裏取引
午後の授業の準備のために教室まで戻る途中、歩きながら私はクロヴィスに聞いてみることにした。
「クロ、あなたはわたくしの『公開試験会』の初戦の対戦相手のことを知っていますか?」
「はい。剣術の合同授業でたまに一緒になります」
「クロのクラスと合同授業があるということは……侯爵令息でありながら剣術では上位のクラスにいる実力はある、ということですね」
「はい。ただ俺が見た限り、あの方のクラスの中での実力は上の方ではないようです」
「そう……」
魔術に関してはどこまで使いこなせるかわからないけど、少なくともアゼリアと魔術関係のどのクラスとも被っていないことを考えると、詠唱なしにバンバン使えるような力はないんだろう。
それでもなんでもありの複合部門にエントリーしたっていうことは剣術だけ、魔術だけよりも勝ち目があると思ってのことなんだろう。
もしくはギルベルトが最初剣術部門にエントリーしてたから狙い目だと思ったか……実際そういう生徒は結構少なくなさそうで、今回の複合部門はエントリー数が多い。
どっちにしろ、他の予選の対戦相手とまとめて過去の戦闘記録を調べてみる必要がありそうだ。
「先ほどレオン様との食事の席に向かう際、彼に少し絡まれたんです。自己転移魔術で無理やり振り切ったんですが、何か言いたそうだったので……もしかしたらこの後も声をかけてくるかもしれません」
私の言葉の意図を察したクロヴィスはすぐに頷いてくれた。
「わかりました。このあとの教室移動には全て俺が付き添いますし、放課後もすぐにお迎えにいきます」
「ありがとう。そうしてもらえると助かります」
さすがにクロヴィスが付き添ってくれてるのに手を出してくるほど愚かじゃないだろう……と思ってた私の方が愚かだったのかもしれない。
明日からの『公開試験会』の予選で当たる生徒の過去の戦闘記録を調べようと、放課後クロヴィスと一緒にデータ保管室へ向かっていたところで、例の侯爵令息とその取り巻きに囲まれた。
……昼より人数が増えている。
「やっとおしゃべりできますねぇ、アゼリア様?」
どう見ても友好的な顔をしていない取り巻きの生徒たちを見渡してから、私は侯爵令息へ笑顔を向ける。
「先ほどは急いでおり申し訳ありませんでした。わたくしと話をしたいのであれば、いつでも我が家でのお茶会を設定させていただきますよ」
「行くわけねえだろ、俺はあんたと違って腹に穴空ける趣味なんてねえしなぁ? この場でもいっすか?」
「……ええ、どうぞ」
まだそのネタ引きずるのか……。
私はともかく、後ろからクロヴィスの怒ってる気配がしてくる。
「率直に言うと、明日の『公開試験会』の予選の勝負、俺に勝ちを譲ってくれねえかなって」
譲るも何も、戦ってみなきゃ勝負の行方はわからないはずだ。
始まる前から私に負けると思ってるのかな。
「お断りします。わたくしにはあなたに勝ちを譲るメリットはありませんから」
「あー、金か権力でなんとかなりません?」
「申し訳ありませんが、どちらもあなたから施しを受けるほど困っていません」
「そうっすか、残念だなぁ。なら怪我でもして棄権してもらうしかねえなぁ」
あくまで穏やかに笑ってやり過ごしたかったけど、相手には最初からそのつもりはなかったらしい。
侯爵令息が軽く手を挙げると私たちを取り囲んでいた取り巻きが一斉に飛びかかってきた。
クロヴィス1人を生徒6人がかりで取り押さえるつもりらしい。
その間に私へも2人の生徒が手を伸ばしてきた。
それでも私が目の前の侯爵令息が妙な動きをしたらすぐに対抗魔術を発動できるように目を離さないでいたからか、彼の顔色が変わる。
「……舐められたものですね。クロ、彼は《《たった8人程度で》》あなたのことを止められると思っているようですよ」
「何人来たところで、お嬢様には指一本触れさせません」
「なっ……!?」
クロヴィスは6人の急所を正確に突いてあっという間に動きを奪うと私に手を伸ばしていた2人には容赦なく拳と蹴りを叩きつけた。
明らかに顔を引き攣らせた侯爵令息へ、私はいつでも魔術を使えるような状態にしたまま近づく。
「……っ! と、止まれ! 俺に近づくな!」
私は足を止める。
「は、はは……これは暴力事件だ! お前ら二人とも出場取り消しだよ、残念だったなぁ!」
「いいえ、これは正当防衛です。あなたがわたくしへ明日の試合の買収を持ちかけたところから棄権させるという発言、人を使って暴行をしようとしたところまで、全て記録させていただいています」
私が左手を差し出すと、ブレスレットから光が溢れて先ほどのやりとりを映像で映し出した。
「わたくしがこの証拠を運営委員会へ提出したら、出場取消しになるのはどちらでしょうね?」
目の前の侯爵令息はさっきまでとは打って変わって及び腰になりながら、それでも私たちを睨んでいた。
「……何が望みだ?」
私はその言葉にできる限り穏やかに、相手を怖がらせないよう表情筋に細心の注意を払いながら微笑む。
「わたくしはあなたへ何も望んでいませんし、強要も買収もしません。しいて言うのであれば、明日の初戦で正々堂々お互いの力をぶつけ合えればそれだけで充分です」
「は……? お前が握ってるその証拠は……?」
「あなたが何もしなければ運営委員会へ提出することはしません」
「…………」
「悪い話ではないでしょう? わたくしは複合部門への挑戦は初めてですし、これならあなたにも勝利の可能性は充分あると思いませんか?」
私の言葉にまだ裏があると信じて疑わない侯爵令息はしばらく私のことを睨んだあと、床にうずくまって呻いている取り巻きの生徒たちを蹴り起こしてから再度私を見た。
「……マジでどうかしてんな、お前。結構噂されてんだぜ? アゼリア様は腹に穴空いてから性格が変わって薄気味悪いって」
う、薄気味悪い!?
まあ、中身が別人になってるから確かに性格は変わってるんだけども!
私はただ感情的にならないようにしよう、相手と仲良くなろうって思ってただけなのに……!
がんばれ、まだ気を抜くな私の表情筋!!
「ド正論突いて、言葉の刃で相手をズタズタにするアゼリア様を知ってるからこそ、それをしてこねえのは何か裏があるからだと思われても仕方ねえだろ」
侯爵令息はふん、と鼻を鳴らして私に背を向ける。
「買収に応じねえなら明日は正々堂々戦ってやるよ。精々怪我しねえよう祈ってるんだなぁ?」
侯爵令息は痛む急所を押さえる取り巻きたちを連れてそのまま引き下がってくれた。
「ふぅ…………師匠にいただいた証拠保全用の宝具が早速役に立ちましたね」
私は左手のブレスレットを見る。
それはヴァロワール家での襲撃の件を受けてヴァステリアが私にくれたものだった。
彼女の"眼"の簡易版のようなもので、装備者の身の回りで起きた事象を記録、再生できる。
「よろしかったのですか? 理由も聞かずにあの侯爵家の令息を見逃して」
好き勝手言わせてしまったからか、クロヴィスは少し不服そうだ。
相応の罰を望んでいたのかもしれない。
「もちろん。わたくしは決勝トーナメントに行くまでに1戦でも多く実戦経験を積んでおきたいので、変に気を回さずに普通に戦ってくれるならそれが一番嬉しいです。それに……」
私は再びデータ保管室へ向けて歩き出す。
「理由を聞いたところで、わたくしは彼に同情して勝ちを譲るつもりも、不正に応じるつもりもありませんから」
「確かに……お嬢様らしいですね」
クロヴィスはふわりと笑って私の後についてきた。
ま、まあね!?
う、薄気味悪いって言われたのはちょっとだけへこんだけども!
アゼリアにまとわりつく相当根深いらしい印象や恨みが、噂という形で少しずつ拭われてきていると知れたのはよかった。
私が今までコツコツと、突っかかってきた貴族令息・令嬢に反発しないで片っ端から笑顔でお茶のお誘いをしてきたことは無駄じゃなかったみたいだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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