腹を割って話をしよう
試合時間が繰り上がってるとはいえ、ミレーユの試合にはまだ時間があるはずだ。
きっと会える。
そう思いながら私たちがやって来た魔術闘技場の控え室のひとつのドアの前に、見たことがある顔の女子生徒が立っていた。
「(あれは……ヴァロワール家の使用人?)」
厳粛なヴァロワール家の使用人の中でも一段と隙のない厳しそうな顔をしていて、なんだかメイド服が似合わないと思ったのを覚えている。
「(彼女、ミレーユの護衛騎士だったんだ)」
控え室に近づく私へ、彼女は表情を変えずにきちんと立ち直してから頭を下げた。
「ヴァロワール家の方ですね?」
「お見知りおきくださり光栄に存じます、アゼリア様。ミレーユ様にお仕えしております、護衛騎士の……"ジル"とお呼びください」
「ご挨拶に感謝いたします、ジル。ミレーユに応援の言葉を贈りたいのですが、今彼女と話すことはできますか?」
檻に入れられた野生の獣みたいな鋭い瞳が私を見据える。
うわ、この感じは追い返されるやつだ……。
そもそもヴァロワール家の騎士からしたら私って歩く災厄みたいなものでは……?
結構厳しめに「お引き取りください」と言われる覚悟をしていた私に、ジルは胸に手を当てて目を伏せた。
「ご高配を賜り、主に代わり心より感謝申し上げます。どうぞご存分に」
「えっ? い、いいのですか?」
「問題ございません。万が一お嬢様が抵抗した場合には私が押さえつけますのでご安心くださいませ」
お、押さえつける!?
すごいな……ヴァロワール家の護衛騎士って見た目通り厳しいんだな……!
これはミレーユも連れて歩きたがらないわけだ。
ジルは控え室のドアをノックしてから静かに開けた。
「失礼いたします、ミレーユお嬢様」
「緊急事態以外で開けないでと言ったでしょう、ジルコンティア。試合前なのよ」
「申し訳ございません。ですが今はお嬢様のおっしゃる緊急事態に該当するかと」
「えっ!? い、一体何……が…………」
振り返らずにジルを追い返そうとしたミレーユも、彼女の言葉を聞いてさすがに椅子から腰を浮かせた。
けれども振り返った先にいたのが私だとわかると、声の大きさを尻すぼみにしながら露骨に気まずそうな顔をする。
「どうして……何をしに来たの」
「ご、ご機嫌よう、ミレーユ。初戦の応援に来ました」
「……ジルコンティア、少し席を外してくれるかしら」
「承知いたしました、お嬢様。いつでもお呼びください」
迷いのない綺麗な所作で頭を下げるとジルは控え室を出ていく。
私がクロヴィスに目で合図すると、彼も小さく頷いてから控え室を後にした。
「…………」
「…………」
私とミレーユの間をなんともいえない沈黙が横たわっている。
き、気まず~!
なんの話題を出しても正解に繋がってる気がしない……!
「え、ええと……調子はどうですか? 初戦の相手は以前も戦ったことがある相手ですよね」
「……あなた過去の『公開試験会』の組み合わせを全て記憶しているの? 尊敬を通り越して恐怖すら覚えるのだけど……」
アゼリアの記憶力が怖いくらいなのは確かに同意するけど!
そ、そんな言い方しなくても良くない!?
ミレーユは言ってから「しまった」という顔をして小さくため息をつく。
「……ごめんなさい。緊張はしていないつもりなのだけど、少し気が立っていて」
「わたくしも同じような状態でしたから、気持ちはわかります。気にしないでください」
「…………」
「普段のあなたの力を発揮できれば予選突破も難しくないはずです。……応援していますね」
「……っ!」
私の言葉を聞き終えたミレーユはぐっと奥歯を噛み締めながら、堪えるように目を固く閉じて俯く。
「……どうして、そんな言葉をかけられるのよ……」
「えっ?」
「わたくしはあなたを殺そうとした人間の身内なのよ! それなのにどうして……何事もなかったかのように笑いかけられるの!?」
「ミレーユ……」
「いつもみたいに罵ればいいじゃない! 今までのあなたなら『劣等感と嫉妬で物事の正否もわからなくなってるなんて、ヴァロワール家はわたくしの知らない間に爵位を剥奪されてたのかしら?』くらい言っていたでしょう!」
えっ、すご……。
私よりアゼリアへの解像度高くない?
「わたくしのことを責めなさいよ……無理して赦さなくていいのよ!」
「…………」
ああ、この子は……自分が犯したわけじゃない罪に対して、自分のことのように責任を感じているんだ。
罪悪感で押し潰されそうで、責められることより許されることのほうが苦しいっていう経験は、前世の私にもあった。
自分の物差しで測った罪悪感という傷口を、自分基準の非難を受けることで埋めようとする。
けどそれは誤魔化しただけであって、本当に"傷口"が塞がったわけじゃない。
結局その"傷口"は忘れた頃に突然開いて、その頃には動けなくなるほどの致命傷になってるんだ。
ミレーユ……あなたにもアゼリアにも、未来でそんな想いはさせない。
そのために、今、この場で!
私がわだかまりを清算する!
「無理して赦すもなにも、わたくしはあなたに対して怒ったり、ましてや憎んだりなどしていませんよ」
「聖人ぶるのもいい加減にして! そんなわけないでしょう……! あなたは殺されかけたのよ!?」
「……そうですね。あの痛みも恐怖も……今後忘れることはないでしょう」
「なら……!」
「ですが、どちらもあなたから受けた仕打ちではありません」
「……!」
感情的にならずに、冷静に。
ミレーユでもアゼリアでもない、私だからこそかけられる言葉を。
「わたくしのことをよく思っていない方が多いことは自分でもわかっているつもりです。今までのわたくしはそうやって生きてきたのですから、仕方がないと受け入れています」
「…………」
「ただ……同時に思わずにはいられないのです。もしレオン様の婚約者がわたくしではなく、たくさんの人に愛されるあなただったら? きっとあなたはすべての人に祝福されて、今回のように事件を企てる人間も、それに伴う痛みや恐怖や大きな損害も生まれなかったのでは?」
「それは違う……そんなことはないわ……」
ミレーユは力なく首を横に振る。
「……いつだって未来はわからないものよ」
私はミレーユのその言葉にふわりと笑う。
やっぱり彼女は正しくて強い公爵令嬢だ。
「あなたが今言ったことに、わたくしは師匠に教えられるまで気づきませんでした。いつだって誰もが満足できる未来を選び続けることなんてできない。でも、生きるとはそういうものだし、それでいいのです」
「……」
ミレーユは顔をあげて私を見た。
「人は失敗して、間違えて、それでも未来に向かって歩いていける生き物です。失敗は繰り返さないよう気をつければいいだけ。わたくしは過去を悔やんで嘆き続ける未来より、あなたと笑顔で話せる未来がいいと思うのですが、あなたはどうですか?」
「わたくしは……」
ミレーユにはほんの少しの間、自分の心と向き合うための時間が必要だったようだ。
私は彼女の言葉を急かさずに静かに待っていた。
俯いて黙り込んでいたミレーユは、やがて顔を上げて私を見つめる。
その瞳には、もう罪悪感や後悔はない。
「……わたくしはお兄様の罪を忘れることも、なかったことにするつもりもないわ。けれど、もしも許されるのなら……この先あなたとの関わりを避けて俯いたまま生きるより、今までのように軽口を叩いて切磋琢磨しながら生きていきたい」
「ふふ。許すもなにも、わたくしは元からそのつもりでしたよ」
「……あなたのそういう計算高いところはこの先も好きになれないと思うから、先に謝っておくわ」
呆れたように笑ったミレーユに、私もつられて笑う。
全然、それでいい。
他人の何もかもすべてを好きになることのほうが、きっと難しいんだから。
私は控え室のドアを開けてクロヴィスとジルを室内に招き入れた。
ジルは相変わらずの厳しそうな顔をしていたけど、クロヴィスはにこにこしていたから……耳がいい彼には今の私たちの会話が聞こえていたのかもしれない。
「それでは、わたくしとクロはもう行きますね。学院食堂であなたの試合を応援していますから」
「別に予選の試合なんてわざわざ見なくたって構わないわよ」
ツン、と音がしそうな態度でミレーユは腕を組んだ。
どうやらアゼリアに対して強気なお嬢様は完全復活したらしい。
「どうせわたくしが勝つもの」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




