪いのかもしれません」



リノンの言葉に、私はついさっき会ったレオンが疲れたような雰囲気だったことを思い出す。



「……どうしてそう思ったのですか?」


「私たちの故郷では土地からの恩恵により、一定の修行を積んだシスターの魔力に聖属性が付与されるんです。そのため、体調が悪い方の家々を聖歌隊が訪問して、回復を願うために歌を捧げるという治療法があります」


「……!」



魔力に聖属性が混じる一族の話はアゼリアの記憶の中にもある。

ただそれは現実との境が曖昧な、それこそ聖女の伝説と同じ括りの物語の一部だったはずだ。

まさか実在する話だったなんて……。



「聖属性の魔力には一部の病や呪いを浄化する力があります。私の歌を聞いてくださるレオン様は、たまにそういった聖属性によって浄化される……なんらかの瘴気を帯びていることがあるようなんです」


「……レオン様が、何かの呪いを受けていると?」



私の質問に、リノンは少しだけ苦い顔をして力なく首を横に振る。



「……ご本人はお気づきではないようですし、確信は持てません。というのも、通常呪いは解除されるまでずっと呪われたままのはずですが、レオン様の場合は呪いの兆候が現れたり消えたりしているというか……。少なくとも、私は今までそういった例を見たことがなくて」



王家の人間ともなれば、毎日鬱陶しいくらい健康状態の確認をされるはずだし、外部からの呪いへの対策も十分過ぎるほどしてるはずだ。

かといって、リノンの言葉をそれは気のせいだと払い除けるには安心材料が不十分だった。



「確かに少し気になりますね……。相談してくれてありがとうございます。わたくしも気にかけてみます」


「あ、ありがとうございます、アゼリア様……!」



リノンがほっとした様子で私にお礼を言った後方で、クロヴィスが買い物を終えてこちらに向かってくるのが見えた。



「お待たせいたしました、お嬢様」



いつもより騎士感マシマシのクロヴィスが胸に手を当てて小さく頭を下げた。

後ろから他家のご令嬢たちにちらちらと視線を送られてるのを理解してる所作だ。



「ありがとう、クロ。早かったですね」


「親切にも、皆様が店までの道を譲ってくださいましたので」


「まあ。お礼を忘れずに言うのですよ」


「はい」



クロヴィスは返事をしてから振り返ると、ご令嬢たちに「ありがとうございました」と紳士的な態度で改めてお礼を言った。

ハートが飛んでるようにすら見える彼女たちの様子を見るに、きっとクロヴィスのファンクラブができる日も遠くないだろう。

直接的な私の、というわけではなくても、クロヴィスの味方だって多いに越したことはない。


私はリノンに向き直った。



「リノンさん。先ほどの件について、もし他に気づいたことがあったらいつでもわたくしに声をかけてください」


「わ、わかりました」


「わたくしも、あなたに手伝って欲しいことがあるときは声をかけに伺いますね」


「は、はい! 私でよければ、喜んでアゼリア様のお力になります」


「ありがとう。それでは、わたくしはこれで」


「ア、アゼリア様!」



笑顔を残して立ち去ろうとした瞬間、リノンに引き留められる。

何か言い忘れたことでもあったのかな?

彼女を振り返ると少し恥ずかしそうな顔で、けれどもしっかり私の目を見ながらリノンは口を開く。



「明日の『公開試験会』の決勝トーナメント、応援してます!」


「!」


「アゼリア様に、神のご加護があらんことを」



私のために指を組み合わせて祈ってくれたリノンに、私はアゼリアに転生してから数えるほどしかしていなかった心からの笑顔で「ありがとう」と言うことができた。

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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