勇気への尊敬と称賛
私たちが戻ってきた食堂は、相変わらず昼休憩前とは思えない人数の生徒たちで賑わっていた。
みんなモニターの予選試合の中継を気にしながら課題をやったり、ただ単に『公開試験会』を口実に堂々と授業をサボったり、それぞれ自由に過ごしている。
食堂内を見回して空いてる席を探し、クロヴィスと一緒に魔術部門の中継を映すモニターが見えるテーブルに来ると、私のことを二度見した近くの生徒たちはさりげなく席を移動していった。
いや、さりげないというかむしろ露骨だ。
え、な、なに……?
シリルの件は決着しても、「アゼリアの近くにいると危険な目に遭うかもしれない」っていうイメージは簡単には拭えないってこと?
それとも予選試合で相手の侯爵令息をバッサリ切り捨てたのがまずかった……?
でも『公開試験会』で怪我をすることは珍しいことじゃないはずだ。
私は内心焦っている感情を必死に顔に出さないようにしながら、クロヴィスが差し出してくれた課題をテーブルに広げた。
提出するだけ、という形ばかりのそれはアゼリアの優秀な思考リソースをほんの少し回すだけで片付きそうでとても助かる。
ミレーユの予選試合が始まるまでに全部片付けちゃおう。
「お、すげえガラ空きじゃねえか! ラッキー」
「ちょっ……ギ、ギルベルト様! 前、前!」
「ん?」
賑やかな声に顔を上げると、避けられて周囲に人のいない私の正面にギルベルトが座ったところだった。
いつもの付き添いの男子生徒が慌てた声で指摘したことで、彼は私の存在に気づいたらしい。
「よぉ、アゼリア! 殿下の婚約者ともなると、学院の食堂のテーブルまで貸切にできんのか」
「……わたくしが人払いをしたわけではなくて、同じテーブルに座ってくださる方がいないだけです」
「へえ。嫌われてんだな」
「きっ……!? 嫌われてなんか……!」
言いかけて固まる。
嫌われてない、と言い切れない自分が悲しい。
避けられてるってことはやっぱそういうことなのかな……。
ギルベルトは気にする様子もなくヘラヘラ笑っている。
「も、申し訳ございません、アゼリア様! 北方の大地にのびのび育てられたギルベルト様は少々他所様への配慮に欠いておりまして……!」
左右の手でそれぞれ持ったトレーにたくさんの食事を乗せて器用に運びながら、男子生徒が大慌てでそう弁明すると、それを聞いたギルベルトの眉間に見るからに不機嫌そうなシワがガッと寄る。
「はあ? どうしてこの俺が他人に配慮してやんなきゃいけねえんだよ」
「目の前にいらっしゃるのはあなた様よりお家柄もお立場もお上のアゼリア様ですよ!?」
「お前は俺からの配慮が必要か?」
ギルベルトの紅の瞳が正面から私を射抜く。
ノーと言わせない明らかな圧を込めながら。
……これを無意識にやってるとしたら結構やばい男なのかもしれない。
「いえ、わたくしは別に気にしませんよ。どちらかというと顔色を窺われるほうが気まずいです」
私は誰に対しても常に、ルチアナやミレーユみたいに気軽に接してくれて構わないつもりでいるんだけど、アゼリアの貴族としての立場は、本人の人柄を抜きにしても他人を遠ざけてしまうものらしい。
「な? 本人がこう言ってんだからいいんだよ」
「で、ですが……!」
「ごちゃごちゃうるせえな……飯が冷める」
「うっ」とか「ぐっ……」とか、散々葛藤を見せた素直な男子生徒は、最終的にギルベルトの言葉に従い、持っていた食事を彼の前に配膳した。
……結構な量だ。
ギルベルトは素行こそお世辞にも良いとは言えないものの、テーブルマナーには貴族としての育ちの良さが出ていた。
目の前で課題を広げている私のことなんてまるで見えていないかのように、よそ見もせずに黙々と食事を口に運ぶ。
向かい合った席に座りながら会話もなく、それぞれ別々のことをしている私たちの様子は正直異様で、どうしても周囲の生徒たちからの視線がちらちらと鬱陶しい。
気にしたら負け、気にしたら負け……と自分に言い聞かせながら紙にペンを走らせていると、少しもしないうちにクロヴィスが私へと声をかけた。
「お嬢様、ミレーユ様が闘技場に入られましたよ」
「!」
慌てて顔を上げると、食堂内の複数の魔術道具のモニターに、様々な角度でミレーユが映っていた。
足取りも表情も堂々としたもので、しっかりと勝利を見据えてるようだ。
……よかった。
「ミレーユ様、試合に出てらっしゃるのね……大丈夫かしら」
「俺だったら兄貴があんな事件起こしたら10年は引きこもるけどな」
「ヴァロワール公爵に言われたんだろ、あの方厳しそうだし。……さすがにちょっと気の毒だな」
生徒たちのミレーユへの感情は同情や心配の声が多いようにみえる。
それは彼女の人徳を表しているかのようだ。
「あの女……休んでたんじゃなかったの? こんな時まで試合に出るなんて、そんなに勝利に飢えてるのかしら。騒ぎを起こしたんだから予選くらい不戦勝でラクさせてよね」
「……」
そんな中、近くでどうしても聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
『公開試験会』の予選でミレーユと戦う予定がある、伯爵家の令嬢だった。
責任感の強いミレーユがどれだけ自分を責めて、その上今後のヴァロワール家を背負うことになって、どれだけ大変な思いなのか。
それでも惨めな姿を晒すまいと、疲労も悲しみも顔に出さずに『公開試験会』の試合会場に立っていることがどれだけ立派なことか。
それを、ラクがしたいからって不戦勝を望むなんて不謹慎すぎる。
私がペンを置くより一瞬早く、ギルベルトがグラスの水を近くにいるその伯爵令嬢に向かって思いっきりぶっかけた。
「きゃああっ!? な、なに!? 冷た……!」
「あー、悪いな、手が滑った」
「な、何の真似です!? ギルベルト様!」
伯爵令嬢は付き添いの女子生徒たちにハンカチで髪や服を拭いてもらいながらも、ギルベルトへ食ってかかる。
うんうん、たとえ階級が上の相手だろうと大勢の前でやられたままでいたら家の名誉に関わるもんね、貴族令嬢の鑑だ。
っていうか、よりによって"あの"ギルベルトに言い返す勇気がすごい。
「これは立派な暴力ですよ!? 停学から明けたばかりだというのに、本っ当に懲りないのねぇ!?」
「だから謝っただろうが」
「北部の野蛮な田舎貴族風情が……! 誠意が足りないって言っているのがわからないのかしら!?」
「ははっ、なら田舎者の俺にマナー講座でもしてくれよ、都会の貴族様」
へらへらと笑っているギルベルトに対し、いつも彼に付き従ってる小柄な男子生徒は頭を抱えている。
かわいそうに、こんな感じのいざこざへの心労や後始末が絶えないんだろうな……。
「だがまあ、ちょうどよかったんじゃねえか? 頭が冷えて」
「は、はあ!?」
「平和に慣れてる都会のお貴族様ってのはテーブルマナーには詳しいようだが、どうも覚悟を決めて戦いに挑むヤツに対しての礼儀は知らねえと見える」
ギルベルトの顔からスッと笑みが消えて、声のトーンにも真剣さが混じる。
「名誉、仲間……国を守るために痛みも恐れず敵へ立ち向かう精神力ってのは、戦場じゃもっとも貴重で尊いものだ。北部の国境を守る俺たちノルディエン家は、その精神力……すなわち"勇気"への尊敬と称賛を決して欠かさない。どれだけ強靭な肉体、豊富な魔力を持っていようと、勇気がなきゃどうせ使いこなせねえからな」
「……ッ!」
おそらく本物の戦場を知らない伯爵令嬢は、ギルベルトの言葉に悔しそうに奥歯を噛み締めている。
「この学院の『公開試験会』は、そんなお前らみたいに平和ボケした都会のお貴族様の勇気を安全に試してやろうっていう、至極良心的な行事だ。不戦勝に期待するような生温い考えのヤツには、ハナから優勝なんて無理だろ。時間の無駄だ」
ギルベルトにいいように言われている伯爵令嬢に対して、周囲からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「不戦勝を期待するなんてね」だとか、「エントリーして満足したタイプじゃない?」だとか。
さすがに見かねた付き添いの女子生徒たちまでもが、「お嬢様、まずはお着替えを……」と伯爵令嬢をその場から連れ出そうとする始末だ。
「戦うことしか能がない田舎の貴族が……! あなたなんて……」
ズダン!
なおも食い下がろうとする伯爵令嬢の言葉を遮るかのように、ギルベルトは持っていたナイフを皿の上の肉に振り下ろした。
音を立てて真っ二つになった骨つき肉を見て、さすがの伯爵令嬢も青くなって黙り込む。
「俺がなんだって?」
「そこまでです、ギルベルト様っ! これ以上はまた停学になってしまいます!」
ギルベルトの付き添いの男子生徒が伯爵令嬢を庇うようにして前へ出てくると、彼女を振り返りながら鬼気迫る様子で告げる。
「この場は自分が引き受けますので今のうちにお逃げください……! どうかお命だけでも!」
「い、命!?」
「ご覧の通り、ギルベルト様のテーブルマナーでは次に手を滑らせるのはグラスではなくナイフかもしれません!」
「な、なんて野蛮なの……!? あなた、ノルディエン家の執事なら次期跡取りの教育くらい徹底させなさい!」
伯爵令嬢はそう捨て台詞を吐くと付き添いの生徒たちを連れて食堂から立ち去って行った。
フェリオール家ではまず考えられないようなひどい言われようだったけど、ギルベルトはあまり気にしてないようだ。
彼らなりの信頼と問題解決の形なのかもしれない。
……前に私たちのトラブルを仲裁したときもそうだったけど、あの付き添いの小柄な男子生徒は後に起きることを全部計算して……?
ただ慌ただしくて熱血でちょっと不憫なだけかと思ってた。
再び何事もなかったかのようにナイフとフォークをきちんと使いこなすギルベルトに、私は声をかける。
「……ギルベルト」
「ん?」
「ありがとうございます。ミレーユの名誉を守ってくれて。あなたが彼女に水をかけていなければ、手を出していたのはわたくしでした」
ギルベルトは一瞬手を止めて驚いたように私を見ると、別に、と呟いてフォークに刺した一口大の肉を口に運んだ。
「俺はただ、戦いをナメてるあの女が気に入らなかっただけだ」
本来ギルベルトは、アゼリアやミレーユと同じ高度戦闘魔術の授業を履修していた。
暴力事件による停学が明けてからは学院に登録を取り消されたのか、姿を見なかったけど。
そこでの縁もあってか、もしかしたら彼の中で私たちは名誉を守るべき学友になれてるのかもしれない。
そんな私たちに見守られ、ミレーユも無事『公開試験会』予選試合の初戦を華々しい勝利で飾った。
とても彼女らしい近距離・高火力魔力による迫力ある試合だった。
ミレーユの試合が終わった頃にはギルベルトもフォークを置いていて、立ち上がって私を見下ろしながら不敵に笑っていた。
「お前も決勝トーナメントまで勝ち抜いてこいよ、アゼリア。現"剣聖"の娘であるお前と、前"剣聖"を師に持つ俺……どっちの力が上か、公の場でハッキリさせようぜ」
「あなたにそこまで認めてもらえているなんて光栄です。わたくしとしても、望むところです」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




