聖女(5)
……どれくらいの時間ベンチに座ったままぼんやりしていただろう。
正直すぐには理解が追いつかなかったけど、同時に『アゼリアという公爵令嬢』の身に起きたこととして物事を冷静に見られているというか……どこか他人事のようにも思えてきた。
アゼリアも伝説の聖女と同じように、たった一人で世界を混沌から救うための冒険とかに出ることになるのかな。
……いやいやいや、魔物とか災厄とかと戦える自信なんかない、そんなの怖すぎる。
私は長生きしたいのに、そんなもんと戦ってたら命がいくつあっても足りない。
「ふぅ…………」
深く息を吐いた。
そろそろ足にも力が入りそうだ。
立ち上がろうとした私にクロヴィスがすかさず手を差し出してくれたが、大丈夫、と断って自分の力で立ち上がった。
ぐぐっと腕を上げて思いっきり体を伸ばす。
考えたところで仕方のないことも多い。
「ねぇ、クロ。ひとつ質問してもいい?」
「はい、なんなりと」
「あなたは伝説の聖女についてどう思っていますか? あくまでわたくしとはまったく関係のない存在として、あなたの忌憚のない意見を聞かせてくれませんか」
「……伝説の聖女、ですか」
クロヴィスは空を見上げてうーん、と呟き考えをまとめているようだ。
「……俺は何があってもお嬢様の護衛騎士で、この事実と決意は今後も決して揺るがないものとしてお伝えしますが」
「うん」
「俺は伝説上の聖女のことを不幸だと……いや違うな……不憫だと思います」
「それは……どうして?」
「特別な力を与えられた代わりに世界を救うという命運を背負わされるなんて、俺の基準では割に合うとは思えないからです」
普段大人びて落ち着いているクロヴィスが珍しく年相応というか、不機嫌そうな顔をしている。
「きっと伝説の聖女にだって読みたい本とか食べたいお菓子とか……一緒にいたい大切な人がいたはずなのに、そんな力を与えられてしまったばかりに、顔も知らない人たち、見たこともない地のために命をかけて災厄と戦わなければならないなんて。そんなの、世界のために犠牲になれって言われてるようなもんでしょう」
「………………」
「伝説は伝説だからこそ聖女の死が美談にされてますが、俺には一人の少女が世間の大勢の圧によって殺された、ただの胸糞悪い悲劇にしか見えません。とても現実で起きていいようなことじゃない」
クロヴィスは以前からもアゼリアの求めに応じて臆さずにきちんとものを言える性格だったようだけど、聖女に対してもここまではっきりと自分の意見を持っていたとは驚きだ。
しかも聖女のことを不憫、その華々しい伝説のことを胸糞悪い悲劇とまで言うなんて。
想像していたのとはだいぶ違った返答に、私はなぜか嬉しくなってしまった。
「正直俺は、自分の大切な人が幸せなら他はどうなったっていいです。逆に言えば、俺の大切な人を犠牲にしないと成り立たない世界なんていらない」
まるで終わりに「Q.E.D.」と付きそうな勢いでそう言い切るとクロヴィスは口を閉ざす。
私は力の入った彼の言葉を聞いて思わずパチパチと拍手をしてしまった。
ハッとした様子のクロヴィスは言い過ぎたと思ったのか、慌てて弁解する。
「あくまでお嬢様とは関係のない、伝説の聖女に対する俺の意見ですが! …………申し訳ありません」
「どうして謝るのです? わたくしはてっきり聖女『肯定派』か『反対派』としての意見を聞けると思っていたので、そんな枠に囚われないあなたの貴重な意見を聞けたことがとても嬉しいです」
「う…………」
心から興味深く、感謝を込めて努めて笑顔で伝えたつもりだったのに、どうやら逆にクロヴィスのことを追い詰めてしまったらしい。
難しいな……。
「もしかしたら伝説の聖女も元は普通の少女で、世界を救うために災厄に立ち向かわなければならなくなっただけかもしれない。……本当に、あなたの言うとおりです」
「……はい」
「あなたは……わたくしが伝説のとおりに聖女としての使命を背負わされてしまったら、と考えてくれたのですね」
「…………」
私とは全く関係のない存在としての聖女の意見を聞いたはずだったのに、クロヴィスは本当に優しくて優秀な騎士だな。
「わたくしには今でも、聖女の伝説はどこか他人事のように聞こえています。我が身に起きているという実感がまだない。だからこそ、わたくしは世界を救うために恐ろしい悪と戦うつもりも、自分の自由や、やりたいことを手放すつもりもありません」
「……!」
「世界を救うために自分の命を危険に晒すなんて絶対に願い下げですし、世界を救うことと引き換えにわたくしが命を失うことになるのなら、元よりそんな世界滅んでしまえばいいのです」
ああ、なんかすごい悪役令嬢っぽいセリフだ。
なのになんだか妙にしっくりきてしまうのは、アゼリアの体が肯定してくれてるからなのかな。
クロヴィスは驚いたようにアップルグリーンの瞳を見開いて私を見ている。
「わたくしは世界を救うためだからといって死ぬつもりはありません。ありがたいことに、わたくしには陛下にすら臆さずご意見をお伝えできる最強のお父様や、国で一番の兵力を持つ騎士団、わたくしのことを大切に想ってくれる優秀な護衛騎士がついていますので、皆にお力添えをいただけるのであれば……わたくしが命をかけなくとも、意外と何とかなってしまうかもしれません」
私は絶対に伝説の聖女と同じ轍は踏まない。
踏みたくない。
「だからこの先わたくしが困ったときは、どうかあなたの力を貸してくださいね、クロヴィス」
「…………」
クロヴィスはその場に静かに片膝をつくと、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「……仰せのままに、アゼリア様。いつだって、この身はあなたの幸せを守るためだけの剣となりましょう」
ありがとう、クロヴィス。
聖女が災厄に立ち向かっても伝説の通り命を落とすと決まっているわけではないし、聖女一人で悪に立ち向かわなくてもいい選択肢があるかもしれない。
そもそも"聖女の加護"が便利なただの後付けのチートスキルだとしたら、災厄なんて訪れないかもしれない。
一番悲しい未来に対して、私だけが不幸になる世界なんて自分はいらないと言い切ってくれたあなたの存在は、とても心強い。
大丈夫、私は絶対に生きてみせる。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




