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信頼

挿絵(By みてみん)

案の定というか、朝早くにフェリオール家から見送ったばかりのルチアナは学院に姿を見せなかった。

それだけじゃなく、週末にお茶をしたミレーユも……同じ授業を受けているはずの教室にその姿がない。


そしてレオンによるアゼリアへの手出しは王族への反逆罪になるって通達に反して、私が学院内で絡まれる頻度自体は増えていた。

『公開試験会』直前っていう時期的なものもあるんだろうけど、おそらくギルベルトと同じように実際はまだ王族ではない私に反逆罪が適用されることはないと思ってるんだろう。

それは私を守ろうとするレオンの言葉を面白く思っていない貴族令息・令嬢がどれだけ多いのかを露骨に表してもいた。



「あれぇ? 誰かと思ったら……自分を最強だと思ってるアゼリア様じゃないっすかぁ。そんなに急いでどこ行くんすかぁ?」



午前の授業を終えて昼食のために中庭に向かう途中、早足の私に妙にねっとりとした言い方でわざとらしく声をかけてきたのは、明日の『公開試験会』予選の初戦で戦う予定の侯爵令息だった。


取り巻きの生徒を数人連れて、なぜか人を見下した目で見てくる……当たり前のように周囲は見て見ぬふり。

アゼリアはもちろん、私がこの体になってからも飽きるほど見た光景だった。


クロヴィスが騎士カリキュラムの実技テスト中で近くにいないからか、それとも私がこのあと一緒に昼食をとるのがレオンだと知ってるからか……どっちにしろ"今"を狙ったものなんだろう。


陰湿だな、と思いながらも、取り合うだけ時間の無駄だしいちいち相手にしてられない。

私は穏やかな微笑みを作る。



「ご機嫌よう。明日はどうかお手柔らかにお願いいたしますね。それでは」


「それでは、じゃねえだろ、水臭えなぁ」



そのまま通り過ぎようとした私の前に、取り巻きの生徒の一人が立ち塞がった。



「ギルベルトとはおしゃべりしてたんだし、俺とも話くらいしてくださいよ」


「……」



私は立ち止まると笑みを絶やさずにわずかな時間で考える。

とにかく今最優先すべきはレオンとの食事の約束に遅れないことだ。


いつものようにお茶しましょう、お友だちになりましょう作戦……は、今に限っては時間がない。

罵詈雑言で論破……は、アゼリアはまだしも私がやったら絶対ダメだ。

急いでるって言ったところで見逃してくれるわけもなさそうだし。


……となるともう強行突破しかない。



「わたくしとそんなにお話がしたいだなんて光栄です。ただ今は急いでいるので、またの機会にしましょう」


「! おいお前ら押さえろ! 逃げる気だ!」


「それでは」



私は自己転移魔術でその場から姿を消すと、中庭の端に転移をした。



「……ふぅ」



初めて試したものの移動距離が短かかったし、転移門を日常的に使ってるから魔術の構成のイメージもしやすかった。

わずかに高さの座標調整を間違えたせいで30cmくらい飛び下りることになっちゃったけど、まあ成功したと言っていいんじゃないかな。


確かに多少魔力は使うけど、クセになりそうなくらい便利だ。


制服に乱れがないかを確認し、肩にかかった髪をふわりと後ろに払った私はすぐ近くに人がいることに気づいて固まる。

転移魔術特有の空間を裂く音を警戒したのか、剣に手を伸ばしている護衛を連れたレオンが立ち止まってこちらを見ていた。



「ご、ご機嫌よう、レオン様」


「転移魔術を使ったのか」


「はい。レオン様との大切な約束に遅れてしまいそうだったので」


「……」



あれっ!?

これもしかして答え間違えた感じか……!?

転移魔術を使わないと間に合わないくらい時間に余裕のない行動をしてたこと自体が、公爵令嬢として不適切だったとか!?

でも嘘つくのはもっとまずかっただろうしな……!


私が笑顔の裏で冷や汗を流してることなんてきっと知りもしないレオンは、相変わらず海よりも深い色をした瞳を私から逸らすと、護衛の騎士たちに剣から手を離すよう伝えてから、食事の用意される中庭のテーブルへ歩いていってしまった。


何を考えてるのかはわからないけど、どうやらセーフかアウトかでいうとアウト寄りのセーフだったようだ。



レオンと私が席につくタイミングを見計らっていたかのように、学院食堂の服を着た料理人たちが豪勢なコース料理を運んできては丁寧に説明をしてくれた。

言ってしまえばただの学食のはずなのに、仕入れ先や調理方法にお金や時間をかけすぎていてさすがに引いてしまう。


公爵令嬢といえど私が普段食べてる食堂のサンドイッチは量産されてるもののはずなんだよな……!

公爵家と王家の間には高すぎる壁があるらしい。


人払いが充分の中庭は平日の学院とは思えないほど静かだ。

私たちの間には大して会話が弾むわけでもなく、平均2往復で終わる他愛ない話題は『公開試験会』のことや、この1週間であった学院生活のこと、屋敷での出来事など。

ただ、話すのはレオンではなく決まって私だった。


そしてそんな静かな昼食の時間、最後のデザートが出されたところでふと気づく。


大体週に1回くらいの頻度でレオンと昼食を共にしてるけど、出される料理はいつもアゼリアの好きなものばかりな気がする。

……これは偶然だろうか。



私は正面に座るレオンを見た。

彼は美しい所作でデザートの小さなケーキにナイフを入れている。


冷酷で合理的で感情がないとまで言われてる王家の人間が、たかが婚約者にそこまで気を遣うかな……。

ジェトリウスの言葉を借りるとすれば、私の好物を出すことでレオンに何かメリットがあるとか?

パッとは思いつかないけど……。


というか、もしかしたら単にレオンとアゼリアの食の嗜好が似てるだけって可能性もある。



「口に合わないのなら違うものを用意させる」


「えっ!? い、いえ、とても美味しくいただいています」



び、びっくりした……!

私が手を止めてたのに気づいてたんだ……。

こっち見てなかったから油断してた。


……私はもう少し……失礼にならない程度に、レオンに踏み込んでみてもいいんだろうか。

そもそも話せない話題なら答えられないって切り捨ててくれるか。



「……レオン様、もし差し支えなければお聞きしたいのですが」


「ああ」


「レオン様のお好きな食べ物を、お教えいただけませんか?」



「……」



レオンは私の言葉に手を止めると、静かにナイフとフォークを置く。


あ~なるほどなるほど、これは聞いたらまずいやつだったか!

王家の人間の個人の嗜好に関することなんて、よく考えたらトップシークレットだもんね!?


私はできる限り笑顔が引き攣らないよう気をつけつつ、慎重に謝罪の言葉を口にした。



「も、申し訳ございませんでした、軽率な質問を……」


「ない」


「えっ」


「俺には好物と呼べるものはない」



……なるほど、好き嫌いがないってこと!?

っていうかこんなくだらないことにもちゃんと答えてくれるんだ……!?



「何かを食べて特別に美味しいなぁってお感じになったことは……?」


「ない。そもそも生きるための栄養補給に、好き嫌いを当てはめて考えたことがない」



な、なんだって……!?

王家の人間なんてどんなわがままを言ったって毎食のように最高級の食材を一流の料理人が調理して出してくれるだろうに、その権限を使わないでいるなんて信じられない……!

……もしかして不味いものを食べたことがないのでは!?

それか、本当に感情がないから美味しくても何も感じないとか……?



「……そうなのですね」


「なぜそんなことを聞く?」



私は思わず苦笑する。

少しでも相手を知るためのなんてことない話題にも、レオンからしてみたら理由が必要なんだなぁ。



「いえ……レオン様と昼食をご一緒させていただくときは、いつもわたくしの好きなお料理が出てくるので……もしかしたら食べ物の好みが似ているのかもしれないと思ったのです」


「……」


「え、ええと、誰かと美味しいという気持ちをわかち合うことはわたくしにとっては幸せなことなので、もしそうだったら幸せだなぁ、と……それだけのことです」



こういう些細な幸せって、いくら言葉で説明してもレオンにはなかなかわからないんだろうなぁ。


お皿の上の小さなケーキをさらに小さく切り分けて口へ運ぶ。

…………美味しい~!


そんな私を見ていたレオンがゆっくり口を開いた。



「……俺自身が食に感情を左右されることはないが、おそらくお前を含む多くの人間はそうじゃないんだろう。それは理解しているつもりだ」


「!」


「だからこの席での料理はアゼリアの嗜好に合わせるようにと料理人に伝えてある」


「…………それは、どうしてですか?」


「……? 俺がお前の幸福を叶えてやりたいと思うことに、何か理由が必要なのか?」



私は思わず目を見開く。

レオンは今、当たり前のようにとんでもないことを言った。

もし"それ"を本当に言葉通り、義務感ではなく自分の希望として当たり前に思ってるのだとしたら。


レオンはアゼリアに対して、まあまあな大きさの好意を向けている可能性がある。



私はケーキの最後の一口をレオンの言葉と一緒に噛み締めた。



確かにアゼリアの記憶を辿って思い返してみても、レオンに頭から否定されたり非難された経験ってない……かも。

もちろんアゼリアも私も万が一にも失礼がないようかなり気を遣ってたし、緊張感を持って接してるのもあるけど。


けど、少なくとも食べ物の好みを聞いても咎められないし、ちゃんと答えてくれる関係性であることがわかった。

まあ、答えてくれたと言っても「ない」の一言だったけどね……!


私たちの間の会話はほとんどがレオンの質問に私が答えるっていう質疑応答形式だったけど、本当はもう少し気軽に話しかけてみてもいいのかな。



結局静かな時間のまま食後のお茶までしっかり終えてからレオンは席を立つ。

離れた場所に控えていた彼の護衛たちと、騎士カリキュラムの実技テストを終えたクロヴィスがやってくるまでの別れ際のわずかな間に、レオンは私を振り返って一言だけ残してくれた。



「明日の『公開試験会』の初戦、お前の活躍を祈ってる」



不思議なことに、今までも言われたことがあるはずのその言葉の意味が、今は少し違って聞こえる。



「ありがとうございます。わたくしにお任せください」

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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