初戦
いつもと変わらない朝。
『公開試験会』での試合で邪魔にならないようにと、使用人たちは私の髪を華やかな編み込みを入れつつひとつにまとめてくれた。
身支度と朝食を終えて、一息ついてからクロヴィスと一緒に屋敷の転移門の前に立つ。
私が自分に気合を入れていると、見送りにきてくれていた使用人たちがさりげなく端に寄った。
「アゼリア」
「お父様!」
静かな革靴の足音と共にジェトリウスがやってきたところだった。
珍しいな、普段は通学の見送りには出てこないのに。
いつも通りの鉄仮面を取らず、彼は静かに言う。
「今までの努力の成果を存分に発揮してくるといい」
主語がなくても、それが『公開試験会』の予選のことを意味していることはわかっていた。
「気をつけて」でも「頑張って」でもないところがジェトリウスらしい。
きっとセイリスからもヴァステリアからもアゼリアの修行の成果については細かく聞いていて、その上でアゼリアの今の実力を認めてくれてるんだろう。
その実力が正しく発揮されれば、きっと負けないだろうことも。
「ありがとうございます! 気負わず、楽しんでまいります」
笑顔でそう言った私に、ジェトリウスはほんの少しだけ笑ったような気がした。
き、気のせいか?
使用人たちの明るい声援を背中に受けながら、私はクロヴィスと一緒に転移門をくぐった。
年2回、2週間という期間をかけておこなわれる、アルセリア王立学院の『公開試験会』。
剣術・魔術・複合の全3部門による一対一の決闘形式の試験が、約10日間の予選リーグ期間と4日間の決勝トーナメント期間で実施される。
予選期間中、出場生徒は授業が免除され、観戦希望の生徒も事前に申請を出せば課題と引き換えに観戦を許可される仕組みだ。
さらに予選を勝ち抜いた生徒による決勝トーナメントの4日間は学院外の人間も観戦が許可されていて、とりわけ今回のような学年末の『公開試験会』は新入生たちの学院見学会も兼ねているため、すべての生徒の授業が休みになる。
学院内の至るところで部活動やサークルの個性豊かなパフォーマンスがあり、現役講師陣による様々な体験授業を受けることができ、王宮や各貴族御用達のレストランやカフェまでもがこぞって出張店舗を開いてくれて、お祭りのように賑わう。
今回私がエントリーした複合部門は剣術や魔術の使用以外にもあらゆる武器の持ち込み、魔術道具の使用などが許可されていて、エントリーは50人近い人数がいた。
予選では前回大会優勝者のギルベルトを除いた全員を7グループに分けて、各グループごとに総当たり戦をおこなう。
各グループの1位の選手のみが決勝トーナメントに進むことができるのだ。
「11時台の試合が早く終わったので、全体的に開始時間が30分繰り上がってるそうです」
「わかりました」
控え室にやって来たクロヴィスに頷くと、私は伸びをしながら立ち上がる。
予選で当たる同じリーグ内の生徒の過去の情報は頭に入れてある。
昨日の夜はたっぷり寝たし、セイリスとの剣術の最終調整も、ヴァステリアとの魔術の最終調整も万全だ。
間違いなく、今の私は過去のアゼリアの中でも最高に調子がいい。
「今日の相手は、昨日の侯爵家の……」
「ええ、わたくしを買収しようとした彼ですね」
「……卑怯な手を使わないでしょうか」
クロヴィスは私のことを心配……というより、どちらかというと相手の侯爵令息のことを信用していないようだ。
「おそらく大丈夫でしょう。試験には審判員の講師の他に王宮から派遣された魔術師たちも立ち合います。普段学院には常駐していない治癒魔術の専門家も来ていますから……わたくし相手に卑怯な手を使ったせいで怪我をしても、それは彼の自業自得です」
私に妙なプレッシャーがなさそうだと感じたのか、クロヴィスは少し安心したような顔になった。
コンコンコン……
「失礼いたします。第1闘技場、第26試合の開始準備をお願いいたします」
『公開試験会』運営委員の事務員が控え室にやって来た。
「お嬢様、俺は食堂で中継を見ますね。応援してます」
「ありがとう。あなたの応援に恥じないよう、わたくしも精一杯頑張ります」
クロヴィスを控え室から見送り、本人確認と試合開始時点で持ち込む武器と魔術道具の登録を終えた後、私は事務員に試合会場となる第1闘技場へ案内された。
「前の試合が先ほど終わり、現在会場の浄化と整備がおこなわれています。少々お待ちください」
会場の入り口の扉の前で事務員が立ち止まってそう説明してくれた。
私は頷いて、案内に従って足を止める。
学院の第1闘技場は広さ・魔術への耐久ともに一番高く、決勝トーナメントもこの会場に観客を招いておこなわれる。
有観客の状態のこの闘技場には、アゼリアも過去に魔術部門の決勝トーナメントで立ったことがあるようだ。
結果としては……レオンの存在があったせいで、優勝は逃したようだけど。
「お待たせいたしました。第26試合、会場へご案内いたします」
重々しい扉を押し開けた事務員に続いて、私は太陽の下の眩しい闘技場へ足を踏み入れた。
客席に観客が入っていない闘技場は不気味なほど静かだ。
四方には試合中継用の魔術道具が飛んでいて、これが学院食堂のモニターに試合模様を映し出しているらしい。
形も機能も、前世でいうカメラ付きのドローンみたいだ。
闘技場の中央に審判員の講師がいて、その講師を挟むようにして私は昨日絡んできた侯爵令息と向き合う。
昨日と違って人を見下したような薄ら笑いは浮かべていない。
動きやすそうな軽装に、腰に剣が1本……過去の『公開試験会』と大きくは変わらない装備のようだった。
審判員の講師は私たちをそれぞれ案内してきた事務員たちから本人確認と装備を登録した用紙を回収すると、安全に関する留意事項とわかりきっているこの試合のたった一つのルール……「どちらかが戦闘不能と判断されるか、敗北を認めるまで」を口にした。
「……説明は以上。合図の鐘が鳴った瞬間、開始とする」
審判員が闘技場の端へ移動して少しした頃。
静かに見合っていた私たちの間に、大きな鐘の音が響き渡った。
『どのような形の戦場であれ、戦いにおいては常に先手必勝だと思ってください。最初の一瞬で相手よりどれだけ速く剣を抜けるか、どれだけ無駄なく剣を振れるかに、勝負の大半がかかっています』
セイリスの教えは私の体にちゃんと染み付いていた。
相手から目を逸らさず、踏み込みながら体重を乗せてソルヴェリオンを抜いた私に、侯爵令息は目を見開いて咄嗟に受け身を取る。
彼が剣を抜き切った頃には、私が振り切った宝剣の剣筋が太陽の光を受けて白い線のように目に焼き付いていた。
『魔術は万能の力ではない。剣術と同じ、使い手に大きく依存する力だ。いついかなる時も精神を落ち着かせ、五感を研ぎ澄まし、己の体を巡る魔力を末端まで正確に支配しろ。命のやり取りをする場では気を散らした方から死ぬぞ』
ヴァステリアの言葉を受け、グリフォンのアーノルド相手に剣を振り魔術を放った経験も、間違いなく私を強くしている。
ソルヴェリオンを切り返しながら、同時に頭の中で魔術印を描いた。
素早く、けれども正確に。
「っ!?」
侯爵令息の体を挟んでソルヴェリオンと反対側に、突如炎が吹き出した。
彼は炎魔術に気を取られ、それを振り払おうとしたほんの一瞬、その視野からソルヴェリオンを外してしまった。
「(ここだ!)」
私の振り下ろした宝剣が、目の前の侯爵令息の肩から腰まで、シャツごと皮膚を切り裂いた。
「いっ!? ぎゃああああ!!」
「そこまで!」
なおもその体を見据えてソルヴェリオンを握り直していた私は、審判員の制止の声で手を止める。
どしゃり、と音を立てて倒れ込み、出血の痛みにのたうち回る侯爵令息に王宮の治癒魔術師が駆け寄った。
時間にしてほんの数秒、私が初めてセイリスと手合わせをしたときよりも呆気なく、勝負はついた。
「(こんなにあっさり……)」
相手の侯爵令息は手は抜いていなかった……と思う。
少なくとも剣を抜いて私の攻撃を防ごうとしていた。戦う意志はあったはずだ。
ふう、と息を吐いてソルヴェリオンを鞘に収めてから、剣を握っていた手を開いて見る。
手は震えてない。
集中はしていたけど緊張感はなかった。
相手の動きは良く見えていたし、剣を振り抜くことにも迷いはなかった。
セイリスと手合わせを始めて間もない頃みたいに、相手の隙や弱点を探すために視線をうろうろさせることもなかった。
「ぐう、うううう!」
……セイリスも言ってたっけ。
普通の治癒魔術は一瞬で発動できるものでも、一瞬で治せるものでもないって。
王宮の治癒魔術師が使うそれはジェトリウスがクロヴィスに使ったものよりもさらに詠唱時間が長く、発動までに時間がかかっている。
その間痛みに唸り続ける侯爵令息を、私はどこか遠い場所での出来事のように冷静に見ていた。
そうだよね、これが普通の反応だよね……。
やっぱ刺されても切られても声すら上げないセイリスって異常だったんだな……。
じわじわと傷口が塞がりおとなしくなっていった侯爵令息の状態を確認した審判員の講師は、立ち上がって私に向かって手を差し出す。
「戦意喪失による戦闘不能と判断し、この試合の勝者はアゼリア・フェリオールとする」
予選試合といっても勝敗が正しく記録されるよう、試合後の手続きにもある程度の時間がかかった。
そのため私が手続きを終えてから闘技場を後にするまでの時間は、中継を見ていたクロヴィスが学院食堂からここまで来るのに充分だったらしい。
「初戦勝利おめでとうございます、お嬢様」
控え室で出迎えてくれた彼の顔を見てホッとした自分に、実は結構肩に力が入っていたんだと感じた。
「……ありがとう、クロ」
忘れ物がないかを確認し、荷物を持ってくれたクロヴィスと一緒に控え室を出て教室棟へ向かう。
「クロも先ほどのわたくしの試合を中継で見ていたんですよね」
「はい」
「その……」
私は言い淀んで足を止める。
「……あなたから見て、わたくしの試合はどうでしたか? 率直な感想を教えてください」
「素晴らしかったです」
迷いなく真っ直ぐに返ってきた言葉に柔らかな気配を感じて、背後の彼を振り返る。
クロヴィスは微笑んでいた。
「身のこなしに一切の無駄がなく、実戦的でありながら本当にお綺麗でした。セイリスでも文句のつけようがないと思います」
「……!」
クロヴィスは自分が観戦のためにいた学院食堂の様子も話してくれた。
勝負が一瞬すぎて見逃した生徒が多かったこと。
運良く見ることができた生徒たちは興奮気味に騒いでいたこと。
生徒たちの間で決勝トーナメントのカード予想がおこなわれている中で、私の名前が一気に浮上したこと。
「ギルベルト様も試合を観戦しに来てましたが、お嬢様の身のこなしに目を丸くされてましたよ」
驚いたギルベルトに私の身のこなしはどうやって身につけたものなのかと聞かれたクロヴィスは、教えられないとスッパリ切り捨ててきたらしい。
その光景が思わず目に浮かんで少し笑いそうになった。
「お嬢様はいかがでしたか?」
「え?」
「今までの修行の手応えは感じられましたか?」
私に質問をしてきたクロヴィスは嬉しそうな顔をしている。
きっと答えの予想はついてるんだろう。
あえて言葉にすることで、再認識できるようにしてくれてるのかもしれない。
私は手をグッと握りしめた。
「……ええ。相手の動きが良く見えていましたし、打ち合いになっていたとしてもちゃんと勝負はできていたと思います」
一般的な人間はセイリスみたいに意地悪で予測不能な動きをしないし、アーノルドみたいな力や速さもないんだ。
そんな彼らと日常的に手合わせをしていた私は、自分で思っていた以上に力をつけていたようだ。
「とはいえ、まだまだこれから残りの予選試合も油断せずに本気で臨むつもりです」
「応援は任せてください」
「ふふ。お願いしますね」
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